比良坂 凛②
凛ちゃんに付きまとい生活を始めて一週間が経った。質問に答える関係が確立してきているように思う。
シャンプーも特定しました。
今日も今日とて、凛ちゃんからの質問になんでも答えちゃうよのコーナーです。
「どうして『語り部』になろうと思ったの?」
個人的な質問が来ましたね。これは随分いい調子だな。単に価値のある情報を引き出したいだけじゃなく、俺のことを知りたがっている。
「うーん。俺は『語り部』になろうと思ったというより、生まれた家が『語り部』だったから、気付いたらなってたな」
「家が? 家が『語り部』の人は別のクラスだと聞いていたけど、違うの?」
「家が『語り部』って言っても、そんな由緒正しい家じゃないよ。一応『言霊』使えるってだけで」
「クラス分けの意図は、生まれたころから『言霊』に触れていた人を別枠にすることでしょ? 言ってみれば『言霊』のネイティブはそうでない人とは一線を画すから。由緒正しいかは関係ないはずなのにね」
「まあ、世の中そういうもんだからな」
ここで世の中を憂うようなポーズ!!
凛ちゃん相手には斜に構えるべし。
「でも、そのお陰でこうやって話す機会ができて私は良かったかな」
「そうか」
そうか……これは……いけるか?
いや、急きすぎか?
でも、最近目が合うんだよね。もしかして、俺のこと好きなのかな!?
うーん、明確なサインが出るまで待とう。一手間違えれば台無しだ。非合理的な行動をするかのテストをするための方策を考えようか。
ーーー
私には、ずっと友達と呼べるような人は居なかったし、居なくていいと思っていた。比良坂凛は、そうやって生きてきた……はずだったのに。
望月魁。きっと、私の初めての友達なんだと思う。話が合う。価値観が合う。余計な気を使わなくていい。実力もあって、関わることで自分を高めて行ける。
もっと仲良くなりたい。そう思ったのは、生まれて初めてだ。
帰り道、いつもの場所で彼と別れる。なんだろう、明日も会うのに……
そんなとき、私に近づいてくる影があった。
「お前、魁にぃのなんなの?」
小柄なショートカットの女の子は、私にそう訊いた。
「魁にぃ?」
「何も知らないのに、魁にぃを傷つけるようなことを言ってないか心配なの」
「どういうこと? そもそもあなたは誰なの? 妹さん?」
「私は、特別クラスの白石世良」
特別クラスは、私たち一般クラスと違い、生まれたときから『言霊』に触れている人が入るクラスだ。
白石……ってことは妹ではないのだろうか。
「本当は、魁にぃも特別クラスに入るべきだた。いや、学校なんて行かなくてもいいんだよ」
彼は先生と互角だったんだ。本来、ここに来なくてもいいはずなんだ。
どうして今まで気付かなかった?一緒に居られるってことしか……
「魁にぃはね、両親を15年前に亡くしてるの」
15年前……『言霊』が知られるきっかけとなったあの事件だ。
「それで、魁にぃは "召喚"の家に引き取られた」
「でも"召喚"は、『語り部』の中でも、つまはじきにされていた」
どうして?
そう訊くことはできなかった。
彼の知らないところでこんなことを聞いてしまっている後ろめたさからだろうか。
「でも、魁にぃは悪くない。私にとっては頼れるにぃさんなの。ずっと私を助けてくれた」
魁にぃ……さながら兄代わりだったってことなんだろか。
「それなのに、魁にぃはなにも気にしてないみたいに、全部受け入れてる」
ふーっと深呼吸すると、彼女の、白石世良の表情が変わる。凍てつくような冷たい視線。
「お前の教育係だってやらなくていいのにやってんだ」
「なのに、家のこととか遠慮もなしに聞きやがって」
胸が、ズキッとした。
両親を亡くして、冷遇されている家に引き取られて……。
「私が言いたいのは、もう少し発言に気を付けろってことだから」
何も言い返せなかった。
「それじゃ」
彼女はそれだけ言って去っていった。
どうすればいいんだろう……
彼には……明日も合うのに...…
ーーー
昨日のは中々好感触だったんじゃないでしょうか。そろそろ凛ちゃんから話しかけてくれていいのよ?
……と思っていたんだけど、なんか様子おかしくない?
全然こっち見てくれないってか避けられてね……?
好きな気持ちに気付いて恥ずかしがってるのかな?
うーむ。とにかく、放課後に確かめるしかないか。
「おい、比良坂、どうした?」
引き留めないと逃げられそうだったよ。危ない危ない。
「どうしたって、何が?」
誤魔化すの下手で可愛いね。まともにコミュニケーションしてこなかったくせに、煙にまけると思ってるんですか?
「様子が変だ。何があった」
「……」
脈ありって感じじゃないんですけど何ですかこれ。
なんか罪悪感的な?
昨日おかずにした子に会うの気まずい的な? 俺は興奮すると思うけどね。
凛ちゃんは、ずっとうつむいて黙ったままだ。
これは少し無理矢理にでも聞き出さないと駄目だな。計画の進行に支障をきたす。
「ちょっと来い」
ひとまず場所を変えよう。言いにくい話っぽいしな。
いつもの帰り道で2人きりになる。
「それで、どうしたのさ。俺はそれを聞くまで帰らないぞ」
「っ……」
その表情……そそるな。嫌なんだけど嬉しくて……曇らせってやつだな。
「……望月くんの過去を知ったわ」
え!?
今、望月くんって言ったよ!
名字だけど、名前呼んでくれました!
それで、俺の過去ってなんだ……?
聞いたら避けたくなるような過去……。
あ~、あれか。間違いない。
小学校時代、俺の当時の調査対象だった子をいじめていた奴を徹底的に潰すために不登校にして最終的に自殺させたやつだな。
殺し自体は地雷ではないと思うけど、心の距離が空いちゃうのは仕方ないかな。自分は本当に仲良くできているんだろうか、少し間違えたら消されるんじゃないか、そういう恐怖があるんだ。
「過去は過去だ。比良坂とは関係ない」
「発言に気を付けろ、白石世良さんに言われたわ」
やっぱり世良か。
何を隠そう、小学校時代の調査対象ってのは、世良のことだ。
もう、困った子だな、ぷんすか。
「気にするな、俺ももうあのときとは違う」
「あのときとは違う……?」
「心を入れ替えたというか……常識を身に付けたというか……冷静になったんだよ」
「それって……どういう……?」
ん~。やっぱり殺しがダメなわけじゃないんだな。愚か者は価値無しと思ってる節があるもんね、凛ちゃん。むしろ、肯定派の方がいいのかも知れない。
自身が殺されるような対象じゃないと分かってくれればいいんだけどな。今、凛ちゃんは新しいことを知っている最中だから、いまいち自信が持ててないんだろうな。『言霊』とか友達のこととかね。上手くできてないかもって疑念が消えない。
「本当は……あのときと変わってないんだ」
「……!」
「でも、比良坂は大丈夫だから」
「それって……どういう……」
「比良坂は特別だから」
「え…………え?」
いまいち府に落ちてない感はあるけど、まあ時間が解決してくれるでしょ。
しかし、これで凛ちゃんルートはしばらくこれ以上進まなくなっちゃったかな。
次の手を考えないとなあ~。




