アイスブレイク
「南西方向にも『もののけ』が居るようです」
そうして、映し出される映像。司令室には、動揺があった。
「あれは……"欺瞞"」
かつて、先々代の未来を葬った『もののけ』。仲間であると信じきっていた。
「水上さん。指揮を私に一任してください」
そう言うのは望月美名。だが、その要求は簡単には通らない。"支配"の『もののけ』である彼女に、そのような重大な役割を任せられるわけがない。
「相手の指揮官が変わりました。"孤高"です。人を見下していますから、こんな手を打つんですよ」
彼女の言うことには信憑性があった。
実際、一条徹は"欺瞞"を使おうとはしなかった。
さらに、北東方向からの人の流れを止めるような手。こちらを動かすことが狙いのように見えた初手とは、明らかに食い違う。
それでも、彼女を信用できないようだった。
「勘違いしないでください。私は人間を見下しているわけではありません。ただ、客観的に見て多くの人間が下であると判断しただけです。誰よりも平等ですよ」
「……やはりお前には任せられん。お前は人の命を何とも思っていない」
「大事なのはどう思っているかではないでしょう。実際に守れるか否かです。それに、有象無象の命だって大切にしていますよ。消しゴムの角が勿体無いのと同じです」
「いい加減にしろ。お前の戯れ言には付き合えん」
「いい加減にするのはそちらですよ。今の時点でもまだ敵の狙いが分かっていないでしょう?」
「お前は分かったと?」
「ここを囲んで、『語り部』達を封じ込める。その上で隠れている『もののけ』が一般人達を人質に取る。そうして交渉に持ち込む」
「何を根拠に言っている」
「"孤高"はそういう奴です。自らを大きく見せたいだけの小心者ですから。自身が戦いで勝てないことは分かる程度の頭脳はある。だから指揮を取る。相手を殲滅するような作戦は他の『もののけ』でも立てられる。だから、交渉する。そうやって自尊心を保たないと独りに耐えられないから」
"支配"の『もののけ』として、その言葉には否応なしに納得させるほどの厚みがあった。
これまでの人とは思えない態度がかえって、『もののけ』としての彼女に信頼を与えていた。
もっとも、それが狙いだったのだが。
「支配……お前ならどうする」
「北東部の奴らは端から崩します。"凍結"は一之瀬葵が適任でしょうか。近くの"轟音"と"竜王"がカバーしに来るでしょうけど、それは高崎さん達で止めます」
「上位の『もののけ』2体相手に1部隊で足止めできるのか?」
「問題ありません。今の彼らの状況は魁から聞いています。それに、敵の本命は伏兵の方でしょうから。反対側から一之瀬葵の背後を取るように攻撃してきますよ。これは白石世良で対処します」
「しかし……それで"凍結"を倒せるのか? 一之瀬葵1人では荷が重いのではないか」
「倒さなくていいんですよ。だから、端から崩すんです。敵の布陣は端から"凍結"、"轟音"、"竜王"、"剣豪"、"刹那"です。なので、"刹那"と"剣豪"から倒します」
「反対を押さえるということか……。しかし、他はどうする? いや、そもそも倒せる保証はどこにある」
困ったように溜め息をして、答える。
「面倒なので実際に見てください。そうすれば分かりますから。凡人に説明するのって無駄なのであまり好きではないんですけど……」
ーーー
白銀の体を持つ"凍結"の『もののけ』の周囲は冷気に包まれていた。所々が凍りつき、幻想的な風景を作り出している。
その景観を破壊する炎が立ち上る。氷を溶かし、熱を放ち、燃え盛る。
その中から姿を見せる『語り部』。
「現れたか。炎を使うとは……嫌な相手だ」
「手加減はしない。焼き尽くす」
そのやりとりを皮切りに、戦いが幕を明ける。
炎が氷ごと街を焼き、"凍結"は防戦一方になっている。しかし、決め手には欠ける。
その理由は、一之瀬葵の戦い方にある。ずっと炎を壁として自身を守りつつ、『もののけ』と距離を取っている。『言霊』は『語り部』から離れれば効果が落ちる。『もののけ』を焼き尽くすほどの炎を出すことは難しい。
ーーー
全身に口がある異様な大柄な男、"轟音"の『もののけ』は、"凍結"の接敵の知らせを聞き、その場へ向かっていた。
また、同じように"竜王"も"凍結"の元へ向かっていた。"竜王"は、そこまでにはかなりの距離があるが、彼の『言霊』がその移動を可能にしていた。
"竜王"は、自らを龍へと変身させる。空を滑空して一直線に向かえば大した時間はかからない。高い位置なら地形も関係ない。
"轟音"と"竜王"の足止めを任されたのは、高崎信也達の部隊だ。
地上にて、"轟音"を確認。
「なんだ? オレの相手はオマエらってわけか」
「ああ、そういうことだ。それと……静粛にな」
『もののけ』の口が閉ざされる。
高崎と南が隙を作り、倉田が攻め、桐山が守る。それが基本の戦い方だが、今回の目的は足止めである。よって、守りを重視して時間を稼ぐことに集中する。
「灼熱の焔、悉くを灰塵に帰せ。カグツチ」
辺り一面が火の海になる。『言霊』の炎であり、建物や『語り部』に被害はないが、その熱さは見るだけで伝わってくる。
「大地を揺るがす霹靂よ、轟け。タケミカヅチ」
それは、上空高くを翔ぶ"竜王"に対する攻撃だった。雷をどこに落とすかは決められないが、高く翔ぶ龍がいたなら、当然そこに落ちる。
ーーー
『もののけ』の指揮を執る"孤高"には焦りはなかった。
「2人とも止められるとは……中々楽しませてくれるじゃないか。だが、残念だったな。リタイアしたと思った彼女が隠し玉だったのだろうが、そっちは陽動なんだよ」
まだ、自らの計画が順調に進んでいることに満足していた。
「"彼岸"が奇襲をかければ終わりだ。偶然噛み合って驚いたが、それぐらいなければつまらん」