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那須 こより③

 なんだかんだで、テストに向けた勉強会をこより様とすることになった。ここまでは良かったんだけど、気付いたらメンバーが増えていた。まあいっか。

 俺とこより様、そしてさっちゃんはいいんだけど、クラスメイトとはいえ坂本君まで来るのはちょっと予想外だ。前の試験で思ったよりもこより様と仲良くなっていたみたいだな。

 俺は坂本君とはそこまで仲良いわけじゃないんだけど、これを機に距離を縮めておくか。ほら、妹とか居るかもしれないしさ。ってのは本音で、建前としては、クラスメイトとは仲良くした方がいいよねっていう。あれ? 逆じゃね?


「モッチー、音素と異音の説明おねがい」


「形態素と異形態の話は覚えてるか?」


「同じ意味だけど、形が違うってやつだよね」


「それの音版だよ。例えば、日本語ではlとrで意味の区別はない。どっちも同じラ行音だ。でも、発音はすこし違う」


 黄昏(トワイライト)の鳥とか犬の説明を凛ちゃんにするとき、異形態を例に出したけど、別に異音でも良かった。ただ、いい例が思い浮かばなかっただけ。


「鷹見先生がすぐ脱線するから混乱しちゃうよね」


「モジュールがどうとか言い出してさあ~。関係ないけどね、って。笑っちゃうよねえ。関係ないんかいって」


「だが、鷹見先生の話は中々に興味深い。万人受けしないのは理解するが、オレは楽しみにしている」


「サカミチ、真面目だねえ。で、モジュールってなんなの?」


 坂本道人なので、坂道。このあだ名は結構秀逸なんじゃないだろうか。てか、絶対今までも呼ばれてきたよな。坂道君。


「言語のモジュール性ってやつだな。言語が他の領域とは独立して処理されることを示している。一般的な理論では、言語処理は目からの視覚情報の処理と同じようなものとされている」


 鷹見先生って、多分この辺の領域が専門だもんな。思わず口が滑っちゃったんだろうな。楽しそうだったし。


「んんんんんんー。分からん!こよりん分かる?」


「あんまりピンと来てないかな……」


「すまん。説明は苦手なんだ」


 絶望的な説明力だ。素でやってんの?


「例とかないの? ほら、モッチーもなんか良い説明考えて!」


 まあ……こうなるよねえ。


「大雑把に言えば、言語は無意識のうちにできちゃってるし、やめることもできないって話だ」


「視覚情報と同じって言ってたけど、見ることって意識してやってるわけじゃないだろ? でも目を開けばできるし、逆に目を開いている限りやめられない」


「あー、なるほど。名前呼ばれたら振り向いちゃう的な?」


「んー、まあ強ち間違いじゃないか」


「ふふっ、さっきから望月くんも坂本くんも難しい顔してるよ。困らせちゃダメだよ、さつきちゃん」


 あ、良い例思い付いた。名前呼ばれたら振り向いちゃうで思い出した。


「そういえば、高崎クンのバクオンダは少しこれを利用しているところがあるな」


「え? どゆこと?」


「最初、俺と揉めたとき、俺は轟音で攻撃されてたんだよ」


「轟音……? 音なんて出てた……?」


「普通は聞こえない特殊な音だろうな。『言霊』由来のやつだ。多分、感情を乗せられる。俺はそれを意識させられてたんだよ」


「モッチーだけ、名前呼ばれてたってこと?」


「なるほど。カクテルパーティー効果のようなものか」


「なにそれ。酔ってるの?」


「ふふっ、さつきちゃん、違うよ。カクテルパーティー効果は、パーティーみたいな騒がしいところでも、興味ある話題とか自分の名前はしっかり聞き取れるってやつだよ」


「こよりん、知ってんの? すご」


 そういえば、カクテルパーティ効果はあの小説に出てきたな……。好きな人の声はちゃんと聴いてるとかって言ってな。

 あ、こより様がこっちをちらっと見た。小説で知ったなんて言えない……。みたいな? なんか興奮するな。俺だけが知っている……。


「それにしても、勉強会って結構楽しいね。大学生にもなって勉強会なんてもうしないと思ってた」


 話題を変えて逃げたな、こより様。


「いやいや、するでしょ。高校で終わる理由なんてないって。楽しいし」


 高校で終わる……ね。こより様にとって、勉強会はいつぶりなんだろうか。


「いや、那須の言うことも分かる。この大学はあまり大学らしくないというのは事実だ」


「ま、普通じゃないのはそうだけど」


「大学って言ってるけど、厳密に言えばここ大学じゃないしな」


「え? そうなの? ウチ、高卒じゃん」


「あははっ、そこじゃないでしょ」


「大学ってことになってるのは、『言霊』を学んでる元々『語り部』じゃない人たち、つまり俺らがちょうど今大学生ぐらいだからだな」


「わたしたちって、『言霊』が知られるようになってからすぐ習いはじめた第一世代だもんね」


 15年前の事件で『言霊』が広まってすぐ、『言霊』を学べる場所が少しづつできていった。でも、子供の頃から勉強しないとあまり習得できないってことで最初は小さい子向けだけだった。そのときの小さい子が大きくなるに従って、より上の年齢にも対応してきた。その年齢の広がりが、ついに大学生まで来たってことだ。

 ま、実際のところは少し他の事情もありそうだけどな。入学の基準は鷹見先生の()が大きいだろうし。普通の基準じゃ、『言霊』初心者の凛ちゃんも、でかい事故を起こした葵ちゃんも落ちるのが自然だ。俺も『言霊』習ってた記録はゼロだしな。


「今更なんだけさ、もしかしてウチ、『語り部』として生きてくの確定?」


「いや、そんなことはない。厳密には大学じゃないってだけだし。国も関わってる話だから、普通の大卒以上のステータスじゃないかな」


「え? もしかしてウチ、高学歴? 海外大学より上?」


「ふっ、なにその比較」


 もしかしてこより様、ふざけるの好き?

 さっちゃんが変なこと言う度に笑ってるんだけど。今まで、小説とか哲学とか真面目な話ばっかりだったから気付かなかった……。ナイス、さっちゃん。


「海外に『言霊』を学ぶ場所はないだろう。単純な比較はできないと思うが」


「そうなんだ。でも、どうしてないのかな?」


「『言霊』は日本語じゃないと上手く使えないから。理由は諸説あるけど、日本であの事件が起きたから、『言霊』といえば日本語のイメージがついたのが1つの理由だと言われてはいる」


「だが、それではそもそもその事件が起きた説明になってないのでは?」


「言霊信仰が昔からあるのが理由とされてるけど、実際のところは分かんないね」


「結局それね~。日本語の起源、って話したときもタカミンそれだったよね」


「どの学問でもよくあることだよ。諸説あり、ってね」


 哲学とか言い放題だもんね。言い放題ってのは違うか……。

 取り敢えず、こより様に冗談が結構効果あるのが分かったので、おふざけ方針で行きます。

 あ、そうだ。忘れないうちに……。


「そういえば、坂道は兄弟いるか?」


「兄が1人いるが、どうかしたのか?」


「いや、世間話だ。気にするな」


 ガッカリだ。はあ。


「どしたのモッチー、ガッカリしてない?」


 やば。さっちゃんの洞察力こわ。


「あ、ウチは妹1人いるよ」


 なんだと……!?


「私は、お姉ちゃんが1人。だから、元気だしなって望月くん」


 元気になりました。


「別にガッカリもしてないし元気にもならないと思うが……」


 君はそうでしょうね、坂道君。

 俺は元気ビンビンだぜ!!

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