田中 美紀①
えりちゃんが大人に戻ったので、次はみきちゃんのために、色々と試してみることにする。
「みきちゃんは15年前に、親友を亡くしたんでしたよね」
「美紀はそれ以来塞ぎ込んだらしい。私たちが知り合ったのはそれより後だからよく知らん」
「両親も心配してたしね。でも、そうなると……誰も美紀のことをちゃんとは分かってないのかも」
中々に骨が折れそうだが……ひとまず、それでも周りの人たちの話を聞くしかないか。
そうして、家族、『語り部』の人たちや、近所の人なんかに色々と聞いてみたが……。
元気で明るい子。いつも笑っていて見ているこっちが笑顔になるような天真爛漫な少女だったらしい。
しかし、15年前を機に、ガラッと変わった。
何を考えているか分からない大人しい子。そして、良い子で礼儀正しい。
「魁おにいちゃん、あそこまできょうそうしよ」
確かに、このみきちゃんはいつも楽しそうだ。
次は……亡き親友の家族に話を聞きに行く。
みきちゃんの家族から、事前に話は通してもらったが、何しろ急だし突拍子もない話だ。
それに、あまり根掘り葉掘り訊くような内容でもない。
しかし、予想に反して、俺たちは案外歓迎された。
「本当に、あのときのみきちゃんね……」
「教えてもらえますか。みきちゃんのこと、それと……香菜ちゃんのこと」
不思議そうな目で、香菜ちゃんのお母さんを見るみきちゃん。
「香菜は、口数は多くなかったけど、賢くて良い子でした。でも、大人しいからお友達が少なくて、母親として心配でもあったんです。そんな香菜の一番の友達が、みきちゃんでした」
そう言って、話し始める。
「知っての通り、うちは『語り部』じゃないですから、『言霊』なんて知らずに育ったんです。でも、みきちゃんは違う」
「その違いに、香菜が気付いたらしいんです。それから、2人は親友になりました。秘密を共有する仲ですから」
「でも、15年前のあの事件が、2人の仲を引き裂いた。あれ以来、みきちゃんは、うちに来てない。葬式にも来なかった」
「だから、嬉しいんです。どんな形であれ、みきちゃんにまた会えたことが。きっと、香菜も喜んでいます。是非、顔を見せてやってください」
みきちゃんは、大人しく話を聞いていた。心のどこかで、覚えているんだろうか。
みきちゃんと一緒に、香菜ちゃんの部屋だった所へ。
線香の匂い。
「魁おにいちゃん……この子、今どこにいるの?」
「……とても遠い所だよ」
「友達なの。会いに行く!」
「……それはできないよ」
「どうして?」
「……遠すぎるんだよ」
やっぱり、何かを感じてはいるみたいだ。
記憶が戻る方が良いのか、少し自信がなくなってきちゃったよ……。
部屋を一通り眺めてみる。みきちゃんも、何か思い出すかも。
手帳は、15年前のあの日で止まっている。
ペラペラとページを捲ってみる。
そして、思わず手が止まる。
8月20日
早見おじさんが言ってたタイムカプセルをやってみた。美紀と一緒に秘密基地に埋めた。15年後が楽しみ。
早見おじさん……先代の未来、早見謙一のことだ。
きっと、これがみきちゃんを元に戻す決め手になるはずだ。
ーーー
みきちゃんを連れて、秘密基地こと、近所の裏山まで来た。香菜ちゃんのお母さんによれば、裏山にある秘密基地で、2人はよく遊んでいたらしい。
「みきちゃん、ここのこと、知ってる?」
「うん。こっちの方に行ったことある」
みきちゃんに導かれるまま、裏山を進む。すると、なんだか人工物が見えてきた。板やら葉っぱやらで囲われているここが、どうやら秘密基地らしい。
「黄昏」
犬を出してみる。ここ掘れワンワンできるかな?
周辺を嗅ぎ回ると、秘密基地の近くの地点に座った。
できるんだ……。
その地点を掘ってみると、土でないものに当たった音がする。
掘り進めて、中にあるものを取り出す。
入っていたのは、当時の新聞、雑誌や、教科書。そして、手紙だ。
美紀へ、と書かれた手紙を取り出して、みきちゃんと一緒に見る。
15年後の美紀へ。
美紀がこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。これ、一回言ってみたかったんだよね。夢が叶ったよ。こんなこと言って、死んでなくて植物状態とかだったら恥ずかしいけど。
それよりも、問題は美紀の方。早見おじさんがタイムカプセルなんて言い出したのは、きっと今の美紀に必要だから。どんな状況なのかな。私の予想は……記憶喪失!どう?いずれにせよ結構大変なんでしょ?鷹見に「親友といえど、どうしようもないことだってある」って文句言ったばかりなのにな。
美紀は多分、私が居なくなってから独りだとか思ってんのかも知れないけど、そんなことないからね。この手紙まで、1人で辿り着いたわけじゃないんでしょ?色んな人が心配してくれてる。一緒に付いてきてくれてる人もいるでしょ?あと、私も草葉の陰から見守ってるし。
語り部かどうかとか、過去を知ってるか否かとか、そんなこと関係なく、友達にはなれるから。皆、美紀のことを思ってくれてるから。
美紀、今までありがとう。
居なくなっちゃってごめんね。
香菜より
手紙を濡らす雨。綺麗な空模様が、清々しい。
「魁おにいちゃん……みきのこと、好き?」
「うん」
「ありがとう。ずっと一緒に居てくれて、ここまで連れて来てくれて」
「うん」
感情を剥き出しにしながら、俺の体に顔をうずめるみきちゃんを、ただ優しく抱きしめるしか、できなかった。
ーーー
「帰ったら、元に戻れるんだよね」
「うん。もう大丈夫だと思うよ」
「なんてお礼をしたらいいのか分からないよ」
「いいよ、そんなの」
「なんでもするよ。えっちなことでもいいよ?」
は?
「なんてね。香菜ちゃんがそれで男は落とせるって言ってたのを思い出してさ。冗談半分だけど」
え……これ、イケるんじゃ……。
感謝を伝えるとかじゃなくて、落とせるって話を思い出したんだよね?
香菜ちゃん、ナイスすぎる。
てか、多分香菜ちゃんは、未来の後継者候補だったんだろうな。勘の良さが並外れている。鷹見先生も、思うところがあったんだろうな。言ってみれば兄弟子みたいなもんだし。
……やばい。今からドキドキが止まらない。
生きてて良かった。
ーーー
帰ってから、みきちゃんを大人に戻したのだが……。
「なんとくしか覚えてなくて……ごめんなさい」
小さくなってたときのこと覚えてる? って訊いたらこれである。
「やっぱり覚えてないんですよ!!」
とんかち先生は覚えてそうだけどな。
「でも、香菜ちゃんと話せたのは覚えてます」
「そうか」
まあいいか。
それが一番大事なことなんだろうから……。
そうだよね……。
ーーー
子供の姿だったから何でも言えたけど、いざ大人になったら恥ずかしくて何も言えないよっ!!