表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/70

若宮 さつき⑧

 夏期講習期間中、ウチはモッチーのお父さんにお世話になる。

 別に男子の家に行くのは初めてじゃないのに、とっても緊張する。モッチーは今学校にいて、家にはいないと分かっているのに、心臓がうるさい。


 家の前に着いた。望月の表札。ここで間違いない。呼び鈴を押せばいいのに、立ち尽くしてしまう。早く押せばいいのは分かってる。

 あと、30秒で押そう。気持ちの整理をしてからにしよう。


 呼び鈴を押すかずっと迷っていたとき、扉の開く音がした。

 家の中から綺麗な女の人が出てきた。独特の雰囲気があって、少し怖い。


「若宮さつきちゃん、でしょう? いらっしゃい」


 案内されて、家に上がる。入ってしまえば簡単なものだ。女性の後を付いていく。お母さんなのかな。

 この家にモッチーが住んでたと思うと、むずがゆい気持ちになる。


「さつきちゃん、魁のこと好き?」


「え? えっと……」


「分かった。やっぱり好きなんだ」


「…………はい…」


 やっぱり、この人ちょっと怖い……。


「大丈夫。魁に言ったりしないから。それじゃあ、ここで座って待っててね。今、夫を呼んでくるから」


 借りてきた猫のウチ。

 部屋の中を眺めてみる。

 待っているこの時間が、とっても長く感じる。


「はーい、お待たせちゃーん。望月賢でございますよっと。えー、若宮さつきちゃんね」


 『語り部』の警察だったと言うから、もっと厳格そうな人かと思った……。ただの髭を生やした部屋着のおっさんだ。でも、強いのは間違いないはずだ。


「えっと、さつきちゃんの『言霊』とかは鷹見先生から聞いてるけど、実際に見せてくれる?」


「もしもし君!」


 ウチが出せるものを一通り出して見せる。マイクとイヤホン、モニターとカメラがある。


「なるほど。全部小型で使い勝手も良いね。気軽に設置できるのも便利だ。磁石みたいにくっつくんだね」


 それぞれの機能を使いながら確かめていく。


「さつきちゃんからどれぐらい離れて使える?」


「300メートルくらいです」


「同時に何個出せる?」


「10個くらいです」


「オーケー。俺が選ばれた意味が分かった」


 少し考えるような仕草をしてから、話を切り出した。


「取り敢えず、目標は1000キロと60個。期限は講習終わるまで。方法は召喚の応用で行けると思う」


 目標を決めるまでが速くてちょっとびっくり。そして、なによりその目標の高さにびっくりだ。


「召喚の応用ってのを具体的に言うと、この通信機たちを自立させるってこと。自立させるから、遠くまで届くようになるし、苦労せずとも個数を出せる。って言っても、流石にこれを講習が終わるまでは無理だから、ちょっと工夫する。自立させる時間を制限する」


「本格的にやるなら、自立させるための仕組みとか色々と考えないといけないけど、時間制限があるとかなり楽になる。言ってみれば、これは使い捨てになる。最初の充電が切れたら終わりだ。自動で充電する機能を付けなくていいってこと」


「元々遠隔系の『言霊』だし、そもそも通信機って地球の裏側でも宇宙でも使えるから、イメージはしやすい。個数も今の時点でそれなりに出せてるし、十分に期限までにいける」


 ウチの『言霊』を見て、この短時間にここまで具体的な計画を立ててみせた。やっぱり、優秀な『語り部』だと分かる。


「あと、副産物だが通信機が少し浮くようになる。魁の黄昏(トワイライト)の龍と同じだ。ドローンみたいな感じだな」


「大きさも可変にした方がいいな。モニターは特にあると役立ちそうだ」


 すっかり緊張はなくなり、ウチはただやる気に満ち溢れていた。


 そこから、数日経った。着実に目標に近づいていった。なんとなく望月家にも慣れてきた。

 今日は、奥さんの美名さんの好意で晩御飯をご馳走になっている。普段の態度や、身だしなみから分かってはいたけど、美名さんも相当ぞっこんだ。毎日、こんなに気合いの入った料理を作っているらしい。


「遠慮せずに食べなさい。口に会うか分からないけどね」


 お言葉に甘えて……いただきます。


「おいしい……」


 今日、特別贅沢なものにしたわけじゃないんだよね? めっちゃうまい。


「当たり前だな。美名の料理は最高だからね」


 何を見せられてるんだウチは……。


「魁から聞いてましたけど、本当におしどり夫婦ですね……」


 奥さんが好きすぎて、『語り部』の警察辞めて、殺しもしなくなったとか。


「へえ。魁がねえ。じゃあ、この家のこともある程度知ってる感じ? え、美名、これうまい」


「ええ、まあ。高崎くんのこととか……」


「あー。そういや、魁って彼女とかできた?」


「うえ?」

「そういうことにあまり首を突っ込まないの」


 奥さんがフォローを入れる間もなく、すっとんきょうな声を出してしまった。


「この前、魁が公園で見かけた女の子を、多分知り合いだとか歯切れの悪いこと言うからさ」


「できてないと思いますけど……どんな子ですか?」


「結構背は高かったな。白い肌で長い髪がさらさらの子」


「ん~。少なくともクラスにそんな子はいないですけど……。三上さんかな?」


「三上って、晃ちゃんのこと? だったら違うよ~。晃ちゃんは分かるもん」


 三上さんって親にも認知されてるんだ……。


 それにしても、一体誰なんだろう……。

 美名さんが、こちらを意味ありげに見てくる。

 未知のライバル登場ね、とか思ってそう……。やっぱりちょっとこの人怖いな……。


「誰でもいいじゃない。誰にでも、他人に言えない秘密の1つや2つあるものだから。ましてや、親にはね」


「それならいいんだけどな。親だから言えないってだけならさ」


 奥さんに弱すぎるんじゃないかな。と思ったけど、少し違うみたいだ。


「さつきちゃんも知っての通り、魁は本当の子供じゃないからさ。何考えてるか言うような性格じゃないから、心配なんだよ。だからさ、友達としてこれからも仲良くしてやってくれ」


「もちろんです!魁と一緒にいると楽しいですから」


 ウチの言葉に、嬉しいような悲しいような表情を浮かべて、重々しく言葉を紡ぐ。


「ここだけの話、魁は大学を卒業する前に辞めるつもりらしいんだ」


「え……」


「理由は分からない。でも、多分辞めると言っていた。魁は何にも本気になれないのかもしれない。俺は魁に産みの親のことを訊かれたこともないし、魁が寂しいのかも分からない」


 モッチーが、魁が何にも本気になれないなんてことはあり得ない。『もののけ』を倒したあのとき、私に向けた言葉は心の底からのものだった。

 ずっと、全部が他人事だったウチだから分かる。あのときの戦いで、魁が見せた焦りや緊張は本物だ。


「それでも、魁は大丈夫だと思います。ウチもなに考えてるのか完璧に分かるわけじゃないですけど、魁がちゃんと本気で生きてるのは分かります」


「ふふっ、ありがとうね。さつきちゃん。私たちのできることには限りがあるから。友達として支えてあげてね」


「すまないな、あまり他人に言うような話ではないが……さつきちゃんを選んだのは鷹見先生だからな。つい喋りすぎてしまった」


 ウチは、魁のためなら何だってしたいと強く思った。

 そして、このとき、明確に、まるで錨のように心の中に沈んでいくある感覚を自覚した。

 白石世良への嫉妬心。


 それは、ウチの人生で最も楽しくない瞬間だった。


 また、新しい世界を見つけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ