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切り札

 私と白石さんが現れた『もののけ』を倒すとすぐに、渦巻きの中から新たな『もののけ』が現れた。


「比良坂、下がれ。まずは時間を稼ぐ」


 言葉通り、『もののけ』相手に守りに徹して時間を稼いでいる。簡単に押さえ込めるような相手には見えないが、流石白石さんだ。『もののけ』に攻撃する隙を与えていない。やがて、『もののけ』も痺れを切らし、話し始めた。


「守ってばっかじゃねえか、見せてみろよ、オマエの力をよぉ」


「テメエごときに見せる力はねえよ。ただの脳筋だろ? そっちこそ戦略でも見せてみろよ、無え頭絞って考えろよ」


「ア? 舐めんなよ小娘が」


 相手を怒らせて、攻撃を単調にさせている。わざと、もう少しで届きそうなくらいで避けている。

 まだ、白石さんは"新月"を使っていない。単純な身体強化だけでここまで戦えている。

 やっていることは私と同じはずなのに、まるで強さが違う。白石さんは、きっと私に手本を見せているんだろう。


 何度もいなして、段々相手も冷静になってきた頃、こちらからも攻撃をし始めた。ずっと攻撃をしてこなかったんだ。これに反応するのは難しい。


「何油断してんだよ。勘違いすんな、こっちが手加減してやってるからオマエは死んでねえだけだ。せいぜい足掻けよ」


「口が達者だな小娘。今のうちに好きなだけ吠えておけ。俺様が本気を出す前にな」


「一発食らって冷静になるかと思ったが馬鹿は治らねえなあ、さっさと本気とやらを出せよ」


「フッ、馬鹿はテメエだぜ。俺様はここで遊んでるだけでいい。そしたら勝手にオメエらが守りたがってる未来が死ぬ」


「それを覚えるだけの頭はあるみてえだが、残念ながら理解はできてねえようだな」


 そこから、長いにらみ合いが始まった。互いに時間を稼げばいいと思っている。

 こちら側は、時間がたてばたつほど、大量の低位の『もののけ』を排除できる。そうなると、自由になる『語り部』が増える。

 つまり、本当の戦いの幕が開けたときに、参加できる駒が多くなるということだ。


 しかし、その膠着状態もここで終わりのようだ。


「そういうことかよ、こっちがホンモンとはなア。残念だったな、小娘。俺様の本気は今までとは比べ物にならねえ。パワーもスピードもな」


「新月」


「これが俺様の本気だァ!!死んであの世で後悔しなァ!!」


 その瞬間には、『もののけ』の首と胴体は繋がっていなかった。


「この程度かよ、本気は。見る価値も無え」


「は?」


 何が起きたのかも分からずに倒される『もののけ』。無理もない。凄まじい速さだった。

 身体強化の度合いがいつもと段違いだ。それは恐らく、今日が新月だからだ。只の身体能力と一閃で上位の『もののけ』を難なく撃破した。間違いなく、彼女こそ、この戦いの切り札だ。


ーーー


「予想以上だな、"獰猛"が一撃とは」


「『言霊』が"新月"というのもありますが、そうでなくとも結果は同じでしょうね」


「じゃあ、こちらも切り札を出すとしようか。"死"を彼女にぶつける」


「よろしいのですか? 召喚のための切り札では?」


「ここで確実にこいつを殺るのを優先する。大丈夫、いずれにせよ、"死"は召喚には負けないよ」


「分かりました」


「それと、多分"死"を見たら比良坂凛は単独で逃げるはずだ。守りながら戦える相手じゃないからね。逃げ方を見て、先に駒を配置しておこうか。"灼熱"辺りが丁度良いかな。それと、中級くらいの『もののけ』も道を塞ぐように沢山置こう」


「それと……そろそろ情報を遮断する。通信網が停止すれば、情報で勝てる。"死"が来たことにも、逃げ道の封鎖にも気づかないさ。基地局のヤツらを待たせるのもここまでだ」


ーーー


 白石さんが『もののけ』を退けたのも束の間、間髪いれずにまた新たな『もののけ』が来る。

 青年のようだが、みすぼらしい格好をしている。生気が感じられない。


「比良坂、別行動だ。魁にぃのとこに向かえ」


「……分かった」


 未来として生きていくなら、命を天秤にかけるときが幾度となく来る。鷹見先生が言っていた。

 今、白石さんが対峙している相手が"死"の『もののけ』であり、彼女は私を守り抜けないと判断した。そして、私をできるだけ安全な場所に行かせようとしている。それが、望月くんの父親の元ではないのは、きっと分かっているからだ。


 白石さんは"死"には勝てない。

 そして、もし勝てる者が居るなら、望月くんの父以外にはあり得ない。


「白石さん、ありがとう」


「今生の別れってわけじゃねえよ。ただ、魁にぃとの約束だからな。比良坂のことは魁にぃの言う通りにする。魁にぃならしたことをしてるだけ」


 その言葉を聞いて、走り出す。望月くんの元へ地下や迂回路を駆使しながら向かっていこう。

 通信障害が発生しているようだが、もしもし君のお陰でそこまで問題はない。

 それよりも、やはり白石さんが心配だ……。

 彼女とは色々と馬が合わないこともあるが、尊敬していることだって沢山ある。


 死んでほしくなんかない。


ーーー


「テメエが死だな? 今のままじゃ名前負けだからよ、文字通り死なせてやるよ」


「死ぬ心配をされてたのはそっちでしょ」


 会話の最中に、新月の姿が消える。居なくなったわけではない。見えなくなっただけで、変わらずそこに居る。まるで、新月のように。


 『もののけ』の背後に回って、姿を現す。そのまま、脚に鎌で一振りを食らわせる。しかし、少し傷が付くだけで、目立ったダメージはないようだ。


「驚いた。僕に攻撃を通せる人がいるなんて」


「こっちの勢いを()()()わけか。臆病な『言霊』じゃねえの」


 再び姿を消し、死角に回り込む。そして、姿を表して、鎌を振るが、今度は反応されて躱される。


「攻撃をするときは姿を現さないといけないんだね。思ったより弱いじゃん」


 その言葉を皮切りに、"死"の反撃が始まる。


 鎌を構えて牽制するが、完全には防ぎきれない。胴体に一発攻撃を食らう。

 攻撃自体のダメージだけではなく、攻撃された場所からじわじわと広がっていく痛みがある。これが"死"の能力なのだろう。


「やっぱ"死"ってのは陰湿だな。まあそれもしょうがねえ、死ぬのはいつだって弱者だ」


 再びその姿を消して、次は正面から鎌を振りかぶって、また脚を狙う。


 ただし、今回は攻撃のときにわざわざ姿を出さない。


 それでもやはり、与えたダメージは少しだけのようだ。


「姿を見せていたのはわざとだったんだね。でも、見えないだけで音はするし、気配もある」


 透明だからといって、攻撃し放題なわけではない。敵の隙を窺いながら、何度か仕掛けるが、やはり大きなダメージにはならない。


「このまま削られるのも癪だ。そろそろ止めにしよう」


「骸」


 2人の居る空間が、黒く禍々しい幕で覆われる。真っ暗な空間に閉じ込められる。静寂。


 その空間で、気づけば、新月は既に致命傷を食らっていた。


 幕が引いていく。外が見える。


「疲れるからあんまりやりたくないんだけどな」


「クソ……」


 新月の身体が崩れていっている音がする。

 そのとき、耳元の『言霊』製の通信機から声がする。


「何があった? 気づいたこと、何でもいい。報告してくれ」


 どうやら、新月の役割はひとまず終了したらしい。次に繋ぐ手を打つ段階に入った。


 動かない身体で倒れながら、最強の『語り部』が現れるのを見ていた。


「よく頑張った、世良ちゃん。ここは任せな」


「次はおじさんが相手なの?」


「ああ。悪いが勝たせてもらう。妻も応援してくれているんでね」


 『語り部』と『もののけ』の頂上決戦が幕を開ける。


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