黄昏
凛ちゃんとなんとか合流できた。後は、世良が来るまで時間を稼げば良い。
相手の『もののけ』は、"崩壊"と"記憶"のみ。
これだけなら、世良が来れば十分に押し切れると思うが……。
「どうも。久しぶりだね、望月魁くん」
一条徹もここに居るなら話は別だ。
もし、ここで戦えば、俺が負けるだろう。未来の記憶を盗み取るのは、さっきは失敗したようだが、次も同じとは限らない。
また、俺は未来に比べれば、駒としての価値は低い。御三家と言えど、大怪我を負うことや、最悪死ぬこともあるのかもしれない。
「安心してよ。私は遊戯を止めに来ただけだからさ。それじゃあね、さようなら」
そう言い残して、遊戯の方向へと向かっていく。どうやら、更なる援軍は見込めないらしい。
「凛ちゃん、黄昏に隠れて。あの『もののけ』に触れられないように。もうすぐ世良が来る。それまで耐える」
「分かった」
攻撃力という面で警戒すべきは"崩壊"だが、"記憶"がまた凛ちゃんに触れたらほとんど負けだ。
"崩壊"の強い一撃を貰わないようにしながら、"記憶"を牽制する。
「守れ」
"崩壊"の拳に対して、バリアを二重に展開する。
「おお、やっぱかてえな」
「感心している場合ではない」
黄昏に少しだけ傷が付く。やはり世良並みの火力だ。
確実に守りながら、立ち位置を動かして"記憶"から距離を取る。世良が来ている方向へ抜けられたら一番だが、そうさせてはくれないようだ。
『もののけ』二体で、上手く壁のある場所に追い込んでくる。
それでいて、世良が背後から現れないよう、互いの位置を調整している。新月の日の世良は透明になれるが、音が消えるわけじゃない。ここには全速力で向かっているだろうし、音ですぐにバレそうだ。
「守れ」
"崩壊"の蹴りに合わせてバリアを張るが……タイミングをずらされる。構えてから、一旦待ってから、蹴りを繰り出す。
バリアが1枚だけなので、黄昏に大きなダメージが入る。
バリアが1枚でもあったから致命傷は免れたが、そう何度も食らって良い攻撃ではない。
また同じような威力で叩き込まれたら、恐らく黄昏はそこで終わる。
そうなれば、凛ちゃんを"記憶"から守り切れない。
攻防を続けつつ、なんとか開けた場所に出た。ここなら、壁に妨害されず、『もののけ』から離れていくことができる。
『言霊』の威力は、『語り部』との距離に大きく左右される。それは、『もののけ』にとっても同じこと。
例え、"崩壊"に何か射程のある攻撃手段があったとしても、脅威にはなりえない。
そもそも、遠くまで届かせること自体が結構な手間だ。そう簡単にできない。できたとしても、精々1発か2発だ。
それに、そんな攻撃をしたとしても、威力が足りない。至近距離の殴りや蹴りでやっと傷つけられるような黄昏を、離れた場所から突破などできない。
「凛ちゃん、走れ」
『もののけ』から離れるように、道を進む。
進んでいく方向は、世良の居る方とは逆だ。流石に、そっちには逃がしてくれなかった。
少し世良との合流が遅れるが仕方ない。新月の日の世良は凄まじい速さだ。凛ちゃんを気にしながら走る俺なんかよりも確実に速い。
この逃走をずっと続けていれば凌ぎきれる。
「逃げるなよ」
「お前らこそ、逃げた方がいいんじゃないか?」
「何を言う。既に王手だ」
逃げる先の道が、上り坂になっている。
このまま進めば追い付かれる。
こうなれば、反撃に出るしかない。
そこでなんとか隙を作って、ここを凌ぐしかない。
斬月を構えつつ、"崩壊"の様子を伺う。
相手もここで衝突すると分かっている。
だが、ここでの本当の狙いは"記憶"の方だ。
凛ちゃんの安全は恐らく既に保証されている。ならば、"記憶"を倒してしまいさえすれば、人類と『もののけ』の勢力図が変わることはない。未来が奪われることも、未来を失うこともないからだ。
"崩壊"へ近づくため、黄昏を使って壁を作りつつ、立ち位置を変えていく。
"記憶"は、黄昏が凛ちゃんの守りを緩めたことを見逃しはしない。
上手く誘い込めた。
"崩壊"は、俺を観察しつつ、大技を構えているように見える。やはり、遠距離攻撃の手段があるようだ。だが、いくら大技と言えど近接攻撃ほどの威力はないはずだ。バリアを張れば十分に対処できる。
機会を伺っているような"崩壊"。だが、こちらも気は抜いていない。警戒を緩めずに、方向を転換して"記憶"を攻撃しにいく。
そのとき、"崩壊"の攻撃が放たれた。
「国崩し」
かなりの火力があるように見える大砲。
しかし、俺はしっかりと砲撃の方向を押さえている。
「守れ」
砲撃に合わせ、二重のバリアを張り、"記憶"を狙う。
だが、"崩壊"の砲撃は、容易くバリアを粉砕する。
そのまま俺に迫り、左腕を消し飛ばし、胴体を貫通する。
"崩壊"が待っていたのは、俺の左腕の風船と、俺の胴体、そして"崩壊"が同一直線上に来る瞬間だった。
そして、この風船はやはり『もののけ』だ。砲撃のマーカーであり、その威力を担保する働きがあったようだ。
というか……俺、死んだかな……。
だって、胴体吹き飛んでるし。
無理でしょ、流石に。
後は、世良がなんとかするでしょ。
世良にはこれからの人生を楽しんで欲しいなあ。
世良だけじゃないな。皆に言えることだけど。
ーーー
愛する相手を目の前で死なせることは、紛れもなく、愛に対する冒涜だ。
それを許さない制約が、望月魁と黄昏に課されている。
力なく倒れ、意識を手放す主を見ていた。
「望月くん!!」
「ドラゴンは別か。もう一発くれてやる。国崩し」
しかしその瞬間、龍は姿を消す。
容赦ない砲撃に対し、何かが立ちふさがる。
この場には相応しくないような、可憐な少女。
長い髪が風に揺れる。
気だるげな目を開く。
左目は、どこまでも落ちていく深淵を思わせる紫色の瞳。
右目は、ひたすら静かに燃え盛る炎を思わせる赤色の瞳。
少女が手をかざすと、バリアが展開される。
砲撃を食らっても、一切動じない。
その光景を見て、"崩壊"も"記憶"も理解した。
この存在は、格が違う。
「誰彼と問うたか」
気付けば、死に瀕していたはずの望月魁の身体には、傷一つ見当たらない。
「我が名は黄昏」
次の瞬間には、"崩壊"の『もののけ』だったものがそこにあった。
"記憶"の『もののけ』は逃げ出す。
それを少女は追わない。
既に分かってるからだ。
その『もののけ』の逃げた先には、目には見えないが、刃が迫っている。
白石世良。『語り部』側の切り札である。
真っ二つになる"記憶"。
それを一瞥することもなく、興味なさそうに背を向ける黄昏。
静かに眠る主を見つめると、その姿が消えた。