南 なぎさ①
俺とミーアちゃんは、"勾玉"を相手に逃げることを第一に立ち回っていた。
「ミーアちゃんはどこかで一般人に紛れて逃げるんだ。地下鉄もまだ人がいるが、少なくて目立つ。地上に出て、戦っている隙に逃げろ」
「了解」
地下を抜けて、地上に沢山の人が居ることを確認する。
地下鉄が止まっているなら、他の交通機関に人が集中する。
「逃げるのはもう諦めたんですかな?」
「そろそろ左腕の風船が邪魔なもんでね」
「そうですか。残念ながらわたくしを倒してもそれが消えるわけではありませんがね」
「そりゃ残念だ」
黄昏を目隠しと盾に使いつつ、距離を詰めていく。刀の斬月も構えて準備万端だ。
「正面から来ても駄目ですよ、狙いが見え見えです」
そう言う"勾玉"に背後から強烈な蹴りが入る。その衝撃で、数メートル吹き飛ばされる。
蹴りを入れたのは、全身に入れ墨の入っている鍛えられた身体の女性。その入れ墨は、『言霊』でもある。
え、かっこよ……。エロ……。
「助かりました、司書さん」
「例は不要だ。望月魁。お前のお陰でもある」
このかっこよすぎる女性は、あの司書の南なぎささん。
俺のお陰というのは、攻撃を与える隙を作ったことと、『言霊』の聞き手、読み手のことだろう。
『言霊』というのは、言葉なので、話す相手に通じているかは大切だ。つまり、聞き手や読み手の認識もまた、『言霊』の練度に関わってくる。
声を出さずに『言霊』を使うことが難しいのは、聞き手の認識を利用できないからだ。『言霊』が来るぞ、と相手が思うだけで、その成功率は上がる。
そして、今回の場合、こんなにエロかっこいい女性が負けるところが全く想像できなかったので、あり得ないくらいのバフが入っていたらしい。
「今のうちに行け。コイツは私が引き受ける」
それなら、お言葉に甘えて凛ちゃんのとこに行くとしますかね。
ミーアちゃんも、人混みに紛れていく。
ーーー
「痛てて……こんな連携ができるとは……何か通信手段があるのですね」
『もののけ』の身体には、大きなひびが入っている。上半身にはそれなりの負担がかかっているはずだ。しかし、"勾玉"のこれまでの戦い方を考えると、結局は近づかないと埒が開かない。
脚を狙うべきだったかもしれないが、一撃で仕留めるチャンスでもあった。結果論だ。
これからのことを考えた方が良い。
「ですが、もうあのような大技は食らいません」
"勾玉"は、距離を取って、玉による攻撃を繰り出していく。
玉を避けながら、被弾を少なくする。避けられない玉は、盾を出して防ぐ。手の甲に刻まれた「盾」の文字と、指で空中に書いた「盾」の効果で、全ての玉を凌ぎきる。
上手く建物の中に入って射線を切るが、玉は直線的な動きだけではない。多少曲がることもできるようで、どんどんと距離を離される。
"勾玉"は無理に建物の中に入っては来ないようだ。こちらを相手にしながら、さっきのような奇襲を警戒し、射程を押し付ける戦い方を徹底している。
建物の中まで響く大きな音。建物に攻撃を打ち込んでいるのだろう。建物が崩されれば、逃げ場がなくなる。建物内に居た人が出たことを確認して攻めてきた。
あまり気長にもしてられない。戦いが膠着して進まないと判断されれば、望月たちを追っていくだろう。ヤツを押さえることが大事だが、それは即ち、倒さなくてはいけない。
「逃げてばかりでは仕方ありませんよ」
『もののけ』の声が聞こえる。あまり時間に余裕は無さそうだ。
そろそろ仕掛けるしかない。
建物の連絡通路を使って、"勾玉"により近く、背後を取れる他の建物へと移動する。当然警戒されているので、近いと言っても、ある程度の距離はある。
多少、賭けをしないといけなそうだ。
ーーー
南が動く。
風を切るようなブンという音がして、"勾玉"に気づかれる。そこは"勾玉"が最も警戒していた建物ではなかったが、問題はない。既に玉はいくつも用意してある。これなら、近づくより前に、攻撃が届く
。
盾を展開し、玉を避けつつ近づこうとしてくる相手を見て、"勾玉"は真の狙いに気づいていた。
最初に、わざわざ瓦礫を投げて大きな音を出した。それは、こちらに気づかせるため。つまり、これは陽動。あのときと同じ伏兵による奇襲のための布石だ。
そのとき、ガシャンと大きな音がなる。
奇襲の音だろう。だが備えていた。玉を音のした方向へ放つ。
しかし、そこには誰も居なかった。ただ、地面に叩きつけられた瓦礫があるだけ。
最初に投げた瓦礫だ。
だが、それだけではまだ玉切れにはならない。元々、奇襲は警戒していた。相手を近づけさせないだけの用意はある。
そのまま、玉を打ち込みつつ距離を取っていれば良いと考えていた。そのとき、気づいた。
この『語り部』が、なぜか今、盾を展開していないことに。
そして、その視線は"勾玉"の背後にあった。
背後に伏兵が迫っているのかもしれない。一瞬、その可能性がよぎった。
でも、すぐに思い直した。あり得ない。音もなく近づく伏兵なんて居るはずがない。もし居るなら、もっと単純に攻撃してくればいい。盾を解除する必要だってない。今までの戦い方から、この『語り部』が馬鹿ではないことは分かっている。
これはブラフだ。
一瞬の思考で、その結論に辿り着いた。
しかし、その一瞬は、強者同士の戦いの結果を左右するのに十分な隙であった。
盾に割り振っていた『言霊』を、全て速さに使う。足に刻まれた"弾"で、身体を弾き飛ばす。
一瞬で距離を詰めた。
強烈な一撃を受けた上半身では、とっさに身を守ることなどできない。
脚に刻まれた"終"の文字。それが『もののけ』の運命を表していた。
蹴りを受けて、『もののけ』の身体はくだけ散る。
南なぎさが、この戦いの勝者となった。