青い炎
低級の『もののけ』たちを相手にしていた『語り部』たちも、段々とその掃討を終えてきた。
ある程度の数の部隊を残して、比良坂凛の救援へと向かうこととなった。
しかし、その場所に向かう前に、彼らを阻むように大量の『もののけ』たちがおり、更には炎が上がっていることに気づく。
『もののけ』はそこまで上位なわけではないようだが、数が多い。加えて、火は弱まる気配がなく、普通の手段では消化できないようだ。『言霊』による炎だ。この炎を出している『もののけ』は上位であると分かる。
ここまでのことが起きていても、通信網が完全に停止していれば分かりようがない。
「どうします? 高崎さん、これじゃ進めないですよ」
「お前らはそこらの『もののけ』の相手をしろ。俺たちで炎の出所を叩く」
「分かりました」
「南、火を消す手段はなにかあるか」
「魔導書」
『言霊』で出現させた分厚い本をパラパラと捲りる。
「遍く水流よ、我らが願いに応えよ。」
そう読み上げると、どこからともなく水が溢れだし、火を消していく。
そして、どこかに流れて消えていく。
「このまま中心へ向かう。桐山は盾を構えておけ。倉田も守りを固めろ。いつ相手が現れるか分からない」
火を消しながら、中心部へと向かっていく。『もののけ』は、外周に配置されていたようで、中には居ない。恐らく、炎が無差別に燃やしてしまうからだろう。
順調に火を消していき、もう少しで中央に到達すると思われたとき、敵は姿を現した。炎のない開けた場所だ。
「いらっしゃい。よくここまで来た。歓迎しよう」
全身が赤い鬼のような『もののけ』がそこに居た。
来た道は、既に炎で塞がれたようだ。
「歓迎はありがたいが、静かな方が好みでね。……静粛に」
そう言うと、『もののけ』は話すことができなくなる。
だが、『もののけ』に対する発話の禁止は、そこまで有効な攻撃ではない。『もののけ』は、ある言葉を名前として冠し、そこに込められた『言霊』を操る。存在自体が『言霊』であり、異質なのだ。
だから、『もののけ』は、言葉を発さずに『言霊』を当たり前に使える。
「動くな」
『もののけ』の動きが止まる。
これだけ上位の『もののけ』相手となれば、その効果は一瞬だろうが、それで十分だ。
「森羅万象の波よ、悉くを押し流せ。海原よ、深く総てを底に沈めよ。我らが一柱、ワタツミ」
押し寄せる大波。火を消し、『もののけ』を巻き込む。
だが、『言霊』の波であるので、実際の水ではない。そのため、『語り部』たちには被害はなく、また周囲のビルなどにも傷一つ無い。
「手刀」
手を刀に変化させ、『もののけ』へと迫る。
水の中でもがきながら、攻撃をかわそうとする『もののけ』だが、両腕に少し傷を負う。
段々と水の勢いが無くなってくる。
大波から解放された『もののけ』から、反撃が来るが、桐山の盾によって防がれる。
このように、高崎と南できっかけを作り、倉田が近づいて攻撃、桐山が防御を担うのが、このチームの戦い方だ。
しかし、今の攻めでは大技を使いすぎている。そう何度もできることではない。このままでは、『もののけ』を仕留める前に、高崎と南が息切れして押し負ける。そのためには、相手によりダメージを入れられる手を打つ必要がある。
皆でできるだけ近づき、総攻撃をする。
「攻めて有利にならなそうなら、癪だが鷹見の作戦とやらに従う」
「了解」
鷹見の作戦、それは、この"灼熱"の『もののけ』に、一之瀬葵をぶつけることだ。
この『もののけ』の攻撃手段は火であるが、彼にそれは通用しない。
一見、突拍子もない策だが、"未来"の発案だ。馬鹿にはできない。
「邪悪なる幻影を穿て、アメノヌボコ」
空中に大きな矛が現れ、『もののけ』へと向かっていく。
『もののけ』は、倉田に近づき、接近戦を繰り広げる。
味方に当てる危険があるため、迂闊に矛で攻撃はできなくなった。
「動くな」
『言霊』は、『語り部』に近いほどその効果を増す。『もののけ』に先程隙よりも大きな隙ができた。
しかし、そのとき、炎が彼らを襲う。盾によって大きく被害を受けることは免れたが、また振り出しに戻された。
『もののけ』にも、彼らにも、多少のダメージはあれど、状況は拮抗。互いに決め手に欠ける。時間をかければ、『もののけ』に軍配が上がる。
「仕方がない。件の学生が来るまで時間を稼ぐ。炎は遠くにも出せるようだ。桐山、お前の盾が頼りだ。頼んだぞ」
「任せてください。炎の相手はここ二週間、嫌と言う程してきましたから」
「それは頼もしいな」
迫り来る炎をすぐに盾を使って遮断する。
「慈愛の光よ、我らを包み、守り給え」
南の『言霊』でも、炎を防ぐ。
「見るな」
高崎の『言霊』で、妨害を加えて、相手の攻めを潰していく。
「指鉄砲」
倉田の『言霊』で、指から銃弾を打ち出す。『語り部』から距離ができる長射程の武器なため、威力は大したことはないが、嫌がらせには十分だ。
炎に囲まれた戦場で、上手く立ち回り、膠着状態を維持している。
「さて、そろそろ攻めるとしますか」
高崎たちとは反対側から、炎をものともせずに近づく影を見て、そう判断した。
一之瀬葵には、やはりこの『言霊』の炎も効かないようだ。
高崎たちが距離を詰める。
「動くな」
『もののけ』の動きを止める。
こうなると、『もののけ』は炎を出して対抗する手を打ってくる。
身体を動かさずともできる攻撃は、それしかない。そうしなければ、高崎たちの追撃を受けてしまう。
しかし、ここで高崎たちは攻撃をするつもりはなかった。
「盾よ、我らを守り給え」
桐山の盾で、炎に対する守りを固める。
高崎たちにとって、"灼熱"の『もののけ』を討つには、決め手となる攻撃が足りなかった。
相手は激しく燃え盛る炎という圧倒的な攻撃力を持っており、かつ攻撃は最大の防御だと言わんばかりに、こちらの動きを制限してくる。
つまり、この戦場において最も破壊力のある攻撃手段は、"灼熱"の炎である。
もし、敵よりも遥かに燃えやすいような箇所があればどうなるだろうか。
もし、何の変哲もない火ですら燃え盛ってしまうほど燃えやすいのに、『言霊』の消えない炎ならどうなるだろうか。
導火線は既に引かれている。
"灼熱"は、その『言霊』で発生させた炎を自由に消すことはできない。
それは、他の『もののけ』たちが安全な離れた場所にいることから分かっていた。
"灼熱"は、その『言霊』で発生させた炎に晒されて無傷でいられない。
それは、彼自身が、この炎のない開けた場所で待ち構えていることから分かっていた。
その結果は、正に火を見るより明らかだった。
火だるまになる"灼熱"の『もののけ』。
もがき苦しむが、火は消えない。
「邪悪なる幻影を穿て、アメノヌボコ」
『もののけ』の身体を貫く。
「撃破確認」
「一之瀬、大活躍だ。白石はともかく、鷹見が俺を選んだのは、この戦いのためだったようだな」
「ありがとうございます」