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試験の裏側

 時は戻って、テスト一日目、実戦訓練が行われた日。

 その日、望月魁の父、賢は妻の美名と一緒に自然豊かな山にキャンプに来ていた。もう日も暮れ、すっかり暗くなり皆が寝静まった頃、闇夜を駆ける影が4つ。


「目標は望月美名、つまりは"支配"の『もののけ』だ。できるだけ戦闘は避け暗殺を狙う」


 リーダーを勤める高崎信也はそう言って作戦を確認した。


「もし召喚と対峙した場合はどうする」


 今回の作戦のメンバーの1人、桐山正則が疑問をぶつける。


「その場合は、1人抜けて『もののけ』を押さえにいく」


「了解」


 そう言って夜道を進む一行だったが、突如としてその足を止める。


「見張っていた甲斐があったな」


 一行の通り道に佇む男がそう言う。


「望月……。やはり気付いていたか」


「家庭を守るのは夫の役目だろ?」


「南、お前は『もののけ』の元へ向かえ」


「分かりました」


 背の高い女性がそう答える。長い髪を靡かせながら、素早く離脱する。


「随分臆病じゃないか」


「ここは3人で確実に相手をする、いいな」


「「了解」」


「来な」


「ああ。但し、静粛にな……。」


 戦闘開始の合図とともに、高崎信也は指を鳴らした。


「盾よ、守れ!」


 桐山正則がそう言うと、3人の周りに盾が展開される。


「手刀」


 その言葉で、男の腕が刀に変化する。倉田治の『言霊』は、自身の身体を武器に変化させるものである。


 3人が望月を取り囲み、倉田がすぐに仕掛ける。


 しかし、それは颯爽と現れた女性によって防がれた。その女性は、まるで彫刻のように美しく、儚い空気を纏っている。


「でたな、三日月。やはり召喚に言葉は要らないか」


「あの女の持つ刀に気を付けろ。あの刀の斬擊は伸びる」


「水上会長に諦めてって伝えてくれると助かるんだがな」


 望月賢は、何もなかったかのようにそう言う。


「……!? なぜ話せる? それまでに『言霊』の練度が違うと言うのか……?」


「会話に付いてこられていないだけだ。練度ってより経験さ。つまり……」


 そう言いかけたとき、三日月が刀を振り下ろす。

 斬擊が高崎信也へと迫るが、それを跳んで避ける。


「狡さが足りてないってな」


「クソッ、話せる仕組みを解明しない限りじり貧か」


「気を付けろ。三日月ってのは太陽が沈む頃にしか見えない。夜になったらもう見えないんだ」


 このとき、高崎信也はこの戦いを情報戦と考えていた。望月が話せる仕組みを、3人が倒される前に解明する。それが勝利条件だと思っていた。

 彼の『言霊』は、話せない相手に追い討ちをかけて確実に仕留めることができる。しかし逆に言えば、話せる相手には効かない。『言霊』として、使う条件があるのだ。そのため、相手を話せない状態に置くことが最も大事であった。


 この時点で、望月賢が話せている理由には心当たりがあった。『言霊』というのは能力である前に言葉だと彼は言った。言葉とは、相手に届かなければコミュニケーションにならない。つまり、彼は静粛に、という言葉を聴いていなかったのではないか。その仕組みは分からないが、やりようはある。

 その対策は2つ。

 単純に相手に対策する隙を与えないよう、不意打ちで放つ。そうすれば、声を聴かないようにする余裕などないはずだ。

 そして、状況から得られる優位を活かす。『言霊』はそれを使う状況によってある程度強さが変わる。例えば、同じ人が同じ言葉を言うとしても、寝転がって部屋着で言うよりも、背筋を伸ばしてスーツを羽織って言った方が説得力があるのと同じである。

 つまり、会話の中で、相手を黙らせるように誘導していけばいい。


「おしゃべりだな、望月」


 飛んでくる斬擊を避けながら、高崎は望月へ言った。斬擊は、望月から離れても大して威力が落ちない。それは、三日月も居るからだろう。これだけ強力な『言霊』を相手に立ち回れているのは、相手に殺す気がないからだ。

 桐山の展開した盾はあるが、案の定三日月の斬擊を防ぐことはかなわないようだ。まるで何もないかのように貫いていく。

 隙を作るだけでいい。いつ仕掛けるかは、高崎以外の2人に委ねられている。高崎は、会話によってそのチャンスを作る。


「どうした? 話す余裕もないか?」


 既に、3人の陣形は崩れつつあった。飛ぶ斬擊に翻弄されて、まともに戦わせてもらえない。それでも、黙らせることさえできればまだ望みはある。


「今頃、水上が『もののけ』を相手にしているだろう。お前はアイツの『言霊』を知らないだろうが、情報戦でアイツが負けることはない」


「残念だが、情報戦に持ち込めば勝ちなんだ。そう時間が過ぎない内に、お前の匿う『もののけ』は敗れる」


 その言葉に、望月が僅かに顔を強張らせる。言葉で動揺を誘った今がチャンスだ。

 その機を逃すまいと、2人も反応して攻勢に出る。


「盾よ、その総てを以て我らを守り給え」


「補助輪」


 車輪の生えた脚で、一気に距離を詰める。強固な盾もある。これで望月の裏を取り、高崎から注意を反らす。三日月もいるが、本体を押さえてしまえば何とでもなるはずだ。


「『もののけ』じゃねえ。俺の妻を悪く言うのは辞めてもらおうか」


 そう言って望月は刀を横一直線に振る。

 その斬擊は、森の中の大木も、強固なはずの盾も、上下に切り分けた。


「言い争いにおいて重要なことを教えてやるよ。いちいち喋らなきゃいけない方が劣勢だってな」


「お前が『言霊』を使うまでに、俺は既に三日月を呼んでいた」


 そう言ったとき、望月のポケットに入っていた携帯が鳴る。3人のことなど意に介さずに電話に出る。

 3人とも、その光景をただ見ることしかできない。こちらの攻めを完璧にいなされては打てる手がない。


「もしもし? 大丈夫だった?」

「へぇ、こっちは頭文字、というか頭音(かしらおと)?作戦で勝ったよ」

「書いた文字を使うんだ」


 書いた文字を使う……。それは、間違いなく『もののけ』の確保に向かわせた水上の『言霊』である。つまり、この電話は高崎達の敗北を意味していた。

 そして、彼は頭音(かしらおと)作戦と言った。彼が戦いの最中に放った言葉には全て意味があった。


「見張っていた甲斐があったな」

「家庭を守るのは夫の役目だろ?」

「随分臆病じゃないか」

「来な」


 "みかずき"ー三日月

 彼は戦いが始まる前には三日月を呼んでいた。戦いを始めたのも彼。夜になったらもう三日月は見えない。なにもかも、彼の手のひらの上だった。

 それに全く気付かなかった時点で、勝てる勝負じゃなかった。

 自分が利用しようとしていた状況による『言霊』の増強。それを完璧に使いこなされていた。自分達が戦いを始めたときには、彼は既に勝ちを収めていた。


 三日月に追い詰められ、大木に叩きつけられる。薄れゆく意識の中で、彼は格の違いを思い知った。


ーーー


 戦いを終えた望月賢は、ことのは大学へと足を運んでいた。

 鷹見悠の案内を受けて、会長室へと入っていく。


「水上会長、貴方といえど手を出す相手は選んだ方がいい」


「望月……。そうはいかんと分かっているはずだ」


「手を貸そう。近々大きな戦いがあるんだろ?」


「ほう……」


「その代わり、妻は見逃してもらう。これは譲らない」


「……。いいだろう。有事のときには、必ず協力してもらう」


 その言葉を最後まで聴かず、望月は会長室から出る。


「どうでした? 大丈夫でした?」


「今回は助かりました。有り難うございます、鷹見先生」


「いえいえ。でも、有事のときって奥さん倒すのも含まれてません? いいんですか?」


「それについては問題ありませんよ。水上さんだって引き際は弁えている」


「それより、保護者として魁のことを宜しく頼みます。二日目には一波乱あるんでしょう?」


「はは、まあ()ですがね」


 こうして、来たる決戦に向けて準備が着々と進んでいく。


ーーー


「『もののけ』を支配し、必ず実現してやる」


 1人の男が、決意を新たにしていた。叶うはずがない、そんな淡い夢を胸に。

第1章は終了です。

言わば、試験編ってとこです。


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