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三日月

 比良坂凛と、望月魁が合流を目指している。その予想される合流地点には、多くの『もののけ』や"灼熱"が居たために、回り道を強いられている。


「比良坂凛の居場所は分かる?」


「いいえ。大方は検討が付きますが正確な居場所までは……」


「望月魁の方は分かるんだよね?」


「はい。ヤツには、"勾玉"の玉が付いていますから」


「望月魁の進む先に、皆を配置しようか。合流を手助けしに来る『語り部』もいるはずだしね」


「それでは、ある程度の戦力を投入しましょう、」


「この戦いはそこで決まるからね。そういえば"死"だけど……」


「様子は見ることができませんが、問題ないでしょう」


「そうだといいんだけどね。新月に思った以上に苦戦させられたからさ。今日が三日月だったら本格的に不味かったが、なんとかなるかな」


「それほどに恐ろしいのですか?」


「15年前のアレを倒したのは、三日月の日の彼だからね。やはり、数の力は偉大と言ったところか」


ーーー


 新月との戦いを経ても、"死"の『もののけ』には大きなダメージはない。

 耳元から、妻の声がする。


「望月美名の名の下に命じる。"勝て"」


「承知」


 "支配"の『もののけ』の『言霊』は、絶対遵守の命令を下す。命じる相手のことを知っていて、かつその相手からの信頼を勝ち得ているほどに、その効果は強くなる。つまり、今この瞬間、この『言霊』は未だかつてないほどの強制力を持つ。


「三日月」


 刀を携えた少女が現れる。望月も、刀を持っている。

 角度をつけて、『もののけ』に攻撃を仕掛ける。飛ぶ斬撃だ。


 しかし、その攻撃の殆どは相殺され、大きなダメージにはならない。


「すごいな。おじさんも攻撃できるんだ」


「中々にタフじゃないか」


「やはり面倒だ。さっさと片付けてしまおうか」


「骸」


 3人の周りを、黒い幕が覆う。真っ暗な空間に閉じ込められる。


 『もののけ』が望月に近づいてくる足跡がする。


 望月へと攻撃を仕掛けようとしたそのとき、『もののけ』の背後でもう一つの足音が鳴った。


「ッ!?」


 背後からの三日月の一閃。致命傷とはならなかったが、確実に"死"に手傷を負わせた。

 それと同時に、黒い幕が引いていく。


「なぜ動ける……?」


「言っただろう? 妻も応援しているんだよ」


 戦場には、通信機が浮いていた。その数、5つ。


「これは……カメラ? いや、マイクも付いているか」


「お前の骸は、黒い幕でもって、戦場を外から観測できなくする。そして、その不確定になった空間の観測者がお前だ。そこでなら、お前は時間を止められる。時間という概念が死ぬ」


 幕の中にいる"死"以外の者は、ほんの刹那、意識を手放す。瞬きにも満たない臨死体験。まるで意味がないようなその合間に、暗闇の中に観測者はただ1人になる。

 目撃者は1人だけ。真実は、目撃者の認識に委ねられる。"死"は、そこで時間が止まっていると認識した。だから、止まった。"死"のみが観測者として動き続け、他のものは停止時間の中で意識のないまま。それが、骸である。


 だが、その断絶された空間を観測する者が、その空間の外にいる限り、"死"はその空間の唯一の観測者になれない。

 通信機によって、骸は封じられていた。


「分かったところでもう打つ手はない。さっき仕留められなかった時点で詰みだよ」


「骸がなきゃ、お前からの有効打もないだろ? こっちは少しずつでも攻撃していける」


「通信機を全て壊せばこちらの勝ちだってことだよ、おじさん」


「それより先に削りきれりゃこっちの勝ちだな、『もののけ』」


 通信機の配置を利用しながら、『もののけ』と戦う望月。三日月の斬撃もあり、上手く動きを制限できてはいるが、避けられることも考えると、そこまで有利とは言えない。


「おじさん、先に体力がなくなっちゃうんじゃないの?」


「心配するな。妻のお陰で、まるで召喚をまだ使ってないかの様に身体が軽くてな。俺はお前の方が心配だぜ?」


 ずっと斬撃を避けることに集中していた"死"だが、埒が開かないと判断し、少しのダメージは無視して通信機を壊す方針へとシフトした。

 とはいうものの、斬撃は三日月や望月に近づくほど威力が高い。ある程度の距離は取りつつ、通信機を破壊していく。

 通信機はそれぞれ一定の距離があるため、最初の1個2個の破壊は容易い。


 通信機が残り2つとなったとき、戦いは再び膠着した。


「『もののけ』、あと2つだと勘違いしてるんじゃないのか?」


「なんだって?」


「この通信機は俺の教え子のもんでね。結構な数出せる」


「意味ないよ。通信機がないと確信できるまで待てば良い」


 通信機を守りながら攻防を繰り広げる。


 "死"が一気に距離を詰めて、攻撃を試みる。三日月の斬撃が、その先の通り道へと既に狙いを定め、放たれている。

 だが、"死"はその場に不自然に急停止し、狙いを通信機へと変え、それを破壊する。


「あと一つだよ」


「へえ、自分の勢いも殺せるわけだ」


 最後の1つの通信機を守るように、三日月とともに陣形を立て直す。


 "死"が、通信機に近づこうと斬撃を避けつつ近づいてくる。しかし、狙う通信機が1つしかない以上、"死"の動きは予想しやすい。

 通信機を破壊しようとする瞬間に、至近距離で斬撃を浴びせてしまえば、"死"もただでは済まない。


 "死"は、通信機へと近づき、破壊する……かのように思われたが、望月の方へ一気に方向を切り替える。

 "死"の力を込めた一撃を、望月に食らわせる。刀で防いだようだが、多少のダメージにはなる。更に追い討ちを食らわせていく。攻撃の衝撃で弾き、かつ望月も後退しているため、既に通信機からは大きく離れた。

 "死"の後ろから、三日月が迫る。


 この瞬間、骸の射程内に、望月と三日月を捉え、かつ通信機は射程外にあった。


 召喚された存在と、召喚した者とは、以心伝心の関係にある。例え片方を骸に封じ込めても意味がない。時間は進んでいるのだと、もう一方が教えてしまう。


 望月への攻撃をしている最中に、通信機を隠し持っていないかの確認もした。

 そもそも、自分から意識外の通信機の存在を仄めかす時点でブラフの可能性が高いとは思っていた。


 つまり……すべての条件は整った。


「骸」


 幕が、3人を覆う。そして、望月へと近づき、確実に仕留める……はずだった。


 そのとき、"死"は、斬られていた。


 

「どうして……」


 幕が引き、外の様子が分かる。

 幕の外には、三日月が居た。


「だから言っただろう? 妻が応援しているってな。まるで三日月の日みたいに身体が楽でな。本気の2体召喚ってやつだ」


「お前はいかに骸を使うかの勝負をしていたが、俺はいかにお前に骸を使わせるかの勝負をしていた」


「骸の仕組みが割れた時点でお前はもう負けていたんだよ」


 "死"の切り刻まれた身体が、崩れていく。


「見てた? 美名ちゃん~」


「はい。よく頑張りました」


 なお、通信機から離れていたので全く見えていない。


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