那須 こより⑥
望月くんに告白できずじまいで迎えた夏期講習。でも、講習を終えたら必ず今度こそ気持ちを伝える。
わたしの先生は、星野深雪さん。音韻論が専門らしい。歌声によって『言霊』を使うわけではないらしい。ショートカットの無造作な髪型や飾らない格好、そして纏うミステリアスな雰囲気がどことなく歌手っぽいのに。
「じゃあ、歌声ってどうしたら相手の心に届くでしょうか」
「ジョーズな歌声なら届くと思いまス」
「気持ちを込めることが大切だと思います」
先生のもとへ来て驚いたのは、マンツーマンと聞いていたのに、ソフィアさんもいることだ。
鷹見先生曰く、『言霊』って感じじゃないし大丈夫っしょ、多分ね~、とのこと。
多分じゃ困るんですけど……。
「はい、ソフィア正解。で、那須の気持ちを込めるってのは具体的に何」
「力強く歌うとか、ビブラートを使うとか……そうやって気持ちを表現することです」
「はいはい。じゃ、表現力かな」
「そうです」
「うんうん。いいんじゃないの。2人ともタイプは違うけど、自分の強みを分かってる」
すこし、ほっとした。この先生、なに考えてるのか分からなくてちょっと怖いんだよなあ。
「それじゃあ始めようか。言っとくけど、『言霊』ってか普通に歌のレッスンだから」
そうして、なぜか私たちは『言霊』そっちのけで、何の変哲もない声楽を学んでいるのであった。
「ソフィアはどう思う? 『言霊』関係ないよね……」
「そうでスね。でも、役立つことでス!!」
「まあ、それはそうだけど……。腑に落ちない感はあるよ……」
「フニオチ……?」
「う~ん。モヤモヤ……uneasy?」
「Got it. No worries. ダイジョーブ」
「ありがとね。Thanks」
正直、望月くんのこととか、気がかりなことはあるけど、ソフィアの明るさにだいぶ助けられている。
「ソフィアはここに来る前から、『言霊』でラップを歌っていたんだよね?」
ソフィアは、歌の中でもラップを好む。普段の天真爛漫な様子が嘘のように格好良くて、とても驚いた。
「そうでス」
「でも、どこで勉強したの? 外国に『言霊』を学ぶ場所があるなんて聞いたことないけど」
「ショーに教えてもらいましタ」
「しょう……?」
「アメリカにいた『カタリベ』でス。今はニホンにいまス」
「へえ。どんなことを教えてもらったの?」
「『コトダマ』はカンカク、ナントナク!!デキルと思えばデキル!!デキナイと思ったらデキナイ!!でス」
「……そう……」
大丈夫か? しょうとか言う人……。
そんなテキトーで『言霊』を扱えるとは思えないんだけど……。
でも、事実ソフィアは使えてるし……。
そのしょうって人も使えてたはずだし……。
まあ、あの五十嵐くんでも『言霊』ちゃんと(?)使えてるし、案外間違いじゃないのかも。
「ダカラ、デキルと思うために、ワタシはずっと練習してきましタ」
「なるほど……」
『言霊』において、思い込みの力は馬鹿にできない。鷹見先生も言っていた。
『言霊』とは、極端に言えば単なる『語り部』の嘘から出た実である。『言霊』のことをみなが信じているから、『言霊』がある。
哲学や、量子力学の文脈でよく聞くような話だ。観測によって、それは存在する。観測していないなら、それがどんな状態なのかは分からない。
考えてみれば、言葉も、同じようなものなのかもしれない。ある言葉の使い方や、読み方が正しいのか間違っているのかを決めるのは、人々の意識だ。
全員が同じ認識をしていれば、それが例え、歴史的に、語源的にみれば誤りだとしても、正しいものと見なされる。慣用読みなんかは良い例だ。
やっぱり『言霊』は面白い。
この学問のようで、どこか神秘的なそれに、わたしは夢中だ。
だから、音楽よりも『言霊』を学びたい気持ちがあるのだけど……。
でも、わたしの『言霊』を活かすなら大事なことであるのも確かだ。歌だけじゃない。『言霊』を使いこなせているんだという自信が、他の使い方であっても役に立つ。
結局、なんだかんだ言いつつ、わたしは講習をこなしていった。
講習を終えて、わたしは少しだけ自信が付いたように思う。ソフィアとも、言葉の壁を時々感じながらも、仲良くなれた。先生のことだって、少しだけ分かったような気がする。
講習後には、大学で打ち上げのようなものがあるらしい。鷹見先生が言っていた。参加は自由らしいが、わたしには行くという選択肢しかない。
だって……講習が終わったということは、わたしにとっては大きな意味を持つのだから。
望月くんと約束してある。今日、大切なことを直接伝えると言った。
ーーー
講習終わったら打ち上げパーティーを自由参加でする……。どう見ても戦いに備えた招集だ。自由参加って言ってるのは、そう言っても全員来るって勘があったんだろう。俺はできれば来たくなかったけど……。だって、こより様から告白されちゃうし。
まあ、もうどうしようもないことは置いといて、普通に打ち上げを楽しむとするか。
打ち上げでは、結構豪華な料理が振る舞われた。中々に美味しいな。こりゃ、母さんにも負けてないかもなあ。
……いや、これ作ったの母さんじゃね?
「鷹見先生、この料理、誰が作ったんですか」
「え、魁ってマザコン?」
「もういいです」
「いやあ、彼女、強力な『言霊』だけど、使い所が難しくてさあ。戦いに向いてるかって言うと微妙じゃん? だからここで待機」
「父さんの応援させときゃいいですよ」
「うんうん。それだけで十分強いんだけどさ、『もののけ』のことに詳しいからね。解説役だよ」
「偉い人たちがそれを認めたんですか? 前の試験でそこまで?」
「いや、半ば脅しだね、あれは。望月強いし。支配も強いし。今のとこ、召喚の心象最悪だから気を付けてね」
「いや……鷹見先生もその片棒担いでるでしょ」
「絶対やらかすなよ? 絶対だぞ? 次なんかやったら終わりだね、あれは」
こより様を振るのってやらかしに入りますか?
いやいや、流石にないか……。ハハハ。気が重すぎておかしくなってきた。
そろそろ約束の時間だな……。
前と同じ教室に向かう。
前も見たこより様の姿。
「また来てくれて、ありがとね……」
「それで、大事な話って言うのはね……」
「……わたし、」
そのとき、校内のサイレンが響く。
告白キャンセル!!
じゃなくて、遂に始まったか。
さて、戦いに臨むとしますかね。
講習編終了です。
次回から戦います。
戦いのときはまじめで下ネタ減っちゃうので、ちょっとつまらないかもしれません。