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一之瀬 葵③

 講習は、人によって色々な場所で行うらしいが、オレはいつも使っている訓練場だ。火を出す『言霊』である都合上、ある程度の制約があるからだろう。


「お前の担当となった、桐山正則だ。概要は聞いているが、まずはお前の力を見せてみろ。模擬戦だ」


 がたいが良い男が、どっしりと構える。その姿は、不撓不屈を思わせる。


「よし、来い」


「燃え盛れっ!!」


 模擬戦は、オレの炎は桐山先生に届くことなく、オレの策が尽きたところで、「もう良い」と言われて終了となった。


「中々に面白い『言霊』だ。自分を起点に炎を出せるのか。戦い方も悪くない。既に経験を積んできたかのようだ」


「しかし……分からないな。お前も見て分かっただろうが、俺にはお前のような破壊力はない。俺が選ばれたことに、お前は何か心当たりはあるか?」


「桐山先生を選んだのは……白石さんなので、わたしは正直……」


 わたしの言葉を聞いた瞬間、桐山先生の顔が歪む。


「白石……白石世良か……。ああ……そういうことか」


 そうやら、心当たりがあるようだ。


「どうやらお前はそいつに随分と期待されているらしいな。お前がどうするかは別として、俺がここにいる理由を話す」


「白石のとこの娘は、幼い頃から望月のせがれにご執心でな。望月と並ぶ強さを手にすることを志し、そのための努力を怠らない。結果、やつは間違いなくあの歳で指折りの『語り部』となった」


「望月は『語り部』の中でも特別だ。一糸乱れぬ連携と数の有利を実現する『言霊』も、その戦いの技術も、1人いるだけで戦場の勢力図を書き換えうる」


「『語り部』は普通、1人では戦わない。数の有利は戦いの基本だからな。だから、『言霊』も万能である必要はない。例えば俺の『言霊』も、攻撃は仲間に任せるように出来ている」


「しかし、白石の求めるのは普通の『語り部』ではない。お前は1人で全てをこなさなければいけない。そのための第一歩が、俺の盾を破ることなのだろう」


 白石さんが、オレに期待しているのは分かっていた。どれだけ叱責しても、正しいことしか言わず、そして見捨てることはなかった。

 でも、それが何故なのか、ずっと分からなかった。オレに大した才能があるとは思えない。むしろ、オレは一度、大失敗をした奴だ。

 でも、話を聞いて理解した。白石さんは、望月くんの友達になりたければ、ここまで来いと言っている。


 望月くんには、なぜか信頼を感じていた。同じ兄としての立場からだろうか。妹に会わせるなんて、自分でも驚きだ。

 望月くんからも、妙な信頼を感じる。特に、妹を紹介してからだろうか。

 でも同時に、なんとなく距離も感じる。邪魔をしないようにしているというか、見守っているような。


 それはきっと、オレを待っているんだ。

 望月くんや白石さんのいる場所にたどり着くのを。


「さて、ここまで聞いてお前はどうする。言っておくが、俺の盾を破ったものは、望月と白石しかいない。しかも、いとも簡単にだ。お前は、この講習で、最低でも俺の盾を突破しなければいけない。簡単ではない」


「やりますっ!!お願いします。簡単でないことは分かっています。でも、簡単な誰でもやれることじゃ、追い付けない」


「そうか……。いいだろう」


 そうして、オレの講習は始まった。


「お前が俺の盾を破るのに足りないものは何だと思う?」


「同時に出せる盾の数には限りがありました。多く出せば出すほど、強度は落ちる。つまり、手数で攻めるための工夫が足りない」


「それも間違いではない。いや、むしろ俺好みの解答だ。白石に戦い方をしっかり教え込まれたようだな。だが、もはや白石はお前にその解答を望んでいないのだろう」


「どういう……意味ですか?」


「スポーツで言えば、お前は今、ルールと定石を覚えた段階だ。その中で、できることは既に多くあるだろう。お前はそこでの工夫が足りないと感じたわけだ。だが、白石の求める人間は世界トップレベルの選手だ」


「俺は強さで言えば中堅くらいの『語り部』だ。世界トップの選手が、中堅の選手に、対策を立てたり戦術を考えたりはしない。白石の求める解答は、俺の盾を正面から破れる方法だ」


「それなら、足りないのは火力ってことですか? でも、火はただの火だし……」


「いいや、なにも火力である必要はない。白石の場合、身体が変わるだろう。単純な身体能力から来る速さで盾を避けられたこともある。対策するのではなく、対策させる側になれと言うことだ」


「でも……そういうものって一朝一夕でできることじゃないんじゃ……」


「俺もそう思う。だからこそ、今までお前が積み上げてきたものの中に答えがある筈だ。白石は、性格はともかく、強さは本物だからな」


 今までやってきたこと。


 『言霊』を知ったオレは、それにのめり込んだ。ヒーローや特別な力に憧れる少年には、当然のことだっただろう。そして、そんな夢見る少年が現実との違いを認識するのに痛い目を見なくてはならなかったのも、また当然のことだったのだろう。


 オレの『言霊』は、簡単に言えば燃やすこと。だが、実際には2つの段階に分けられる。

 まず、何処に炎を出すかを決める段階。これは、導火線や油を置いているようなものだ。凄まじく燃えやすい場所を作り出す。

 そして、火をつける段階。指定した場所を少し燃やせば、すぐに全体に燃え移る。


 そして、場所を決めるのも、燃やせるのも、目の届く50メートルくらいの範囲までだ。


 これ以外の条件はない。


 だから、盾を避けて火を広げることは難しくない。


 でも、あの事件以来、オレはもう1つ『言霊』を使う条件を自らに課している。


 必ず自らを起点とすること。


 自分から、炎が離れていくことが怖くなったんだ。今にも、制御できなくなってしまうのではないかという疑念が消えない。


 白石さんは、それに気づいていたのだろう。

 オレが火を無駄に厳密にコントロールしていることを指摘していたこともあった。

 

 なにより、自分を起点にすることが条件なら、まだ癒す『言霊』がなかったときには自分の身をどう守っていたのかを考えればすぐに分かることだ。


 そんな過去のトラウマなんてさっさと乗り越えろと言ってきている。


 オレには、もう自由に『言霊』を使う権利などないと思っていた。

 だから、炎の『言霊』を使うのをあのとき辞めた。

 その代わり、贖罪として、いや、自分のトラウマから逃げるために、癒しの『言霊』を使うようになった。


 女の子みたいな格好をしたのも、妹の、あかりを喜ばせるためだと言いながら、結局、自分ではない誰かになれる時間が嬉しかっただけだ。女の自分なら、肯定できた。


 葵ちゃんは、何の罪も穢れもなく、他人を癒す存在だ。

 大丈夫だよ、何とかなるから。

 そうやって何度も励まされ、癒されてきた。


 乖離性同一性障害。

 いわゆる二重人格。

 それなのだろう。


 でも、本当は分かっていたんだ。妹も、誰も、オレを責めてないんかいない。だから結局、また火の『言霊』を使い始めた。


 オレを否定しているのは、オレだけだった。ならどうして、否定しているオレの考えを信じる? その否定を肯定するのは誰なのか。


 本当に大切なものを守りたいのなら、逃げてなんていられない。


「先生、わたしと……いや、オレともう一度、模擬戦をしてください」


 必ず白石さんの期待に応える。


 そして、望月くんの信頼に報い、彼との見えない壁を打ち破ってみせる。


ーーー


 葵ちゃんって中々に話せると思うんだよなあ。女装受けって、結構上級者だし。

 でもあんまり距離を縮めすぎるのも違うんだよなあ。だって、あかりちゃんのものだし。


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