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三上 晃①

 なんだかんだあったけど、怪我もないし、俺は普通の夏休みに入った。

 今日は特に予定もないので、寮でゆっくりしていたけれど、インターホンが鳴る。どうやら誰か来たようだ。

 世良は鍵を持っているので、世良ではないと思うけど……じゃあ誰?


「魁くん? 急にごめんね。いる?」


 何度みても、同級生とは思えない。人妻の晃だ。

 なんでいるんだ?

 世良が連れてきたのかな……。


 取り敢えず、追い返す理由もないので部屋に入れる。

 座らせて、一息つくと、真剣な面持ちで晃が話し始めた。


「今回の戦いのこと、世良ちゃんから聞いたよ」


「世間では誰も死んでないとか、そこまでの怪我人はいないってことで、良かったって言ってる人もいる」


「確かに、損害は色々あったけど、時間をかけて復旧していけばいいのかもしれない。喜んでもいいのかもしれない」


「でも……魁くんのことを考えたら、私、悲しいよ」


「死ぬところだったんでしょ? それに、この戦いで終わりってわけじゃない」


「そこまでして、魁くんが戦わなくちゃいけないの?」


「覚えてる? 私と世良ちゃんとで話したこと。魁くんの家で、魁くん言ったよね」


「ずっと大学に居るつもりはないって」


 確かに言った。

 理想の相手を見つける上で、特に気を付けるべきことは2つ。


 人が努力して好きなように変えられるのは、精々自分だけ。だから、他人を探すなら、運に頼るしかない。運ゲーの攻略法は簡単で、試行回数を増やせばいい。つまり、多くの人を試すことだ。


 そして、期限を設けることだ。この子はいつか惚れるかもしれない、いつか理想に届くかもしれない、なんてのには意味がない。いつか、はいつなのか。それが分からずにただ待つことは、投げ出すことと何ら変わらない。


 本当はもっと人数の多い大学に入るべきだったのかもしれない。でも、俺は『語り部』に希望を持った。

 もし、『語り部』の中に、俺の理想の相手がいれば、何かと都合が良い。望月としてのアレコレも、社会での色々も、考えなくていい。

 俺は、『語り部』としての実力がある。『語り部』でない道を選ぶのには、その枷は大きすぎた。


 だから、少しだけ、全てを丸く収めるような道がないか見に来た。

 それが、俺がここの大学に入った理由だ。


 『語り部』とは、どんな人たちなのか。それを見極めること。理想の相手がいれば、そのまま『語り部』として生きていく。


 でも、そうじゃないなら。

 もし、期限内に見つからなければ。


「晃、何もなければ俺は一年でここを辞める」


「だったら……今辞めたって」


「でも、それはできない」


「……どうしてなの? 死んだら終わりなんだよ?」


「俺にはやるべきことがある」


「またそれ……そんなんじゃ分からない」


「それに、この戦いの黒幕は俺が倒さなくちゃいけない……と思う」


 一条徹。

 きっと、彼は俺と同類なんだ。

 もし、彼が道を違えたのなら、俺がそれを咎めるべきなのだろう。

 それが、彼への、俺の、せめてもの手向けだ。


「ねえ、魁。教えてよ。やらないといけないことって、なに?」


「どんなことでも笑ったりしない。絶対に、否定なんかしない。だからさ、私にも……手伝わせてよ。なんにもできないのは……嫌だよ」


 それなら、なおさら言えない。

 俺の理想の相手は、俺のこの言葉を聞いて、笑って否定しながらも、なんだかんだやってくれる子だから。


「魁にぃは言わない。無駄だよ、晃」


 いつの間にか、部屋に居る世良。

 鍵あるからってそれは……。


「世良ちゃんには……分からないよ」


「どういう意味?」


「世良ちゃんは、『語り部』で、魁を守れる。でも、私は何もできない。じゃあ、私は……要らないじゃん……」


「は? ふざけてんのか? 最初から要らねえよ。舐めたこと言うなよ。魁にぃは誰も必要としてねえ。全員、居た方が良いってくらいなんだよ。思い上がるな」


 そう言いながら晃に詰め寄っていく世良。


「大体、世良が魁にぃを守れてるわけねえだろ。じゃなきゃ死にかけてねえ。魁にぃは自分のことは自分でできんだよ」


 世良は、いつもより心なしか優しさが見える。

 手も出てないし。


「できてないっ!! 死んじゃうとこだったんだよ!? 世良ちゃんはなんで平気なの!?」


 晃がこんなに感情を露にするのは初めて見た。

 世良に言い返せるのは、晃くらいなものだ。


「……できてんだよ。魁にぃは最悪死んでもいいと思ってんの。……魁がそう思ってんのに口出すなッ!!」


 ……。

 世良がここまでキレているのは……初めて見た。 


 仲裁した方がいいのかもしれないが、俺にはその手段がない。

 世良も晃も止まりそうにない。


 それに……世良の言うことは正しい。

 本当に、こいつは俺をよく理解している。


「だったら……なおさら、私が、魁の生きる理由にならなきゃいけない」


「晃じゃ無理だよ」


「ッ……なんでそんなことが分かるの?」


「……魁にぃはもう、晃に何も期待してない」


「…………」


 何も言い返せない晃。

 何の根拠もなく世良がそう言うわけがないと分かっているんだろう。


 晃と目が合う。

 何を訴えているかはすぐに分かった。


「そのへんにしとけ、世良」


「魁くん……」


「晃、俺は多分、一年で大学を辞めることになる。そのときは、言った通り晃と同じ大学に入る」


「……そっか」


「友達は沢山欲しいからさ、そのときになったら色んな人紹介してくれよ」


「……うん」


「期待してるから」


「……違うよ、魁。……私は、魁に……死んでもいいなんて思うのを、辞めて欲しいんだよ」


「おい、晃、いい加減にしろ」


「……じゃあ、晃、相談に乗ってくれよ。生きる理由ってなんだ? 今俺が死んだって何も変わらない」


「私も、昔はそう思ってた。でも、世の中、楽しいこといっぱいある。まだ知らない楽しいことだってあるはずだから」


「楽しいだけじゃ足りないんだよ。俺は、欲張りだから。そんな欲張りな俺には、野垂れ死ぬくらいが丁度いい」


「魁、明日、私に付き合って。わかった?」


「えっ……」


「1日だけでいいから。欲張りなら、生きることだってやれるはず。分かってもらうから」


「いいけど……」


 心配しなくても、俺が死んでも、誰も悲しまない。


 俺が死ぬときは、俺という存在が消えるときなんだから。


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