月とすっぽん
ことのは大学から見て北東の戦場から、広く響き渡る歌声があった。
高崎圭吾の『言霊』、バクオンダによって街の全域に届けられる声。那須こよりとソフィア・クルーズの歌である。
司令室で、その様子を眺める望月美名。
「そろそろ、皆配置についたかな」
「"剣豪"を召喚に相手させ、"刹那"は鷹見……。召喚で端から数の有利を使って端の"刹那"から行けば良いのではないか?」
「2人でも数の有利は取れないですよ。遊軍が居るはずなので。多分、"疾風"かな。私のアレもそう簡単にできるものじゃないですし」
「なにか条件があるのか?」
「……なぜ命令をするんだと思います? 私が思うに、それは命令を下すことによって、行動の確認を行えるからです」
「横断歩道では左右を確認するかもしれませんが、自室で1人のときに左右に人や車がいないか確認はしません。確認するまでもないからです」
「同じことです。"剣豪"や"疾風"ごとき、命令するほどの相手じゃない。言葉にする度に価値が落ちますからね。神の名をみだりに唱えてはならない」
「それに……夫婦ですから。大抵のことは、もう確認するまでもない。いいえ、いつも確認していますから、特別なことはいらない」
一通り話し終えると、調子を整えてまた話し始めた。
「まあ、大丈夫ですよ。星野深雪の部隊も"村雨"と戦い始めたようですし、"雷電"と三井翔、五十嵐隆史も既に当たっている」
「"欺瞞"は本当にアレでいいのか?」
「阿久津さんしか居ないでしょう?」
「……感謝する。これは我々の罪だからな」
ーーー
一之瀬葵の裏を取る方向から、『もののけ』が迫る。"彼岸"である。悲しげな表情とも受け取れる面を被るそれは、着実に奇襲を仕掛ける用意をしていた。
しかし、その奇襲は既にバレている。
「そこか」
様子を見るために近づいたために、居場所が『語り部』に気付かれた。
素早く接近し、鎌で攻撃を仕掛ける白石世良。だが、回避され、大きなダメージは与えられない。
「危ないですね……。少しかすっただけですがかなりの威力……」
腕にすこしだけ傷がついている。その傷から、血液のようなものが溢れている。
「血か……? 生死に関係するのか、それとも水系か……はたまた別の液体か……どれだ?」
「流石の洞察、そして欠かさず言葉による場の掌握を狙う手腕、流石は音に聞く新月です」
「そりゃ、どうもッ!!」
言うと同時に斬りかかる。しかし、その攻撃は防がれる。
美しく女神のような女性が攻撃を防いだのだ。しかしそれを女神と呼ぶにはあまりにも、あの事件は悲惨だった。
「"満月"……」
「ええ。あの"満月"です。15年前の事件のきっかけとなった」
「でも、本物ほど強くはねえな」
「あくまで再現しているだけですからね。でも、数の有利があるだけで随分違いますよ。15年前もそうでした」
「群れた雑魚には無理な話だ」
"満月"の持つ剣から繰り出される斬撃は、細い糸のようになり、物体を伝う。そして、対象に近づくと攻撃力を持った斬撃として襲いかかる。
故に、何かを盾にしての防御は不可能。盾を伝い、あるいは避け追ってくる。同等かそれ以上の威力の攻撃で相殺するか、遠くまで離れるか。
慣れない攻撃手段を前にしても、白石世良はある程度対処できていた。
斬撃自体の速さは、圧倒的に三日月が上。更に、威力については比べるまでもない。"満月"は、その攻撃の特殊性と、『語り部』自身による斬撃も合わせた物量が武器である。
「その程度か? 物体を伝う攻撃はもう散々見てきたからな。燃えてねえ分ちょいとつまんねえな」
「しかし、確実にダメージは蓄積しているでしょう? 相殺しきれなかった斬撃や打撃も馬鹿になりませんから」
実際、このまま戦いを進めていけばじわじわと白石世良が追い詰められていくのは確かである。
反撃するには一手足りない。
"満月"の攻撃に対処するのと、敵の『もののけ』の攻撃をいなしつつ一撃を入れる。
既に、相手には"新月"の体が戦闘用のものだとバレている。つまり、大きなダメージを覚悟した特攻も警戒されている。
そこからさらにもう1つ、何か無ければ届かない。
「……音楽が聞こえてきましたね。あなたの仲間でしょう? ですが、かなり遠くのようです。残念ですがこれでは状況は変わりません」
「オマエへの、せめてもの贈りモンだよ。ありがたく聴いとけ」
ーーー
その戦場に響く音楽を聴いて、"竜王"は歌声のする方へ向かっていた。
"凍結"の元へ向かうことは雷によってできなかった。雷のダメージはあるものの、翔ぶことはできる。
歌っているのは、情報によれば学生である。戦闘能力は大したことはない。"竜王"が向かうことで、敵の戦力をこちらに向けさせる。
だが、この時点ではまだ『もののけ』たちは誰も気付いていなかった。盤上の全てが、"支配"の思惑通りに動いていることに。




