一之瀬 あかり①
ここ最近、いけそうでいけないってことが多い。あと一押しが足りない。そのパズルのピースを埋めるべく、俺は先達に助けを求めることにした。
「望月さん、今日は誘ってくれてありがとうございます」
そう言って頭を下げるのは、葵ちゃんの妹、あかりちゃん。
こんなに可愛らしいあかりちゃんだが、実の兄を女装受けに調教した実績がある。
つまり、今回はそのノウハウやコツを伝授していただこうというわけだ。
「そう畏まらなくていいよ。チケットが余ってただけだしね」
あかりちゃんは、絵を見るのが好きらしい。なので、口実として美術館のチケットを用意した。
「兄さんから、怪我をしたって聞きました。大丈夫なんですか?」
「うん。もうなんともないよ」
「ふふっ、よかったです」
美術館に向かう。今は、特別展示をやっているらしい。クロード・モネ展。
2人で一緒にいるが、静かに作品を見て回る。
特に会話があるわけではない。
でも、ゆったり流れる時間が、なんだか心地いい。
こういうとき、俺は一通り全部を見る派だ。案内板に書いてあることも全部読む。英語でも書いてあったらそれも読む。言語ごとに少し違いがあったりして案外面白い。
パンフレットも、取り敢えず貰う。ざっと目を通すだけだが。
展示を一周して、一応全ての作品を見た。
ひとまず、近くのベンチに腰かけて休憩。
「ちゃんと楽しめた? 見足りなかったら1人で見に行ってもいいよ」
「いえ、十分楽しめました。望月さんこそ、楽しめました?」
「楽しいよ。まあ、俺は芸術のことは素人だからね。だから、なんとなくなんだけどさ」
「そうなんですか? でも、印象派はそういう楽しみ方がある意味で正しいのかも知れませんね」
「かもね。俺は、美術館の雰囲気が好きなんだ。絵画って見るものだと思いがちだけどさ、美術館っていう空間を作ってるような気がしてさ」
「空間を……?」
「この美術館にはさ、俺はもう何回か来たことあるんだ。でも、展示が変われば空気が変わる。それが好きなんだ」
「確かに、そうですね。レイアウトとか、色々と変えますもんね」
「絵画という作品に込められた作者の思い、美術館の学芸員さんの考え、美術館を設計した人の拘り、見に来た人の心情。そういうのが混ざり合って空間を作ってる。そういう絶妙な空気感がなんか良いんだ」
「……なんだか、素敵ですね」
「そうかな。ちょっと邪道な楽しみ方な気もするけどね」
「芸術の楽しみ方に王道も邪道もないですよ。それに、私も少し、分かります。今、望月さんの話を聞いていて、とても楽しいですから」
「それはよかった。俺も、こういう何もしてないような時間が好きなんだ」
「……」
「……」
2人の間を流れる沈黙。
でも、言葉が出ないわけではない。
言葉は要らないと、2人とも理解している。
ただ、この瞬間に、身を任せていたい。
ーーー
閉館の時間になって、あかりちゃんと一緒に美術館を後にした。
そのまま、晩御飯を食べにお店に入る。
よく考えたら、俺はJKと2人でこんなことしてんのか。不味いな、規制しとかないと。
古い言葉でいえば◯◯◯◯、今風にいえば◯◯◯。もっと前の言い方をすれば◯◯みたいな状況だ。
でも、この後にホテルに行ったりはしないので問題ない。
実際のところ、葵ちゃんを煽るネタになるだけだろうな……。
「すみません、何から何まで」
「気にしないでよ。一応お兄さんなわけだしさ」
「でも……兄さんよりしっかりしてます」
「ははっ、隣の芝生ってやつでしょ。葵ちゃんだって、この前の戦いで活躍したんだしさ」
「まあ、そうですけど……」
「葵ちゃんは、あかりちゃんのこと大好きみたいだよ。かわいいし、心配で堪らないって。仲の良い兄妹だよね」
「そうでしょうか……。分かっているとは思いますが……私たちは普通の兄妹とは少し違いますから……」
「普通じゃないからこその関係だよ。俺は、とても良いって思うんだ。兄妹って簡単には形容できないような、絶妙な関係。きっと、それって2人にしか分からない絆があるんだよ」
「……望月さん……そんなこと言われたの、初めてです」
「俺はさ、羨ましいんだよ。その繋がりが。そういう結びつきって、どうやって育まれていくんだろうね」
「……きっと、ある意味で奇跡なんだと思います。美術館で言ってたような、絶妙なバランスの上で、2人にしか産み出せないものなんです」
「……そうだよね。だからこそ、特別なんだもんね」
「望月さんって、案外ロマンチストなんですか?」
「意外だった? 俺は夢見がちな性格だよ。現実が見えてないのかもね」
「やっぱり、素敵です。私は絶対に、そっちの方が良いと思います。絵画だけを見たって、美術館の展示を楽しめてないのと同じです」
「……そうかもしれないね。最近、残念なことが多くてさ。少し傷心気味だったのかも」
「人生なんて、そんなものだと思います。生意気かも知れませんけど、望月さんは……大丈夫だって思います。私も、何かあれば助けになりますから」
あかりちゃんは凄い。
それに比べて、俺はあまりにも……弱い。
理想への近道なんてものを探して、現実逃避しようとしていた。
近道なんてない。ゴールすらあるかも分からない。
でも、だからこそ、尊いものなんだ。
俺に、立ち止まっている暇なんてない。
進めるところまで、進んでみるしかない。
「ありがとう、あかりちゃん。なんだか、とっても清々しい気分だよ」
それを聞いて、嬉しそうに笑うあかりちゃん。
その顔が、どうしてだか、やけに印象的だった。
ーーー
ご飯も食べ終わり、帰路につこうという時間になってきた。
「もう遅いし、送って行こうか?」
「え、えっと……じゃあ、お願いします」
あかりちゃんと一緒に、家までの道のりを行く。
「なんだか、もう帰りだと思うと寂しいです」
「じゃあ、また一緒にどこか行こうか」
「……是非、行きたいです」
「……」
「……」
再び、2人の間に流れる沈黙。
今度は、少しむず痒い。
「高校生活はちゃんとできてる?」
「はい。友達もできましたし、勉強だって付いていけてます」
「よかった。今のうちに、青春しておきなよ。案外、大切なものには気付かないものだからさ」
「なんか、おじさんみたいなこと言いますね」
「ははっ、ちょっとカッコつけすぎたかな。最近、昔の友達に会ったんだけどさ、俺に気があったとかなんとかでさ。全然気付かなくて。それだけの話だよ」
「やっぱり、モテるんですね。望月さんって」
「どうかな。そうなのかもね。それを言ったら、あかりちゃんだってモテるんじゃないの?」
「……いえ、私は、こんな見た目ですから……」
「ああ、そっか。でも大丈夫だよ、ちゃんとあかりちゃんの可愛さを分かってる人は居るからさ」
「……はい」
あかりちゃんが、とっても良い顔している。
やっぱり、葵ちゃんは良い兄なんだろうな。




