認識の壁
「"死"がやられました」
「望月は最強の『語り部』と言われるだけあるね」
「しかし、戦いの結果は左右しないかと」
「そうだ。既に比良坂凛に関われる距離じゃない。勝敗に関係ある駒は少ない。望月魁、未来、遊戯、それと後2部隊くらいかな。多く見積もっても、5つ」
「実際はもっと少ないと?」
「本拠地の守りもあるからね。大駒を置いておかないと。そうなると、大分楽だ」
「望月魁も侮れないと思いますが」
「う~ん。比良坂凛の護衛でなかった時点で私の想定とズレる。もしかすると、彼は私が思うほど厄介な存在ではないのかもしれない」
「では、派遣するのは誰にしましょうか」
「"記憶"と"崩壊"は確定として……"閃光"、"退行"、"禁句"にしようか」
「それだけでよいのですか?」
「恐らく、本拠地に未来がいるはずだ。遊戯は"禁句"をぶつければなんとかなりそうだ」
「未来が見えているなら、決戦の場に来るのでは?」
「それはないよ。だって、今から私が本拠地に出向くんだからね。手応えがなかったらそのまま陥落させてしまうつもりでいくよ」
ーーー
ことのは大学の広場に、またしても空間を繋ぐ穴が開く。
「どうも、久しぶり。一条さん」
「やはり未来が居るか。1人は足止めできているようだ」
広場が戦場に変わる。
「今の未来の力も知っておきたい。既にあれから40年は経ってるからね。情報のアップデートが必要だ」
一歩踏み出した一条の足元から、鋭い刃がせりあがる。
難なく素早く足を引き、避ける。
「なるほど。設置型の罠か。未来との相性が良さそうだね。威力もかなり高く見えるな……」
「もう動けないよ、一条さん。そこら中罠だらけだからさ」
「この距離でこれだけの威力だ。そう何個も置けるとは思えないけどね」
「そうかな? オレはね、今教え子に応援されててね」
「はは、応援か。面白いことを言うね。しかし、馬鹿にできない。現に、それで"死"はやられてしまったんだから」
そう言って、鷹見先生へと近づく一条。その通り道には、罠はないようで、なんの攻撃もなく走り抜ける。
そして、鷹見先生に攻撃をしようとした瞬間であった。
「ここ」
2人を分断するように地面から現れる刃。それが一条の攻撃を受け止める。
攻撃に失敗するやいなや、すぐに後退し、態勢を立て直そうとする。
「そこ」
退いた地点に、丁度仕掛けられている罠。これこそが、未来の真骨頂である。
しかし、一条はそれを無理やり攻撃して破壊する。
「こそあど言葉か。"そこ"くらいの遠さなら、なんとか無理やり壊せるね。しかし、本当に大した威力だ」
「言っただろ? 教え子の応援さ」
「……なるほど。それは事実なのだろうね。今私は、会話で、情報で、手玉に取られている。『語り部』にとって言葉は特別な意味を持つからね、会話は大事だ」
「情報の差を活かした戦い方は、流石未来だ。その情報を知りなくなった。いいだろう、君に免じて陥落は無しにしよう。未来は本当に狡猾だな」
「お褒めに預かり光栄だ」
一条は、周囲の建物に気を配り、何かが無いかを探る。特別な何かがあるようには見えない。
教え子の応援という言葉が本当だとしても、未来は通信機を付けている様子もなく、周囲に文字があるわけでもなく、当然声が聞こえるわけでもない。
「教え子の応援とやらを止めてもらうしかないな」
一条は、近くの建物に入り、中の様子を探る。特段変わったものはないように見える。
何の変哲もない教室があるだけだ。
その探索の最中も、どこからともなく刃が現れてくるが、『語り部』と距離があるために、速さも威力も足りず、ただの妨害にしかならない。
「見学は受け付けてないんだけどな」
「それは申し訳ないね」
そう言った瞬間、鷹見先生に向かって瞬時に近づき、蹴りを繰り出す。
しかし、鷹見先生はその攻撃を予見していたのか、素早く避ける。
空振った蹴りは教室の壁に当たり、壁にひびが入る。
「反応されるとは……。どうやら身体能力にも応援の効果が出ているみたいだね」
このとき、一条はある違和感に襲われていた。
教室の壁が硬すぎる。
なぜこんなにも硬くなっている?
訓練場だとしても、あまりにも過剰だ。
召喚やあの切り札の新月並みの威力を想定しているように思える。
何かがあるのではないかと壁をよく見て調べるが、どう見たって何もない。硬いだけの壁だ。
どうやら、応援とやらは壁にも作用するらしい。
※しません
建物を移動しながら、睨み合いを続ける両者。
「壁の修繕費払ってもらわないと困るなあ。最近出費がキツくてさ~」
「本当に面白い男だ。御三家の名は伊達ではないか。色彩とはものが違う」
「水上さんの悪口? あの人、頭固いからオレもあんま好きじゃないんだよね」
「"欺瞞"の件のせいか。しかし、その執念がここまでの組織を創ったのだろう」
「執念ね……。まだ折れてないと思ってるわけだ。だから今回の戦いに"欺瞞"を出さなかった」
「御三家はやはり厄介だからな。一線を画す」
ここまでの戦いで、一条は応援の詳細を絞り込んでいた。
召喚のときのような命令の線は切っていい。あれは、支配だからこそ、そして、望月賢だからこそできることだ。
未来の視線から、恐らく文字媒体ではない。
声だとすれば、未来にだけ届くようになっているテレパシーのようなもののはず。
しかし、もしテレパシーの『言霊』ならば、未来に対して有利な効果を発生させることまでも可能とは考えづらい。
よって、テレパシーを可能とする『言霊』で、何らかの有利な効果を発生させる『言霊』を付与されている。
壁の硬さ…はよく分からないが、身体強化の度合いや、刃の強度から考えて、相当な練度の『言霊』に思える。
教え子と言っていたが、だとすれば新たなる切り札か……いや、恐らくは複数人による『言霊』の掛け合わせだ。
『語り部』や『言霊』の相性に大きく左右されるが、『言霊』は複数の人で一緒に使うこともできる。そもそも、『もののけ』の召喚がそれだ。
「あら? バレちゃったかな? 早いね一条さん」
「最後まで飄々としているな、未来。そろそろ、答え合わせといこうか」
「聴かせてもらおう、君の教え子の声を」
そう言って、一条が指を鳴らすと、歌声が耳に入ってきた。
2人の女性ボーカルのデュエット。一方は格好いい英語のラップ、一方は日本語で震える感情の籠った声。
「なるほど。これは中々に力が出るな」
「だろう? 力強い女性ボーカルって好きなんだよね」
「私も、強い女性は好きなんだ。さて、ではそろそろお暇しようか。非常に有意義だったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
そう言い残し、再び穴の中へ消えていく。
ーーー
高崎圭吾のバクオンダによる対象指定と、ソフィアクルーズ及び那須こよりの歌声が、窮地を救った。
因みに、高崎圭吾はこの一件で、完全に那須こよりに惚れ込んでしまったのは、ここだけの話。
BSSを量産する女、那須こよりである。
BSSとは、「僕が先に好きだったのに」の略です。
個人的には、結構一般的な語彙だと思っていたのですが、意味が分からず質問している人を何人か見たことがあるので、一応補足しておきます。




