若宮 さつき⑥
今日はついに週末、つまりさっちゃんとのデートである。お昼ご飯を一緒に食べる約束だ。お昼ご飯の場所だが、昔の同級生の父親がやっているお店だ。お洒落なイタリアンのお店。
「お、いらっしゃい魁君」
優しそうなおじさんが出迎えてくれた。このおじさんが、友達の父親であり、この店のオーナーである。
「今日はデートかな? 奥の個室開いてるよ」
「大学の友達ですよ。晃は今日居るんですか?」
「うん。居るよ。今日の朝、魁くんが来るって伝えたから、そのうち姿を見せるはずだよ」
さっちゃんは、珍しくちょっと緊張してるっぽいな。いやあ、このお店、最初はビビるよね。お洒落すぎて。実際、このお父さんイタリアンの界隈ではそれなりに名が知られているらしい。
なんとなくの挨拶を済ませたので、開いてるらしい個室に行く。その方がゆっくり話せるしね。
「なんか、びっくりなんだけど。個室なんてあるし。結構高いんじゃないの?」
「大丈夫、俺は親友割引とかいうのが適応されてるらしいから」
「友達価格的な? まあ、それならいいんだけど……」
晃は友達多いのに大丈夫なのかな、と思わないこともないけど、多分大丈夫。駄目だったらそのうち値上げを何度かした後、廃止されるんだ。よくあることだ。
それから、頼んだご飯を食べつつ、さっちゃんとおしゃべりしている。
ここでの目標は、さっちゃんが惚れたかの基準を設けることだ。
「さっちゃんに訊きたいんだけど、世良って俺のこと異性として好きだと思う?」
「え、好きでしょ。モッチー……流石にそれはヤバいよ」
「いや、好きなのは分かってるんだ。でも、家族みたいな好きとか、好きって他にもあるだろ?」
「いやいや、あれは恋愛的な好きだって」
まあ、俺も流石にそんなことは分かっている。訊きたいのはそれじゃない。
「もちろん、俺だってそうじゃないかとは思ってる。だから訊いてるんだ。恋愛だと言い切れる具体的な根拠がないんだよ」
「ん~。えっとねえ~。恋愛じゃなかったらヤキモチやかないと思うな」
「そうか? 友達でも嫉妬するんじゃないか?」
「え? ウチはしないけどな」
来た。さっちゃんは嫉妬するかが惚れたかのサインだ。
「やっぱり好きなのかなあ」
「ま、ウチ恋愛経験ないし分かんないけど。でもさ、相当好きなのは間違いないでしょ。告白でもするの? 絶対いけると思うけど」
「いや、そういうわけじゃない。世良は妹みたいなもんだしな」
「罪な男だねえ~、モッチー」
さっちゃんについては、惚れたかの基準も分かったので、あとは待つだけだ。仲良くして、少し距離を置いて、というのを繰り返して様子を見る。ひとまずはこれでいいだろう。
そんなこんなでさっちゃんと話していると、個室に入ってくる女性が1人。
「魁くん、久しぶり」
「おう、久しぶり、晃」
さっちゃんが驚いた顔をしている。それもそうだろう。晃と言うから男かと思っていたら、突如美人が現れたんだから。本当に同級生か疑いたくなる。三つ編みを横に流して肩にかけている。こんなの人妻だろ。
「魁くんのお友達、ですよね。私、中高の同級生の三上晃です。よろしくお願いしますね」
「若宮さつきです。こちらこそよろしくお願いします」
さっちゃんが目線でこっちに自由に話しなよ、って言ってきている。まあ、さっちゃんにとっては知らない人だし、どう見ても年上だしな。
「魁くん、世良ちゃんは元気?」
「ああ、相変わらず元気すぎる」
「世良ちゃんが居るのに、友達とはいえ2人きりなんて、世良ちゃん妬いちゃうよ?」
めちゃくちゃ美人と会話しているのにこんなに俺が冷静なのには、切実な理由がある。
昔の晃は、もっと年相応で垢抜けてなくて、何よりも……胸が小さかったのに!!
中3になる頃には、既に今の爆乳になっていた。同級生の男子たちは盛り上がっていたが、俺は失意の中にあった。
いや、可能性は考えていたんだ。まだ幼いうちに理想の相手を決めるのは不可能なんじゃないかって疑念はずっとあった。でも、目を背け続けてきた。そのケツ、じゃなくてツケがこれだ。背も胸も尻もでかすぎる。いや、背と尻はいい。胸は……。クソ、俺が異常者なのは分かっているんだが……世の中の不条理を嘆く他ないな。
そういえば、世良が晃と喧嘩しなくなって仲良くなり始めたのって、胸が大きくなり出したときだった気が……。あのときにバレたな。間違いない。
そこから、世良の助けもあり、晃は物凄い勢いで垢抜けていき、高校に入るときには、人妻になっていた。案の定、あり得ないほどモテていた。教師も晃狙ってたしな。思い出しただけでキモい。消して正解だった。
世良ともめちゃくちゃ仲良くなり、同じ高校を選ぶほどだ。世良は本当に魅力の引き出し方が上手い。自分の長所をよく分かっているから、誘惑の威力が半端じゃない。
「じゃあ、あんまり邪魔しちゃ悪いし、私はこれで」
「おう。わざわざ顔見せに来てくれてありがとな」
「いいよ。家でゆっくりしてただけだから」
そう言って、戻っていく晃。
「あのさ、モッチー……。流石に気付いてるよね?」
「あの人、モッチーのこと異性として好きだよ? 友達ですよねって念押しされたし。あんなに気合い入れてオシャレしてるのにゆっくりしてただけなわけないし」
違うと思うけど……。世良が大好きなだけでしょ。世良を応援してるから、世良の代わりに牽制を入れたんだよ。それに、晃はオシャレさんだからね。家でゆっくりしててもオシャレは好きだからしてるんじゃないかな。オシャレしてない晃なんて何年も見てないし。多分、変われたのが嬉しかったんだよ。さっちゃんはそういう過去知らないから分からないと思うけど。
そもそも、晃って皆に優しいタイプだし。勘違いする奴が続出したからなあ。
まあ、嫌われてないのは分かるけどさ。先に進む気は一切起きない。
だって、胸でかいじゃん。しかも、爆乳。何カップって言ってたかな。興味なさすぎて忘れた。魁くんだけだからね、とか言ってなんか教えてくれたんだよね。ごめんね。俺の性癖をねじ曲げブッ壊すくらいの火力がないと無理だ。
「……いずれにせよ、恋愛には興味ないからな」
「嘘でしょ……。それでも男なの、モッチー」
「いや、もちろん性欲はあるぞ?」
「そういう意味じゃないし……付き合う気もないわけ?」
「好きでもないのに付き合わないだろ」
「いやあ~。でも嫌いでもないでしょ? それに相手はそれでも構わないって感じだよ?」
「うう~ん。でも重そうだからなあ、晃」
本当は重いの好きだけどね。
今まで、さっちゃんは二番目の女アピールをしてきたけど、その必要もなくなってきたな。付き合うことはないと強く意思表示できた。素行に問題ありまくりの世良はともかく、完璧美人の晃とも付き合わないとなれば、説得力はかなりのものだ。
「重いのが嫌かあ。もったいない気もするけどなあ。付き合ったら好きになれるかもだしさ」
「たらればを言ったら誰だってそうだろ。さっちゃんと付き合ったとしてもあり得ることだ」
「え、ウチも? まあ、そうかあ」
「やっぱり、さっちゃんくらいの何でも話せる友達くらいの距離が一番だって」
「そうかもねえ」
さっちゃんルートはかなり進んだな。この調子で頑張っていきましょう。