聖騎士との出会い
竜騎士の古城は、その名の通りこの先に続く『竜の山脈』や『竜の霊廟』といった『竜系』の魔物が住む地の前哨戦のようなエリアだ。
竜は魔物の中でも上位種であり、魔王すら超えるボスも複数いる程に強い。
本来ならクリア後に訪れるので強敵を相手にするが、普通のプレイなら負けることはない。『竜騎士の古城』の名に相応しく、戦う相手もリザードマンや竜の鱗の鎧を身に纏った騎士などだ。
ダステラの制作陣としても、高難易度をクリアしたので『この程度の人型の敵くらいは楽勝だろう?』とでも煽っている節があるらしく、ここで死ぬようでは先のエリアでは生き残れない。
しかしそれは、魔王を倒してクリアした際の話だ。適正レベルに達し、武器や魔術が豊富に揃っており、NPCイベントを達成して共に旅する仲間がいて成り立つ話なのだ。
今の俺は、レベルは適正レベルの半分であり、近接武器である死霊王の剣は振るえるが真の力は発揮できず、魔術は中級程度。中級など、いくら死霊王の魔術でもクリア後のエリアでは戦闘において何の役にも立たない。
NPCイベントに関してはなにもこなしていないので、本来なら複数人で挑むところをソロだ。
と、まぁとてもではないが古城をうろつく雑魚敵のリザードマンですらレベル差から苦戦は必須であり、数も多いので囲まれたら抗いようもなく死ぬ。
ダステラは高難易度だが『レベル差による暴力』は一切しないことで好評を得ていたのだが、俺は敢えて、その苦難に挑んだのだ。
自分で選んだ茨の道であり、こちらの方が絶対に楽しいと断言できる。
それに、これだけレベルの離れた敵がいるということは、裏を返すと、
「お、仕掛けた魔術に反応して落下死したな……よし! 大量の経験値ゲットだ!」
敵の持つ経験値が当然ながら多く、特別なレベリングをしなくても大量の経験値を手に入れられる。
前世ではクリア前にここへ来たことはなかったが、出来るだけレベルを抑えて訪れたことはあった。
その際は適正レベル100のところを80程で攻略したが、中々歯応えがあった。
しかし今のレベルは、多少上がったとはいえ55だ。簡単に上がっていくとはいえ、そもそも倒せる敵が少ないので、得られる経験値は限られてくる。
これでどう攻略していくか。古城内を隠れたり奇襲して倒したりしながら進んでいると、妙なもの……というか、おかしなものを見つけた。
「まだ俺が進んでいないのに、敵が倒されている?」
目の前には、倒した覚えのないリザードマンの死体が沢山転がっていた。
それどころか、レベルの高い敵の死体まで見受けられる。
「ふむ……」
少しばかり考えてみる。ダステラはどんなエリアでもあらゆる方面からの攻略が可能な造りがされており、ボスまで色々なルートがある。
竜騎士の古城なら、入口からボス部屋まで敵を倒していくシンプルなルートから、入り口付近の抜け穴を通って城外に出て、城壁をよじ登って敵と戦わないといったルートもある。
今回俺は、高低差があり、更に入り組んでいるルートを選択し、敵を背後から突き落としたり罠に嵌めたりして進んできた。
そうして、いったんシンプルなルートとの合流地点に着いたのだが、本来ならここにいないはずのリザードマンたちが、どうやら斬撃によって倒されている。
ダステラ脳内機関を検索するも、竜騎士の古城に斬撃系統の武器を使うNPCはいない。
というかクリア後に来るエリアなので、NPCイベントをこなしていないのなら、誰もいないはずなのだ。
だが、明らかに誰かが戦った形跡がある。そして倒れている死体の数からするに、この先にいる敵を合流地点である広場まで引き付けてから一掃しているようだ。
「まだ魔王はおろか、グランレイグにだって到着していないはずだから、NPC全体のレベルは低いはず……イレギュラーが起きて誰かがここに来ていても、こうまで敵を倒せない……」
女神と関係ないお助けNPCも、元からこの地にいたNPCも、シナリオの進行度によってレベルが変動する。
シズクのように一気にレベルが上がった人が他にいたとしても、流石に竜騎士の古城で通用するとは思えない。
一応シズクたちを助けるように頼んでおいた商人に『分かたれた伝書鳩のクリスタル』で進行状況を確認するも、まだ最初の封印すら解けていなかった。
なにか、俺の知らないことが起こっている。いや、俺でも予想がつかない事態がすぐ近くで起こっている。
下手をすれば、謎の相手を敵に回すかもしれない。何らかの集団がここに来ていたら、俺が見つかって捕まるかもしれない。
ここに来て想定外のイレギュラーにより、最悪俺は死ぬかもしれなくなった。
前世知識が使えず、見通しの立たない事態になり、『死』が明確に現れだした。
こんなの……
「最高じゃないか……!」
使えすぎるとつまらないと思っていた前世知識が縛られ、初見プレイのように見通しが立たなくなり、高難易度にして無理やり訪れたクリア後のエリアでのイレギュラーから死という最高の緊張感が生まれた。
こうでなくては困る! 俺は興奮する頭を最大限に回し、知らない攻略法や未知の起こりうる事態を何通りも想定する。
なに、竜騎士の古城のマップは頭に入っているのだ。安全地帯も危険地帯も、閉所も高所も何もかも熟知している。
「見てろよイレギュラー、度肝抜かせてやるからな……!」
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ボスエリアに着くまで、できうる限りの準備はした。誰かが先行して敵を倒してくれているので経験値は得られないが、死体から小ぶりな盾とレイピアを回収し、武器に雷属性をエンチャントさせるアイテムも拾っておいた。
これは竜騎士の古城のボス攻略に使う物だが、それ以外にもあらゆる退路に罠を仕掛け、抜け道を用意し、隠し扉の類も開けておいた。
打てる手は打ったのだが、ボスエリア近くまで来て、イレギュラーの主は現れない。
どうなっているのかと常に周囲に気を配りながら進んでいくと、またしても妙な事が起きた。
「ボスエリアから戦う音がする?」
誰かが先行していたので、そりゃボスと戦っていてもおかしくない。
しかしそれでは、俺などまるで眼中にないではないか。
てっきり俺が無理やり結界を破ったから、ダステラの世界が俺自身を排除でもしてくると思っていたのだが……
とにかく、先行していた誰かがボスと戦ってくれているのなら好都合だ。
背後からコッソリその姿を確認できる。ボスエリアは開けた騎士の修練場であり、その入り口から中を覗くと、どこかで見たことあるような、しかし絶対にダステラ内で見たことのない女騎士がボスである『竜騎士団長』と戦っていた。
「テリャ! タァ! クッ! この程度……!」
耳を澄まして声を聞くも、ダステラ内で聞いたことのない声だ。
それに、今の段階ではNPCのレベルが低いはずだというのに、竜の鱗で作られた鎧に身を纏う、一回り大きな身で大剣を振るうボスを相手に、負けず劣らず戦っている。
しかし何より驚いたのが、その身を包む光と、振るう剣に宿る属性だった。
「光属性だと……? まさかあの女のジョブ、聖騎士か!? なら、アイツは……!」
聖騎士は、フレーバーテキストにのみ登場するジョブだ。他のジョブでは扱うことのできない『光属性』を武器や身体に纏って戦う神聖なものとして、誰もが憧れている。
しかし光属性は、それこそ女神が扱うダステラにおける光の象徴とも呼べる属性であり、神の力とも呼ばれる。そのためプレイヤーはおろか、どんなNPCでも使えなかった。
そんな聖騎士の力も、光属性についても、俺ならよく知っている。
なにせ最初期の攻略本から設定資料集まで買い漁って読んでいたのだ。聖騎士の使い手の見た目などは公式がボカシていたが、ネットの考察勢やファンイラストから、ある程度は知っている。
俺の中にある情報をまとめると、あそこにいるのは、唯一この地で光属性を使う聖騎士にして、様々なNPCが語り、武器や魔術のフレーバーテキストに名前だけ登場するキャラクター――アンジュだ。
そう確信するが否や、二人が戦う元へ走り出した。
ダステラにおいて、よく考える前に行動するのは危険だ。だが、もはや前提条件が揃いすぎ、更に何よりも俺を隅っこからボスエリアの真ん中へと走らせた原因は、
「公式人気投票連続一位のアンジュだとぉぉ!?」
叫びながら突っ込み、黒炎を放って竜騎士団長に一撃与えると、アンジュの真横で急停止する。
困惑した様子の顔だが、風になびく金色の髪は光の輪のように輝き、長くも短くもない整えられた髪は自由な美しさを感じさせた。魔物が抱く赤い瞳とは違う情熱を感じさせる深紅の瞳も、聖騎士としての強い決意が感じられ……
「ハッ! 誰だか知らないが、下がれ!」
「断る!」
アンジュが叫ぶが、即座に叫び返した。同時に竜騎士団長が俺へ向けて大剣を振り下ろしてきたが、横目でパリィする。
スタン状態となり攻撃の大チャンスなのだが、俺はアンジュから目が離せない。
スラッと伸びた身体によく似合う一振りの剣と軽装な防具と赤いマントは、あらゆるNPCやイラストレーターをしているファンたちが語り、描いてきた立ち姿そのものであり……
「次が来るぞ! 本当に誰だか知らないが、構え……」
「断る!」
別のモーションで斬りかかってきたが、それもパリィする。
またしてもスタン状態なわけだが、俺の目は未だアンジュに囚われていた。
そう、これぞまさに、本編にもクリア後にも一切登場しないというのに公式人気投票ではジルドレなんかとは圧倒的な差をつけて一位を取り続ける聖騎士アンジュの姿であり、俺がずっと会いたかったキャラであり、そして……
「ゴアァァァァァ!!」
「テメェは黙ってろ! ってか黙らせてやる!!」
いい加減に竜騎士団長が怒って雄たけびを上げたのだが、こちとら最高に愛したゲームでずっと逢いたかったアンジュと出会えたのだ。
こんなボス、とっとと倒してやる!
片方の手に持ったレイピアに雷属性を付与させる。続いてまたしても大剣を振ってきたのでパリィし、スタン状態のところへ、鎧の合間へ雷属性を得たレイピアを突き刺した。
「ガアァァァァ!!!」
時に嵐の空を舞う竜には雷属性は効かないが、逆に地を這う竜騎士やリザードマンには無縁の属性であり、耐性が無いに等しい。
更にレイピアは剣の一種だが、鎧を着た相手に効きづらい『斬撃属性』ではなく、鎧の隙間を突くことが出来れば打撃属性より威力が大幅に増す『刺突属性』を持ち合わせている。
最後に、レイピアは非常に軽く取り回しが楽なので、一度のスタン状態のうちに何度も攻撃することが出来る。
弱点さえ知っていれば、一度のスタン状態中に全ての隙間へ雷属性のレイピアを突き刺しまくれるのだ。
「そらそらそらそらそらそらそらそら!!!」
ヌルゲーになるかと思い控えようとしていたが、アンジュがいるというのなら話は別だ。
一度のスタン状態中に弱点を刺しまくり、ダメージが蓄積しスタンが重なり、その間に更に刺しまくる。
「とっととくたばれ!!」
結果、竜騎士団長は俺を相手に何もすることが出来ずにHPが尽き、倒れた。
それはもう膨大な経験値が手に入り、これから挑む新たなエリアへ向けてのステータスポイントの振り分けなどが出来るのだが、俺は顔をひきつらせたアンジュを前に、そんな事は忘れて大声で問いかけた。
「聖騎士って具体的にどんな恩恵があるのか教えてくれ!!」
「……えっと」
「ああそれと、その剣の名前と、鎧の名前と、ステータスの割り振りと……」
俺が知りたかったもの。それは、いくらやり込んでも知りようのなかったアンジュの持つ聖騎士というジョブについてと、彼女自身は具体的にどういった部分がどれだけ強いのかなど、今まで知らなかったダステラの情報だった。
だがアンジュは一つ咳払いをすると、まずは竜騎士の古城の外を指差す。
「私からも色々聞きたいことがある。まずは、向こうに行くとしよう」
非常に興奮する俺と違って、アンジュは冷静沈着にそう言ったのだった。
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竜騎士の古城を出て、竜の山脈をのぞく渓谷へと出る。
ここからしばらくは小さなエリアが集まっており、その前にどこへ進むか決めるため、敵の配置されていない広場がある。
アンジュはそこで安全を確認すると、ホッと息を吐いてから、急に刺すような眼光に変わると剣を抜いて俺へと向けた。
「先ほどの戦いは見事だった。だが、お前は何者だ? なぜ私の名前を知っているどころか、聖騎士であることまで見抜いたのだ?」
それは、と語ろうとして、俺は言葉に詰まる。前世知識で知っているとは言えないし、かといって下手に誤魔化してもあらぬ誤解を生むだろう。
何よりの問題として、俺はアンジュが聖騎士であり、この地でどう行動するかを知っているが、他のNPCと違って詳しい性格までは知らない。
シズクのように自我が芽生えたわけでもなく、ジルドレのようにどのような性格の持ち主かを詳しく知らない存在。
だがフレーバーテキストや設定資料集などから、このあと彼女が向こう先と取るべき行動をある程度知っている。
俺はそれらを思い浮かべつつ、こう言った。「同じ目的だから」だと。
アンジュは鋭い視線のままだが、俺は続けた。
「アンタが聖騎士として闇の力を持つ宿敵を倒すためこの地へ来たように、俺も奴を――死霊王を倒すためにここへ来た」
嘘は言っていない。伝えていないことがあるだけだ。
それにアンジュも死霊王の名を聞くと、驚きを顔に浮かべていた。
「奴の事を知っているのか……?」
「ああ、よく知ってる。死者から力を奪い、今やその力は魔王を超えるほどになっていて、アンタとは真逆の闇の力を操る魔物だ」
ついでに、死霊王の目的はこの先の竜の霊廟で古龍の亡骸から更なる力を得よとしていることも伝えた。
「倒せるのは魔王より強い奴等か、光の力を使える聖騎士のアンタだけだ」
「……なら、尚の事なぜここへ来た。貴様は聖騎士ではないだろう? それほど強いようにも見えない。そんな身で、一体何を……」
「力だけが全てじゃない。俺にはこの地やここから広がる竜の住み家についての知識がある。それと幾千の戦いを切り抜けてきた経験がある。そういった諸々の事情があって、聖騎士であるアンタがこの地に来るのを知ってな。盤石を期すために、その戦いを助けに来た」
これもまた嘘は言っていない。知識はあるし、RTA世界一位になるほどには戦いを切り抜けてきたし、フレーバーテキストからアンジュがこの地に来ることも知っていた。
しかし、助けに来たというのは今とってつけたものだ。なにせ、アンジュがダステラ本編に登場しない理由は、死霊王へ挑む道中で死んでしまうからだ。
具体的にどこかは分からない。だがアンジュが最後に戦った敵と、アンジュの足跡が絶えたエリアなら知っている。
つまり、どのエリアのどのボスとの戦いでピンチになるか、ある程度推測できるのだ。助けたいというのも、本当に嘘ではない。なにせ人気NO.1のキャラにして、俺の知らない聖騎士のジョブを持っているのだ。
死なせては勿体ないし、死ぬのを知っていて放っておくのも後味が悪い。
そういうわけで俺は事情を話し終えたわけだが、アンジュはしばらく迷うそぶりを見せると、小さく笑って剣を収めた。
「確かに、私一人では先ほどの騎士も倒せるか分からなかった。これから死霊王と戦うというのに、これでは力不足もいいところだ。そんな時に、お前のような知識ある者が味方になってくれるのは非常に心強いな」
なにより、俺からは敵意を一切感じない。そう笑ったアンジュだが、俺は胸に引っかかりを覚えていた。
『私一人では先ほどの騎士も倒せるか分からなかった』だと?
聖騎士アンジュは光の力により、立ちはだかる敵を一掃し、その果てに竜の山脈に住まうエンシェントドラゴンとの死闘で深手を負ったと読んだ記憶があるのだが……竜騎士団長程度に苦戦などするか?
俺が訝しんでいると、アンジュは「剣を向けた非礼を赦してくれ」と頭を下げてから、手を差し出してきた。
「改めて名乗ろう。私の名はアンジュだ。知っての通り聖騎士で、とある使命から死霊王を倒すためにこの地へ来た。知恵を貸してくれるというのなら、是非ともに旅をしたい」
そうしてなかなか手を出さない俺に「早くしろ」とジトっとした目で口にしてから、俺も急いで差し出された手を取る。
「俺はメネスだ。ジョブは……魔術剣士だ。アンタにとっては宿敵の魔術に似てるかもしれないが、黒炎と剣で戦う。とはいえ実力不足は否めないから、前衛はアンタに任せるぞ」
流石にここばかりは嘘をついた。死霊王の従属などと名乗ってしまっては、この場で斬り殺されても文句が言えない。
とはいえ、アンジュはまたしても目をジトっとさせると「アンタじゃない」と返してくる。
「私にはアンジュという名がある。これからは共に名前で呼ぶとしよう」
名前に固執するとかは知らなかった。そんな新たな知識に胸が躍っているのか、それともアンジュという出会うはずのなかった相手との冒険に期待しているのか。
それとも、先ほどの引っ掛かりが気になるのか。
分からないが、俺たちは固く握手をすると、この先はともに旅をする事となった。