南 咲子②
授業が終わって、なぎささんに世良との本気の攻防について訊こうと思ったら、先客が居た。
「比良坂さんは流石未来候補生なだけありますね。いいでしょう、最後のシーンの説明をしましょうか。気になっている人はもう1人いるようですしね」
なぎささんが、動画を続きから再生する。
「ここで私が粘れたのには、主に3つ理由があります」
「1つは、単純に世良の戦い方を私が知っていること。スペックの差を読みでなんとか誤魔化しています」
簡単そうに言うが、これが半端ない。避け方に無駄が無さすぎる。単純に後ろに引くだけじゃなく、前にも避けている。細かく見れば、なぎささんが攻撃側の時間もある。
読みだけで、普通は防御に一手を使わないといけない所を、防御と攻撃を合わせた手を無理矢理ねじ込んでいる。
「次に、このときの私には死角がないことです。「目」の文字で、見えているんです。だから、世良の動きがよく分かる。読みも反応も良いわけです」
なるほど。これが分からなかったんだよな。
世良の体で隠した拳を完璧に避けていた。そういうことが、何度もあった。
多分、凛ちゃんもここが腑に落ちてなかったんじゃないかな。
「あと、3つ目は望月魁くんのお陰です。随分と私を信頼してくれているようで。文字を読んでくれるだけで結構違いますね」
だって、こんなに格好良いエロお姉さんだよ?
弱いわけがないだろ。
てか、実際めっちゃ強いな……。
そして……この戦いには関係ないが、気になったことがある。
「なぎささん、見る『言霊』を使えるんですか?」
「ええ。ある程度離れてもセンサーみたいに使えますよ」
「それをお姉さんに教えたらいいんじゃないですか?」
「……それだ」
ーーー
そして、南咲子にとって希望が見えはじめた。
「ちょっと基本を応用しただけの『言霊』だからさ、きっとできるよ」
「それも同時並行で進めていくべきね」
「魔導書に加筆する方法は分かった?」
「分からないけど、多分何か鍵があるはず。『言霊』だから、多分何かしらの言葉だと思うのだけど……」
「う~ん、新しく作るのはダメなの? ほら、魔導書2ってな感じでさ」
「特別な意味合いのある本じゃなくなっちゃうから。それじゃただの本よ」
そう話す2人を、優しく見守る男性。
「なぎささん、妻のためにありがとうございます。私ではできることは多くないので」
「いえ、広樹さんにも助けられてますから。それに、私だけの力じゃありません」
「結局、望月くんに助けてもらってしまったのね。また、白石さんに文句を言われそうだわ」
「白石はともかく、望月魁には感謝しないといけないな。本当は直接礼を言いたいくらいだが」
「彼は本当に凄いですよ。比良坂凛も凄いですけど。授業後の質問には驚きました」
「望月を認めたり、未来を使ったり会長も本気だな。それだけ、徹が驚異と言うことか……」
複雑な表情を浮かべる水上広樹。
「同級生だったんだっけ? 難しい話ね」
「ああ。『語り部』同士、仲良くしていた。もう死んでしまったものと思っていたが、生きていたとはな。嬉しいやら悲しいやら」
「再会を喜べる状況じゃないですよね。他の同級生は知ってるんですか?」
「いいや。急に引っ越して、同窓会にも来ない。そう思われている。年明けに、30周年の節目だからと全員集めた同窓会をするが……みな呑気なものだ」
3人が話している部屋の扉が開く。
「お母さん、大丈夫?」
まだ幼い女の子。
この子は、南家の一人娘、由佳である。
「由佳、ありがとう。なぐさも来てるから、大丈夫よ」
「なぐさ!なぐさいつまでいる?」
「ごめんね、もうすぐ帰るよ」
「え~、なぐさ次いつ来る?」
「う~ん、週末にはまた来るよ」
「やったー」
無知で無垢な笑顔が、かえってどんな計った言葉よりも、心に響くのだと、3人はこのとき学んだ。
「由佳のためにも、魔導書をなんとかしないとね。本は出せても読めないんじゃ、教えることもできない」
心配そうな顔を浮かべながら、本を取り出し、触る。
「お母さん、ゆか、もう漢字も読めるよ」
「あら、そうなの? 偉いわね」
本を開いて、文字を読もうとする。
「ん? 習ってない字……読めない」
「どれどれ~、ゆかちゃん。それはへきれきだね。雷のことだよ」
「雷落とせるの?」
「落とせるけれど……狙った場所に落とせるわけじゃないのよ」
「魔導書をリニューアルするならふりがな振った方がいいね」
「威厳もなにもあったもんじゃないわね……」
「本当に書けないの? 書いてみよっか」
「見えなくなってから試せてないけれど、書いても次開くときには消えてしまっているのよ」
「はい、ペン持って」
姉の手を持って、本に書き込ませる。
「なんて書いたの?」
「偏くに、あまねってふりがな書いた」
そして、本を閉じる。そして、本をまた開く。
ページを捲って、書き込んだページに戻ってくる。
「え、消えてないけど」
「え?」
「本当だな。驚いた」
「あまねく!!」
そのページには、間違いなく、ふりがなが記されていた。
「どうしてかしら……今までできなかったのに」
「点字書いてみようよ、そしたら読めるし」
魔導書に、点字シールを貼っていく。
「はい、読んでみて」
「…遍く水流よ、我らが願いに応えよ」
その声とともに、水で溢れる室内。
「お母さんすごいよ!!うみ!!」
「できるみたいだな」
「ちょっと待って、これ…」
指でなぞった箇所に貼ったはずの点字シールが無くなっていた。
「これはつまり……魔導書は、読むたびに元に戻るってことじゃないか?」
「そういうことでしょうね。加筆しても次見たら消えてるって」
「でも、今は目が見えないから、ふりがなを読めず、そのままになった」
「ということは……目が見えない今は加筆大チャンス!!最強の魔導書を作るしかないっ」
「ええと、ほどほどにね?」
「しかも、見てから読むんじゃなくて、触りながら読んでいくなら、一回は書いてある『言霊』使い放題じゃんか!!」
「なぎさ……? 聴いてる?」
ーーー
翌日、魔導書に、三日月についての記述が追加された。