未来の道のり
凛ちゃんと合流しないといけないんだけど……。どうやら見つかったらしい。というか、多分この左腕に付いている風船のせいだろうな。
黄昏に付いたやつは、召喚し直して消したけど、自分のはどうしようもなくてそのままだ。
「俺は"崩壊"だ。何でもぶっ壊す。お前はどうやら相当かてえらしいじゃねえか」
「悪いが遊んでいる時間はない。後にしてくれ」
もう既に凛ちゃんはそれなりに近くにいる。俺が捕捉されているということは、凛ちゃんの居場所も大体はバレているということだ。
そして、凛ちゃんを狙う『もののけ』が放たれているのも間違いない。そうなると、より合流の緊急性が増す。
"崩壊"とやらの相手はせず、凛ちゃんの居る方へ、迂回しながら、しかし急いで向かう。
「おいおい、一緒に居てくれないと困るんだがな」
「男に興味はないんでな」
"崩壊"の破壊力はとてつもないようだ。俺が左右に振ったり、障害物を使ったりしてなんとか撒こうとしているのに、無理矢理壁を壊して直進してくる。
まるで世良だな……。
いくらやっても撒けないなら、一直線に凛ちゃんの元に向かった方がいい。
今から全力で向かえば、そう時間はかからない。そう思ってルートを考えていたとき、頭上に大きな生き物が現れた。
なんだあのケツ……。
よく分からないが、どうやら味方らしく、"崩壊"に攻撃していっている。
今のうちに、さっさと凛ちゃんと合流しよう。
ーーー
「望月魁を追えなくなりました」
「遊戯は無茶苦茶だね。面白い。でも、彼は相当に急いでいるみたいだ。この直線上に比良坂凛がいる。"記憶"に伝えて」
「どのくらい近くでしょうか」
「う~ん。結構近いだろうけど、遠くから調べていけば大丈夫だよ。そろそろ、"退行"が相手を倒す。"崩壊"と"記憶"と"退行"の3体いれば、最悪合流されてもなんとかなる。もう勝敗に関われる『語り部』は、望月魁と比良坂凛の2人だけだ」
「数の有利があるということですね」
「比良坂凛はまだお荷物だしね。召喚が2人分と言っても流石に厳しいだろう」
このとき、一条徹は良い結果となることを確信していた。
最低限の目標以上の成果を持ち帰ることができる。
「!!……"退行"がやられました」
「何……? なぜだ」
「分かりません……急に首が切れて……」
「まさか……」
このとき、一条徹は思い出した。この戦いにおける、『語り部』側の切り札の存在を。
「"新月"はもう1つの身体ということか……やってくれるな」
「いかがいたしましょう」
「一気に時間がなくなった。"記憶"と"崩壊"を急がせろ」
ーーー
凛ちゃんと合流するのはすぐだ。しかし、問題なのは、その後だ。世良がここまで向かってきてはいるが、世良が来るまで俺が凛ちゃんを守らないといけない。
"崩壊"の攻撃力を考えると、黄昏のバリアでも厳しそうだ。そんな相手に耐えられるか、あまり自信はない。
左腕の風船も気がかりだ。『もののけ』を倒しても消えないということは、ある程度自立しているはずだ。つまり、これ自体が低位ではあるものの『もののけ』であることを意味している。こんなに手の込んだ仕掛けがあるなら、単なる嫌がらせとは思えない。
もう少しで、凛ちゃんを拾える。街を走り抜けていくと、凛ちゃんの姿が見える。
しかし、同時に『もののけ』の姿も確認できた。
凛ちゃんまでの距離は『もののけ』方が近い。
まずい。このままだと間に合わない。
しかし、俺はいたって冷静だった。
なぜなら、俺は確信していた。
凛ちゃんは絶対に殺されることはない。
もし、凛ちゃんが殺されるような可能性があるなら、鷹見先生も、先代の未来である早見謙一も、それを分からないはずがない。そして、万一にもその恐れがあるなら、リスクは取らないはずだ。
もし将来、未来抜きで『もののけ』と戦うとしたら、勝ち目はないだろう。そもそもの数も質も違いすぎる。
一対一で『もののけ』と戦えるのは御三家だけ。他は、チームで戦うしかない。それでも、確実に勝てるという訳じゃない。
それに、例え勝ったとしても、怪我を負うことや、犠牲を出すこともある。
人類が詰んでしまうようなリスクは避ける。
だから、凛ちゃんはここで死ぬことはない。
その『もののけ』が、凛ちゃんの腕を掴む。
「私は"記憶"です。覚えてくれると嬉しいです」
掴まれた凛ちゃんは落ち着いているように見える。
「それでは、教えてもらいましょうか。未来の『言霊』について」
やられた……。
『もののけ』は"記憶"と名乗った。
つまり、コイツは人の記憶を読み取ることができる。
『もののけ』側の狙いは、未来を断絶させることではない。『もののけ』側にも未来を生み出し、同じ土俵に立つことだ。
未来をどのように習得するのか。
その秘密を奪うつもりだ。
ーーー
"記憶"の『もののけ』は、比良坂凛の記憶の中に居る。
「初めまして。ところで、俺は何者だと思う?」
路肩に停めた高級車から、男が出てくる。
こいつは……未来。鷹見悠だ。
「……」
「ヒントは……う~ん。そうだな……何と言うべきか……」
「試験官……みたいな?」
「いやあ、いい線行ってるね。高そうな車から出てきて、良さげな服を着て、意味深な質問をする。ちゃんとした人がわざと変なこと訊いてるっぽいからねえ」
「……『語り部』?」
「ふはっ……いいね。最高だよ。確信はなかったと思うけど……そういう勘があったんだよね?」
「ええ。私を試しているのは確かだと思ったから。正式な形で試せないけど、それなりの立場があるって人は限られる」
「じゃあ、俺が今からしようと思っている提案も分かるかな?」
「ことのは大学に入る……?」
「腑に落ちないのは、『言霊』が幼い頃から学ばないと使えないと思っているからだろう?」
「ええ……そうだけど……違うということ?」
「『言霊』にもよるが、大人になってから習得する場合もある。ちょうど、外国語学習みたいなもんだ。俺も、子供のときは『言霊』なんて知らなかった」
未来の『語り部』は、元々『語り部』でない者が多い。それは、『語り部』というコミュニティのためだ。
未来は、あらゆる意志決定において強い立場にある。だから、いかなる『語り部』からも距離があり、偏見がない方が良い。
"記憶"は、更に比良坂凛の『言霊』に関する記憶を探る。
ここは、独特の雰囲気がある山奥。道なき道を進む、比良坂凛と鷹見悠を追っていく。
「ここは、未来の『言霊』の継承者がみんな来る場所だ。オレも昔来た」
洞穴の前で、2人は立ち止まる。それを見て、"記憶"も足を止め、なんとなく、近くの大木に寄りかかる。
「追憶の旅は終わりを告げる。未来の為今に在れ」
追憶の旅。
今の"記憶"の状況である。
"記憶"は、動揺を隠せなかった。
この先の記憶は見るなと言われているようだった。
だが、そんなことがありえるはずはない……。
ただの偶然……そう自分に言い聞かせていたときだった。
比良坂凛と目が合う。
彼女は、明らかにこちらを睨んでいた。
間違いない……。
比良坂凛は、未来たちは、俺に気付いている。
そのとき、"記憶"の『もののけ』は、比良坂凛の記憶から追い出された。
ーーー
"記憶"の『もののけ』は、凛ちゃんの腕を掴んでいたが、すぐに自ら手を離した。
その間に、凛ちゃんがこちらへ走ってくる。
なんだかよく分からないけど、合流できた。