白石 世良①
「さて、今週から本格的に授業が始まる訳だが、皆に紹介したい人がいる」
鷹見先生がそう言うと、訓練場に2人の生徒が入ってくる。
1人は知らない男だ。
もう1人は……ショートカットの日焼け跡がえっちで、小柄で貧乳そして引き締まった体がえっちすぎる、白石世良ちゃんです。
何回見てもやばいな。えっちすぎる。えっちバーゲン開催中。
「2人は特別クラスの……高崎圭吾君と、白石世良ちゃんでーす」
特別クラス、生まれたときから『言霊』に触れている所謂『言霊』ネイティブ達だ。
そんなことより……2人からただならぬ視線を感じるんですけど。
世良は分かる。
でも、高崎とやらはなんなんだよ。やばいだろ。殺そうとしてる目じゃね?はは……
とか思ってたら、高崎クンの方から話しかけてきた。
「お前が望月だな」
「そうだが」
そう確認すると、すぐに高崎クンは臨戦態勢をとる。
「バクオンダ」
メガホンを模したような銃が現れる。それを手に取り、目盛りを調節する。カチカチカチ!!
キーンとハウリングの音が響く。
俺に銃口を向けて、引き金を引く。
けたたましく鳴り響く轟音。
それはもはや、音か衝撃か分からない。
てか、耳がイカれるって!!
ふざけんなよ!耳がイカれたら囁きや耳舐めを楽しめないだろうが!!
轟音はオホ声だけで十分なんだよ!!
黄昏を召喚して背後を取らせる。
そのまま力で押し潰して相手の体を地面に打ち付ける。
そして、斬月で首を……斬るのは流石にしません。
凛ちゃんも見てるし……。デメリットがでかい。
てか、世良さぁ……。
止める気一切なかったよね。
ここで殺したら明らかに損でしょ。
その殺さないの?みたいな顔をやめなさい。
「お前さぁ、だから言っただろうが」
あ、世良キレてる。
「お前ごときが魁にぃに敵うわけねえだろ」
この世良、調査の結果は上々、素質は十分だったのだが……
「ちょっと白石さん落ち着いてよお」
先生の言うことだろうがなんだろうが……
「うるせえ、山勘野郎」
俺以外のもの全てに噛みつく狂犬だ。
てか、先生ちょっと遊んでるだろ、おい。
まだ幼い小学生には、いじめっ子を潰して殺すってのは刺激が強すぎたんだろうな。初めて差し伸べられた手を、世良はまるで神の手のように扱った。
世良は、生まれたばかりの鶏と同じだ。初めて見た人が親だと信じている。俺を信じて疑わない。
ちゃんと俺を盲信せずに、駄目なところは駄目だと言ってくれないと困る。
さっきも殺すの止めてくれないかなって期待してたんだけどなあ。
だって、天然Sじゃないといけないんだからさ。
世良は頼めば何でも難なくこなせるだろうけど、それじゃ意味がない。
盲信したままじゃ洗脳とか催眠と変わらない。俺のルールとして、最終的な判断は相手に委ねたいのだ。
「ねえねえ、魁にぃ~」
甘えた声で抱きついてくる。俺の好きな匂いしかしない。いっけなーい、理性理性っと。
「殺しちゃ……ダメ?」
「駄目」
クラスメイトがドン引きしてるよ。世良ちゃん?
高崎クンが悔しそうな顔をして這いつくばりながらこっちを睨み付けてくる。
「やっぱりお前は人殺しだ、望月」
え、それ関係の人?
凛ちゃんの前では止めてくれ。
てか、クラスメイトの前でもあるのに……。
「おい、黙れクズ」
「大体、お前の親父殺したの魁にぃじゃねえだろ」
「本人に言う根性もねえなら黙って死ね」
ああ、そっちか。
父さん関係だと……なるほどな。
なんだかんだ、世良も成長してるのかもね。
「俺は、人殺しだからって悪いとは思わない」
「望月、自分の言っていることが分かっているのか?」
「例え人殺しだとしても、子供にとってはたった1人の父親なんだ」
「それでも罪は消えない」
「父親としての徳だって消えない」
「よくもぬけぬけと……」
「はいはーい、いいかな?」
「わだかまりも解消できたところで、早速授業の説明をしますよ~」
いや、この先生イカれてんだろ……。
さて、授業の内容は、つまり特別クラスの奴らから色々と学べってことらしい。
「魁にぃ、模擬戦しよ? ね?」
こいつは授業って認識あんの?
まあ、認識した上でどうでもいいと思ってんだろうな。
「一回だけな」
「やったー! 魁にぃ大好き!」
早いとこ俺が絶対じゃないことに気付いてくれ。そのためには俺が手を回せないのがつらいとこだ。世良は優秀だから、俺が裏で糸を引いていたらバレる。
くそ、こんなにエロいのにっ!
「じゃあ、始めるよ」
「おう」
すごく注目されてます。
凛ちゃんは……曇らせ万歳って感じだ。
「新月」
そう言うと、世良の姿が変わる。
黒を基調とした服装と、黒光りするヘイロー。
その小さな身長に匹敵するほどの大きな鎌を携える。
「黄昏」
龍を出してこちらも戦いの準備万端だ。
「じゃあ行くよ、ゼンッリョク!!!」
鎌を振りかぶり、自身の重心も制御しながら、黄昏に一撃が迫る。
「守れ」
自動のバリアに加えて、手動でもバリアを張る。
ガンッと重い音が鳴る。バリアを破って黄昏に少し傷が付く。相変わらずのバカ威力。
「流石にかったいな~、まだ無理か」
「こっちだって硬くなってるからな」
色んなトコが。
渾身の一撃だが、隙は大きい。その間に世良に近づいて、近接戦闘に移行する。このまま黄昏を殴られ続けると流石に無理が来る。
「黄昏」
今度は、手で印を作る。指を三本だけつき出す形だ。
すると、龍は消え、鳥が現れる。
できるだけ様々な角度から攻撃を仕掛けるのが狙いだ。鎌の一撃は脅威だが、その代わり隙が生まれる。そこを突く。
「さっすが魁にぃだね、一筋縄じゃいけない」
「でも、世良だって強くなってるんだからね」
世良は鎌の扱いに長けている。単純な2点からの攻撃では崩せない。点が2つだけなら、必ずそれらを結んだ線上に一振を繰り出してくる。大切なのはタイミングをずらすことだが、ずらしすぎてもいけない。次の攻撃に向けて態勢を作っておくことなど世良にとっては造作もないことだ。
対応しにくいタイミングを探りながら俺が攻撃をしていく。鳥の姿となった黄昏はずっと世良の近くを飛んでいる。意識させるだけで今は十分だ。
「魁にぃ、鳥ちゃん寄越してよ~うっとしい」
話しかけてきたこのタイミングで、鳥をよこす。
「うわ、魁にぃいやらしッ!」
鎌の一撃を食らう前に鳥を引っ込める。攻撃を受けたらひとたまりもない。龍しかバリアを搭載していないからね。
「黄昏」
また手を構えて唱える。次は指2本だ。
今度は犬が現れる。
鳥を狙って崩れた態勢を直す隙を逃さぬよう、犬と挟撃する。
鎌を使わない肉弾戦なら、単純に斬月のあるこちらが勝つ。だから、世良はそうしない。
「くれてやるよ」
犬が世良の左腕に噛みつき、そのまま噛みちぎる。右腕だけになったが、気にせず俺との一騎討ちに突入する。クラスメイトから少し悲鳴が上がる。大丈夫だからね。
右腕だけになると、重心が変わる。その状態では、中々正確な一撃は繰り出せない。時間を稼いで大きく崩れるのを待てばいい。数発受け止めれば、距離をとって待ちの態勢をとれるはずだ。
まず一撃を斬月でいなす。衝撃が全身に伝わる。やっぱり『語り部』最強の破壊力と言われるだけあるな。
続けてもう一発。犬もまだ居るが、流石にもう攻撃はさせてくれないか。ただ、意識を割かせているお陰で次で最後かな。
最後にもう一撃。だが、この一撃は……軽いな。ということは……狙いは俺のこの隙を突いた下からの攻撃か。
「甘い」
「ぬーーーー!!!」
難なく躱して、斬月で反撃の一振り。
世良の体が砕けて……元の体に戻る。
「やっぱ魁にぃは最強だねッ!」
「世良も強くなったよ」
最後のフェイントとか、めっちゃ成長感じたよ。まあ、会話で気をそらすのは駄目だけど。
それはそうと、クラスメイトがまーたドン引きしてるよ。世良は俺が絡むとすぐ機嫌治るからね。落差に驚くよね。いや、腕治ってる方か。
はあ、世良は早く俺を疑ってくれよ……。
ーーー
白石世良は、あらゆるものを疑ってきた。
幼い頃、親友2人だけに教えたはずなのに、自らが『語り部』の家の者だということが、クラスメイトみんなに知られていた。
それだけでなく、根も葉もない噂が流された。『言霊』を使ってズルしているとか、あるいは『語り部』というのは目立ちたいがための嘘だとか、枚挙に暇がない。
そんな現状に、親も先生も何もしてはくれなかった。『語り部』は、強者であるがゆえに弱者なのだ。手を出せば加害者になる。だから親は何もしなかった。そんな彼女は先生たちにとって腫れ物だった。
それでも、手をさしのべてくれていた人がいた。
望月魁。
でも、彼のこともまた信じていなかった。どうせ、偽善だ。何もしてはくれない。何かした気になりたいだけだ。そもそも、彼も自分の秘密を知っていた人の一人だ。容疑者なんだ。
だから、ずっと信じようとしなかった。
助けると言われたときも、面と向かってクラスメイトに抗議をしてくれたときも、もう一人の親友だった子を追及したときも。
結局、犯人がそっちの子だと暴かれたときも信じなかった。犯人じゃないだけで、味方かは別だ。まだ、共犯ってこともある。
その日から、その子へのいじめが始まった。いや、始めさせられていた。望月魁が、そうなるような追及の仕方をした。表立っては何もしないけど、一番過激な嫌がらせをしていた。最初は少し避けるだけだったのに、靴を隠すとか、教科書を捨てるとか、エスカレートしていった。どれも最初にやったのは望月魁だった。みんなは知らないけど、彼の『言霊』で簡単に隠れてできる。それで、クラスメイトは皆がやってるからといじめに励む。そして、いじめられた彼女は不登校になった。
それでも、まだ信じきれなかった。
なんのためにこんなことをしたのか分からなかった。どうしたってアイツはいなくなるわけじゃない。学校からは消えたけど、原因の一端である私を恨んでいるかもしれないし、また同じようなことが起こらないとも限らないと思っていた。あの時までは。
アイツが死んだ。
それは、大きな衝撃があった。
そうか、そのために……そうすればよかったんだ。
どれだけ疑っても、敵じゃない。どこまでも、味方でいてくれた。
いや、本当は分かっていたんだ。犯人が誰なのかも、敵になるはずないことも。
その日から、望月魁を、いや、魁にぃを信じることにした。




