罪
"崩壊"の砲撃をいとも簡単に防ぐ光景を見て、一条徹は目を見張った。
「これが……望月魁の本気というわけか。彼女は一体何者なのかな……」
「誰彼と問うたか」
その言葉は、一条徹に向けられていた。
「……。これは撤退も無理だ。私たちも巻き込まれれば無事では済まない」
絶望的とも思える状況だが、一条の顔は綻んでいた。
望月魁は自分の期待通りの人間だった。
そして何より、彼はこの戦いにおいて十分に目標を達成していた。
『語り部』たちの戦力の底は既に見えた。
"新月"の全力は把握した。
望月魁の切り札まで見ることができた。
次に、必ずや悲願を達成する。
その鍵は、望月魁にある。
ーーー
通信機を介して、望月魁の様子を見ていた司令室には、動揺があった。
「召喚した『もののけ』があそこまで自立しているのは……看過できん」
水上総一は、ゆっくりと、されど力強くそう言った。そして、こう続ける。
「望月魁の処刑を」
その言葉の重圧は計り知れない。司令室に、沈黙の幕が下りる。
その静寂を破るのは、望月魁の母親、"支配"である。
「待ちなさい。召喚は非常時の行動を『もののけ』に言いつけることもできる。そもそも、自立することに何の問題があるんですか」
「実に『もののけ』らしい物言いだな。15年前の事件を忘れたわけではあるまいな」
「召喚の『もののけ』が暴走した結果、どれだけの被害が出たと思っている」
「貴方たちが弱いだけです。元はと言えば、散々汚れ仕事を押し付けたせいでしょう。責任はあなた方にもある」
「召喚がどれだけ主導権を持っているかなど分からん。問題は、手綱を握れているか否かではない。握れていない恐れが少しでもあることだ。大体、身内の証言など意味はない」
「正気ですか? 魁を殺すと言うなら、誰が敵になるか理解した方が良い」
「望月家はもちろん、白石世良も敵になる。今回の戦いの損害もある中、何を優先すべきか分からないほど耄碌してはいないでしょう」
「それはこちらの台詞だ。今はそんなことに気を取られるべきではない。よって、抵抗などしない方が人類のためになる」
「実に人間らしい物言いだな。個人は過去を引きずり死に、社会は過去を忘れ衰える。未来、歴史から学ぶのは貴様の役目だろう。苦言の1つでも呈してみろ」
鷹見悠が、それに答える。
「まあまあ、落ち着いて。話を聞いてくれるかな」
「鷹見、異論があるのか」
「おれじゃないよ。彼女の話を聞こうってね」
そのとき、司令室の扉が開く。
「あのっ!……少しでもいいです、話を聞いて貰えませんかっ!!」
司令室に響く声。
その必死な感情の籠った声に、誰もが耳を傾けていた。
既に、この場に居る人間の心を掴んだ。
それが、彼女の、那須こよりの『言霊』でもある。
「まずは望月くんに話を聞くべきだと思います。本人だって、こうなる覚悟はしていたはずです。黄昏を封印するとか、自刃を選ぶとか、いくらでも可能性はある」
別に、無茶な物言いではない。
空気が確実に、彼女に味方している。
「処分を決めるのは、それからでも遅くない。突然、別れの言葉も言えずに居なくなってしまうなんて、悲しすぎる」
水上総一に、その言葉は重く、それでいて鋭く、心の奥底に届いた。
思い浮かべるのは、かつての親友の姿。
「総一、もういい。俺らは間違えた。それだけだ。この罪は、俺らが背負っていくべきものだ」
先代の遊戯、阿久津がそう言う。
「分かった。少し……急きすぎたようだ」
説得に成功したその様子を見て、若宮さつきは、望月魁が那須こよりに近づいた真の理由を知った。
ーーー
死んだと思ったら生きてたんだけど。
なんで?
お腹に穴空いてなかった?
左腕消し飛んでなかった?
何の怪我もなく、気付いたら学校の医務室に居た。
う~ん。
もしかして……世良が本気出した?
それしか無くない?
だって、回復してるし。世良は自然治癒くらいの『言霊』だと思ってたけど、ガチればイケる説。
いや、母さんか?
死ぬなって命令されたら……。でも、流石に完治はしないよなあ。
あ!
どっちもじゃないか?
色々掛け合わせれば、なんとかなるのかも……?
あれこれ考えていたら、医務室にこより様が入ってくる。
そういや、告白をずっと誤魔化して来たけど……年貢の納め時だな。
こより様は、ずっとこっちを見つめている。
なんだか気まずい。
やっぱり告白の件だよね……。
「わたしが色々言った結果、偉い人たちは望月くんの話が聞きたいって言ってて……」
え?
もしかして……告白の話を水上さんとかに言ったの?
どゆこと?
え?
「だから……来てもらえますか」
「はい……」
こより様に付いていくしかできない俺。
なんでこんなことになってんの?
「本当はわたしが収めなくちゃいけなかったんだけど……会長さんが……」
水上さんって、そんな人の恋路に口出す人なの?
こより様の父親でもないのに……。
ん?
待てよ、こより様の父親って、名字那須じゃないんだよな。
もしかして……遠い親戚だったりするのか?
そうして、司令室の前まで来た俺たち。
「わたしが来られるのはここまでなんだ……。ごめんね。でも、きっと大丈夫だって信じてるから」
大丈夫じゃない可能性があるの……?
え? 俺、死ぬ? 処刑とかされちゃう?
司令室の中に入ると、水上さんたちが俺をじっと見ていた。
マジで処刑みたいな雰囲気なんですけど……。
笑える。
「時間がない。単刀直入に訊く。彼女は、貴様の思惑通りに動いているのか?」
「いいえ。そんなことはありません。こんなのは……想定外です」
少しざわめく。
え?
思惑通りに告白させるって策士すぎない?
てか、何が目的だよ。好きなら自分から告白しろよ。
「何故だ。何故それを許す。何故絶対服従としない。」
は?
水上さん、それ本気で言ってんの?
思い通りにならないからって、愛を踏みにじるような行為が許されるわけねえだろ。
「黙れ。何人たりとも、人の純粋な気持ちを蔑ろにして良いわけがない。もし、水上さんがそれを是と言うなら……」
「今すぐ親友に会わせてやるよ」
「っ!?……分かった……。やはり……私が間違えていただけだ……」
「望月魁。全て不問とする。そして……謝罪する。これまで、私は過去に囚われていた」
深々と頭を下げる水上さん。
どゆこと……?
俺を試したってこと?
過去に何があったん?
こより様、ずっと会ってなかった孫とかなの?
水上さん、昔、浮気とかされたの?
よく分かんないけど、とりあえず大丈夫だったらしい。
ま、処刑されるとかあり得ないしな。
部屋の外で、不安そうにしているこより様を発見。
「大丈夫だった……?」
「うん。それで、訊きたいんだけど……」
「ちょっと待って。まず、わたしから大事な話」
やっぱり無理か……。
「……望月くん、わたし、望月くんのことが好き」
「だから……お付き合い……してくれませんか……」
まっすぐこちらを見るこより様。
嗚呼、やはり駄目なのか。
「あはは……やっぱりダメか……」
「でも……諦めないから。いつか絶対、振り向かせてやるから」
俺も、願っている。
いつか、俺を振り向かせてくれることを。
これは、俺の罪だ。
愛とは、全てを許し、包み込むものだ。
なのに、愛の形を勝手に決め、その愛しか注がず、受け取らない。
これは、人間という存在の限界だ。
俺が思うに、愛とは、人が扱うには偉大すぎる。
それは、愛への冒涜なのかもしれない。
だからこそ、俺は探している。
俺の罪さえも許す、そんな愛を。




