反撃の狼煙
人々が避難した後の街に佇む"聖戦"。
「やあ。あなたが伏兵というわけだ」
「これはこれは……。まだ『語り部』が居たとは」
話かけながら様子を伺う南なぎさ。
そのとき、通信機から声がする。
『とても危険です。強いとか弱いとかではありません。合図があるまで絶対に近づかないこと』
『"支配"として、相手のことをどれだけ知っているかはとても大事です。知ることこそ支配することですから』
『私はその敵を知りません。いえ、知らないはずです。でも、無意識で、ほんの少しだけ、本能で知っている』
『"支配"でなければ分からないほど僅かな違和感ですが、明らかに異様です。根元的な何かがあります』
『よって、望月美名の名の下に命じる。生きろ』
研ぎ澄まされる感覚。身体が軽い。
戦場に響く歌のお陰で元から調子は良かったが、それの比ではない。
普通、身体の感覚が急に変わることは戦場においては危険である。例えそれが強化だったとしても、想像と現実の乖離は致命的である。
そういったことも、望月美名の命令がそう簡単には使えない理由であった。
しかし、南なぎさは、望月魁による『言霊』の強化を経験している。この状況でも、十分に対応できる。
「聖戦」
戦場に、無数の影が落ちる。見上げれば、細かな粒のようなものが宙に浮いている。
そして、それが南なぎさの元へ降り注ぐ。
瞬時に屋内に逃げて回避する。
道路や壁に、粒が激しくぶつかる音が何度も響く。まるで豪雨のように、その攻撃は凄まじく、隙間がない。
しかし、しばらくすると攻撃は止んだ。空に飛んでいた粒が無くなったからだ。
この攻撃の弱点は、粒を生み出すこととそれを降らせる2手必要な点だ。攻撃している最中に隙はないが、攻撃ごとに隙が生まれる。
周囲の建物の構造を確認しながら、南なぎさは、勝利への道筋を描いていた。
ーーー
高崎圭吾たちに迫る"竜王"に立ちはだかるのは、比良坂凛と、黄昏である。
魔導書によって召喚された黄昏は、望月魁の召喚するものには劣るものの、十分に強力である。そもそも、この『言霊』を記したのは望月魁本人であり、黄昏も本物である。
「生憎、この先はライブチケットが無いと入れないわ」
「へえ、未来がここに居るとは驚きだな」
龍の姿のまま、翼を畳み、地面に降り立つ"竜王"。
「こいつのことは任せて。安心して歌えばいい」
目線で応える2人。
"竜王"は、容赦なく隙をついて攻撃を繰り出す。しかし、黄昏の防御は破れない。黄昏は、守り重視のコンセプトで作られている。対人戦において、死なないこと、負けないことが最も大事なことである。
"竜王"の攻撃は、その爪や翼を使ったものと、ブレスによる広範囲に亘るものがある。
また、"竜王"には、黄昏、比良坂凛、そして歌い手達と、狙える場所が多くある。
これら有利な要素を用いれば黄昏だけを相手にすることはできただろうが、その黄昏を操るのは"未来"である。
まだ"未来"としての技術が拙いとしても、多少の読み逃しは自動で出るバリアや、黄昏自身の判断で問題なくカバーできる。
「この龍さえどうにかなりゃ関係ねえんだがな。未来、てめえの動きはまだ固い。こんだけ近くで歌を聴いたってその技術じゃ話になんねえ」
「それでも龍をどうにかできないなら、あなたの負けよ」
「へっ、笑わせんなよ。この龍は段々動きが鈍くなってきてる。当たり前だ。どんな手段かは知らねえが無理して呼び出したんだろ?」
「へえ……」
実際、魔導書で召喚した黄昏には、時間制限があった。そのタイムリミットが、じわじわと迫ってきている合図だ。
いつまでも悠長にはしていられない。このままでは、『もののけ』におしきられ、負ける。
そう思わせることこそがこちらの狙いである。
「バリアの強度も落ちてきてるなあ? ぶん殴ればバリバリ砕ける」
爪や翼の一撃にバリア1枚では対応できなくなってきている。バリアを重ねるのにも限界がある。
ブレスに対しては範囲が広すぎて対応しきれない。
黄昏が崩される。比良坂凛が大きく距離を取る。
"竜王"は、"未来"を警戒している。逃げる比良坂凛を追うのは危険だ。
ならば、ここで狙うべきは歌っている奴らだ。
高崎圭吾に突進していく。バクオンダを弾き飛ばし、ブレスによって破壊する。
那須こよりも、ソフィア•クルーズも、歌うのを辞めて離れる。
戦場に鳴り響いていた歌が止まった。
"竜王"の背後に迫る影。
「何っ!?」
撤退したかに見えた比良坂凛は、すぐに攻撃のために反転していた。
「斬月」
"竜王"の首元に突き刺さる刀。その刀も、魔導書によって産み出されたものだ。
「バクオンダ」
現れるメガホン状のアイテム。つまみを調節し、全力の一撃を用意する。
「竜王っ!!」
「何故俺の名をっ!?」
"竜王"だけに響く爆音。身体が振動している。身体中の鱗が、音を立てて崩れていく。
より深く刀が突き刺さる。
「まさか……最初から……」
意識を手放すとき、"竜王"は敗北を悟った。
ーーー
「戦場においては通信手段というのは凄まじい威力を発揮します」
"支配"の『もののけ』は言う。
「ですが、これだけの『語り部』全員に通信機は渡せません。それに、有効に使うには工夫が必要です」
「細かい通信は要りません。彼女らの歌がその代わりです。歌は戦場に響いている。もしこの歌が止まれば、誰もが気付く」
「歌が止むまでは、例え倒せる相手でも全力を出さないようにします。相手の情報を知っていることも伏せます」
「歌が止んだときこそ、反撃の狼煙を上げるとき。できるだけ早く敵を倒して殲滅します」
ーーー
『語り部』側の反撃が、始まった。