本物の戦い
ことのは大学のある部屋。そこは、司令室であった。
「市街地に散発的に『もののけ』が現れています。どれも低級のようですが、かなりの数です」
「う~ん。場所がテキトーすぎるし、多すぎ。おれの勘じゃ無理かな。師匠は?」
「難しいな。水上会長、やはり計画通り行くべきかと」
「分かった。では予定通り、チーム単位で『語り部』たちを向かわせる。比良坂凛という駒を最大限活かす」
ーーー
「さて、どう出るかな?」
一条徹は、『もののけ』の唯一の支配者であり、司令塔である。彼が『もののけ』を指揮し、彼らを市街地に放った。
「そのまま放って良かったのですか? 民衆たちによって、情報は瞬く間に広まります。場所がすぐにバレてしまいます」
「問題ないさ。寧ろ、情報を拡散させてパニックにする。情報を遮断するのは、盤面が整ってからで良い」
「相手はこの状況で、民衆を守ることを優先する。だから、必ずあの手を打たざるを得ないはずだ。よく見ておこうか、"監視"」
"監視"と呼ばれたのは、長身の女性のような『もののけ』だ。
「はい。『もののけ』たちの様子は常に見えております。続々と『語り部』が現れていますが……」
「さて、そろそろかな。『もののけ』の出現ペースとその場所を見るのはもう十分だろう」
「恐らく、現れました」
「恐らく……? 比良坂凛の顔は知っているだろう?」
「フードで顔を隠しています。背格好から、比良坂凛だと思われますが」
「……そうか……。なぜだ……?」
「!……もう1人現れました。反対側です」
「なるほど……。候補を2人にして我々を分断する策か……」
「顔は見えませんが、身長や体格は同じくらいに見えます。それぞれ、護衛がいるようです。1人は学生の望月、もう1人は知らない少女です」
「知らない少女……。それが彼らの切り札だということか」
「切り札とは……?」
「『語り部』側で、大駒と言えるのは御三家くらいさ。その数は、望月が2人、未来が1人、遊戯も1人だ。比良坂凛のような候補生はいるかもしれないけどね。でも、これだけだと、"地獄"たちを退けることはできないはずだ。あのとき遊戯はアメリカに居たしね」
「比良坂凛の護衛足りうるならば、まず間違いなくその少女が"地獄"を殺ったんだろうね」
「では、本物の比良坂凛はその少女の方でしょうか」
「うーん。私の直感だけど、望月の方じゃないかな。まあ、どっちにも『もののけ』は派遣しようか」
「どちらも偽物である可能性は考えなくてよろしいのですか?」
「それはあり得ない。一般人に被害を出したくないなら、きちんとここで本物を出さないと。両方偽物だと分かった瞬間に、こちらの打つ手に容赦がなくなる」
「そういうものでしょうか」
「『もののけ』にはそういうのないからね。低級の『もののけ』は正に捨て駒だ。強さこそが全ての序列。分かりやすくていいね」
「派遣するのは誰にしましょう」
「そうだね……。望月の方には"勾玉"を、もう一方には"獰猛"を当てようか。ひとまず、どちらが本物かを確かめるのが先決だね」
ーーー
「凛ちゃん、きちんと顔は隠しておいて」
止めどなく発生する『もののけ』たちに対処するため、凛ちゃんという駒を使うことになった。
『もののけ』の元に到着して、難なくその退治に成功した。完全には言葉を解さない低位の『もののけ』だった。つまり……ここからが本番だ。
俺たちの近くに、見覚えのある渦巻きが発生する。これは、ヤツの転移門か。
その中から出てくるのは、奇妙な顔をしたヒト型の『もののけ』。全身にジャラジャラと装飾品を着けていて、趣味の悪い金持ちみたいだ。
「初めまして。わたくしは"勾玉"と申します」
『もののけ』がそう言うと同時に、俺たちの背後に光る玉が迫る。
「黄昏」
龍が現れ、その玉を受け止める。バリアが発動した。ということは、やはり攻撃だったようだ。
「流石に通用しませんか。ですが、まだまだ手はあるのでね」
"勾玉"の周りに、数多の玉が浮かび上がる。
玉の全てが攻撃だとしても、黄昏で守りに徹していれば問題はないように思えるが……。
四方八方から迫る玉を、バリアを使って凌ぐ。そこまで威力はないようで、ある程度バリアの範囲を広げてしまっても、十分に防ぎきれるようだ。
例え完全な死角から、どれだけ速く攻撃が来たとしても自動で防御できる。
「やはり"召喚"は一筋縄ではいきませんね。はやくも打つ手なしですよ」
こちらのバリアの仕組みに気づいた。そろそろ何か来るな。
光る玉が、空中で爆発した。こちらには何のダメージもないが、爆風が届く。ダメージがないせいで、バリアが反応しなかった。
その風を受けて、フードが捲れる。
「おや、ビンゴですね。こっちが本物でしたか」
「凛ちゃん、逃げながら戦うぞ」
「ええ」
黄昏で相手の攻撃を防ぎつつ、後退していく。でも、完全に逃げきってはいけない。到底追えないと思われてしまえば、相手は手段を選ばなくなる。
地下鉄の駅に向かう。まだ人が沢山いる時間ではあり、危険だ。しかし、『もののけ』側としては人死には不用意に出したくないはずだ。最初の『もののけ』の出現も、こちらがすぐに対応すれば被害者はでないようになっていた。つまり、人の命を奪うことを切り札として伏せている。
そのせいで、こっちは凛ちゃんを出さざるを得なくなった。もし人を殺すなら、多生の犠牲は仕方なしと凛ちゃんを全力で隠す手を打てば良い。
ーーー
「地下鉄に逃げました、どうしますか?」
「考えたね。ほどほどに追っていればいいよ。心配しなくても見失うことはない。相手もそれを望んでいないし、なにしろ人が沢山いるんだ。情報はすぐに拡散する」
「了解」
「しかし、"獰猛"はどこまでやれるかな。時間を稼いでくれればいい気はするが、少し気がかりだからね」
「気がかりとは……どういうことでしょう?」
「私の予想よりも、望月の手応えがない。あの爆風だって考えれば分かったはずだ。彼がその程度とは到底思えなくてね」
「過大評価ということもあると思いますが」
「そうだね。杞憂だと良いんだけど」
ーーー
地下鉄路線を利用して、一定の距離を保ちつつ逃げている。他の『語り部』との合流も視野に入れてルートを考える。
「そろそろ逃げ回るのも終わりにしましょうか」
どうやら、先回りされてしまったらしい。ルートがバレたわけではない。ここまで逃げてきた中で、恐らくコイツはずっと行き先の候補となる地点で待っていた。今までは、その当てずっぽうが外れていた。しかし、これだけ試行回数を稼がれれば当たるのも当然だ。
"勾玉"の周りの玉がこちらに様々な角度と、変則的なリズムで近づいてくる。バリアを広げれば防げるように思えるが、そんな攻撃をここでするとは思えない。
恐らく、玉のほとんどはブラフ。本命の威力の高い玉を、広がって脆くなったバリアに打ち込むのが狙いだろう。だったら、手動でも広くバリアを張ればいい。二重なら、多少威力が高くたって問題ない。
「守れ」
全体を覆うようにバリアを展開する。攻撃を目論み通り防いでいるが……いくつかの玉はバリアをすり抜けている。
つまり、これらの玉には直接的な攻撃力はない。だがしかし、これが相手の狙いであることに間違いはない。
鷹見先生との戦いのせいで、少し思考が偏ったかな。"地獄"との戦いは守れば勝てた戦いだったし、少し特殊だったからな。
その玉をできるだけ黄昏で受けるが、いくつかは俺と凛ちゃんにも当たってしまった。
その玉に当たった場所に、大きな球状の物体がくっついている。大きさも感触も風船のようだ。重さがあるわけじゃないが、とにかく邪魔だ。
凛ちゃんは脚にそれを食らってしまった。これじゃ、逃げてばかりいられないようだ。
「もういいよ、ミーアちゃん」
その声を聞いて、凛ちゃんにdisfarceしていたミーアちゃんが、いつもの姿に戻る。
「偽物だったとは驚きですな。これはやられました」
これでやっと戦いの始まりだな。