若宮 さつき③
「全力で相手をしてやろう」
黒い『もののけ』がそう言うと、その身体の周りから黒い炎が広がる。葵ちゃんと違って、明らかに『言霊』の火だ。
こちらは黄昏で守りを固めているので、様子を見ている余裕がある。
とか思っていたら、突然自動バリア発動。床から棘みたいなの出てるな。凛ちゃん狙いだ。幸い、『もののけ』自身から離れていたのもあり、威力は大したことないっぽいが。
「やはり御三家はモノが違うな」
「生憎、もう御三家じゃないけどな」
炎も棘も、バリアを突破できていない。だが、このまま時間を稼げるとも思えないな。何か手を打ってくるはず。それに対応できるかで勝負が決まる。
「召喚、なぜその金髪の女を守る。そいつには戦略的価値はない」
互いに静観の構え。こっちが何もする気がないって分かってるわけだ。揺さぶりをかけてくる。
「そりゃ、可愛いからでしょ。下心だよ」
何の価値もない会話の応酬。ふふっ……俺の表情からは何も読み取れないぞ。明らかな冗談なのに、本気のようにしか見えず困惑しているだろう。
若干、後ろ2人も動揺しているような気配が……。気のせいだよね?
「なるほどなあ。納得したよ、召喚」
顎に手をやって怪しげな笑みを浮かべる。
「軽薄、それは罪だな」
『もののけ』の手から、黒いオーラのようなものが溢れる。それらが指の先で一点に集まり……目にも止まらぬ速さで攻撃として発射される。
どんなに速い攻撃でも自動でバリアが展開されるので問題はない……はずだったのだが、なぜかすり抜け俺の元へ迫る。
俺の左手に着弾すると、手の甲に黒い紋様が浮かび上がった。痛みはない。どうやら特殊なタイプの攻撃らしい。
「お前が罪を犯していないならば気にすることはない。罰は下らないからな」
「へえ、そりゃ安心だな」
直接的な破壊力がないから、バリアが発動しなかった。しかし、それはこの時点では危険がなかったことを意味しているだけだ。罰が下るまでには時間がかかるみたいだ。それまでに勝負を決めないとまずい。だって……さっきの言葉嘘じゃないから!! 軽薄とは少し違う気もするけど、まあ強ち間違いじゃないのかもしれない。
それに、わざわざ嘘なら無害だと言ってきた辺り、まだ何かある。俺の見立てでは、恐らくこの紋様が発動するまでに犯した罪によって、罰が重くなっていくはずだ。
なぜなら、さっきの俺の発言は嘘の可能性が高いと思えるはずだ。だから、多分嘘をつくことも罪として数えられるようになっていて、どちらに転んでも良いようになっていると考えられる。
戦いの最中なので、暴力やら嘘やらが罪となるなら、かなり厳しい。それらは避けて通れない。発動まではそこまで時間がないであろうことを考えると、目標を変更するしかないな。
罰の内容は分からないが、この『もののけ』相手に隙を見せて凛ちゃんやさっちゃんが無事でいられる保証はない。
さっきは撤退させるつもりだったが、ここで確実に殺す。
「大丈夫なの? モッチー」
通信機越しに声が聞こえる。
凛ちゃんとさっちゃんを信じて託してみるしかないか……?
凛ちゃんは深く考えて完璧に近い解答を出すのは得意だが、刻一刻と変わっていく状況に合わせるのはそこまで長けているわけじゃない。
どんな状況でもすぐにそれなりの解答を出せるさっちゃんに取り敢えずの指揮は任せて、その間に逆転の一手を凛ちゃんに考えてもらうとしよう。
「今のところはなんともない。それよりも作戦についでだが、基本はさっちゃんに任せる」
「え? 分かったけど……」
「よし。それじゃさっちゃん、作戦は?」
「うぇ? そうなるの? えっと、とりあえず合流を目標にするってのはどう? ほら、世良っち居れば勝てるっしょ」
「了解、それで行こう」
「ええ!? いいんだ……」
凛ちゃんはずっと黙っている。俺の言いたいことが分かったのか、それとも分からず考えているのか……。
しかし、さっちゃん流石だな。案の内容如何は置いといて、すぐ出るってのは素晴らしい。それに、合流ってアイディアは結構悪くない。
黄昏を動かしながら、相手を移動させていく。世良が居る教室に近づくためだ。しかし、棟が違うので、どうしても連絡通路を経由して行かないといけなかったり、そのせいでルートが制限されたり、一筋縄ではいかなそうだ。
「何を企んでいるのかは知らんが、無駄なことだ」
「無駄かどうかは後で分かるさ」
今はさっちゃんの作戦に従っているが、多分このままだと勝てない。
『もののけ』には、必ず名前がある。名は体を表すと言うように、能力や特性にその言葉の特徴が反映される。
そして、今目の前に居るこの『もののけ』の名は……"地獄"だ。地獄耳で未来の後継者を探り、地獄の業火を操り、相手を針の山に突き刺し、審判を下す。
地獄耳のコイツには、いくら小声で話したって筒抜けのはずだ。つまり、作戦は既にバレていると思っていい。
未来の後継者を探すというように、内容を指定して聞くこともできることを考えると、相当に洗礼されているはずだ。
コイツに勝つためには、凛ちゃんがこれらに気付かないと厳しい気がする。凛ちゃんならやれる! 頼む!
「通信機の『言霊』って、音声や映像をやりとりできるという認識であってる?」
「え? そうだけど」
「ひとつ貸して。助けを呼べるかもしれない」
「うん、分かった」
凛ちゃんは色々とさっちゃんの『言霊』の詳細を訊いていく。何を考えているのかは分からないし、分かろうとする必要はない。俺は目の前に敵に集中する。
そろそろ、連絡通路まで誘導できる。実際、どれくらい猶予があるのかは分からない。だが、どうやらタイムリミットは近いようだ。そうでなければ、相手にここまで余裕があるのはおかしい。
「さて、貴様も察しがついていると思うがそろそろ時間だ」
「随分余裕だが、こっちも考えなしじゃない」
「言っただろう、無駄なことだ。他の者との合流が狙いだろう? 残念ながら、他の奴らにも我のような刺客が送り込まれている。学生なら死んでいるだろうな。生き残っていたとして、助けに来られるような状況ではあり得ない」
「良く喋るな、負け惜しみか?」
「冥土の土産に教えてやろう、というやつさ」
「そうか。なら、俺も冥土の土産に教えてやるとするか」
「悪いがそれはできないようだ」
手の紋様から痛みが走る。思わず手を押さえ、踞ってしまうほどの激痛だ。予想通り、盤面を覆す一手になる攻撃だ。
「未来はここで仕留める」
黄昏の攻撃を掻き分けながら、凛ちゃんに近づいていく。
「近づくな、さもなくば燃え尽きるだけだ」
黒い炎も威力を増していく。バリア無しじゃ重傷は免れないな。
しかし、凛ちゃんに焦った様子はない。
「彼の代わりに、冥土の土産に教えてあげるわ」
凛ちゃん……!
かっこ良すぎるんですけど……。
俺がやりたかったよ、それ。
「この期に及んでそれか。貴様らの作戦は全て把握している。我は耳が良い。貴様が呼ぼうとした助けも来ない。万が一来るとして、通信の音で分かる。貴様は詰んでいたのだ」
「地獄耳だからって、耳に頼りすぎなんじゃなくって?」
「何だと?」
凛ちゃんの元にたどり着いた『もののけ』の背後に、炎に焼かれながらも迫る影がある。
「っ!?」
『もののけ』の身体は、上下真っ二つに切断される。
炎を纏い大きな鎌を振り回す姿は、さながら死神である。
「地獄に落ちろ、クソ野郎」
「ぐっ……馬鹿な……。今自由に動ける者が居るはずは……」
「冥土の土産に教えるつもりだったのだけれど……どうやらそれはできないようね。悪いわね」
「貴様……」
『もののけ』の全身にひびが入っていく。段々とその身体の形を維持できなくなっている。そして最後にはバラバラと崩れていく。『もののけ』の最期とはこういうものだ。
「魁にぃ、見た? 世良、大活躍でしょ?」
そう言って元の姿に戻って俺に抱きついてくる世良。ちょっとヤバい。理性、理性。
「世良のとこに来た奴はさっさと殺してぇ、すぐ魁にぃのとこ行ったんだけど誰もいなくてさぁ~」
ああ……。こいつ、連絡通路とか全部無視して教室移動したのか。
連絡通路の窓から建物を見上げると、丁度人が通れそうなくらいの穴が空いていた。直線で来たらしい。
「でもぉ、モニター見つけてさ。それで状況分かって駆けつけたってわけ!」
モニターは音出てなかったってことだな。世良の優秀さも際立つな。
でも、何よりも……
「てか、世良も活躍したけどさぁ、あのモニターって誰の? めっちゃ役立ったんだけど」
やっぱ世良は優秀すぎるな。俺のためのボールしか投げない。クラスに馴染むのにさっちゃんが鍵だと理解している。葵ちゃんのときといい、やってるなあ。
「え? ウチ? え~と、どうも」
「さつき、本当に助かった。感謝してもしきれない」
そう言って頭を下げる俺。普段ふざけているのに、真剣な態度で戦ったり感謝したりする……ギャップ攻撃!! こういうシンプルなのがなんだかんだ一番いいんだよね。
「い、いや、そんなんじゃないって……」
さっちゃんの告白を阻止する方法だけど、それもシンプルなのが一番だ。
「でも、世良に一番感謝してるぞー」
「ホント!? ヤッター!! 魁にぃ大好き!!」
「よしよし、やっぱり世良が一番頼りになるなあ」
一番の女じゃないぞ作戦。こういうのを今後も重ねていこうか。世良もなんとなく分かってそうなんだよなあ。好意をめんどくさく思ってるんだなって認識だろうけど。