誰も知らない世界へ
死霊王がボスとして現れる『竜の霊廟』へは、ダステラがオープンワールドなので地続きだ。
城下街から『竜の山脈』が見えたことから、ゲーム通り城下街を降りていき、下に広がる『暗き森』を進んでいけば辿り付くだろう。
問題は暗き森の途中で「この先は凶暴な魔物がひしめいておる……」だとか言って、クリア後に行けるエリアへ続く門を結界によって封じているNPCだ。
ゲーム中では何度か話しかけた後に同じセリフしか言わなくなるが、このリアリティなら問題ないだろう。
恐らく説得が出来るわけであり、何なら実力行使に出て無理やり結界を解かせることもできる。
剣や魔術があるので、ある意味現実より頭の固い相手を説き伏せる選択肢が増えたわけだが、さてどうするか。
暗き森の中、死霊王のスクロールに記されていた『漂う黒炎』という、自分の周りを一定時間漂い続け、敵を自動的に攻撃してくれる魔術で身を守りながら考える。
今の俺のステータスは、ここまでの戦いで後半エリアであるグランレイグに挑めるほどに高まっている。
剣を振るえば大抵の敵は一撃だし、今展開している漂う黒炎だって、俺に襲いかかってくる魔物が勝手に燃えて消滅してくれるほど強い。
レベルで言うのなら、グランレイグの攻略適正レベルが50であり、俺はスケルトンレベリングやオノンドとの戦いを経て、既に50に達している。
だが魔王へ挑む際は80程まで上げるのが定石であり、これから挑もうとしているエリアはクリア後に挑むだけあり、適正レベルは100だ。
倍のレベル差があるのだ。竜の山脈や竜の霊廟は更に上がるので、それはもう
「とてつもなく攻略しがいがあるだろうな」
それは良いのだが、問題は結界を張っているNPCだ。このリアリティに溢れた世界では、クリア後に挑むエリアへシズクのような自我の芽生えた人間が立ち入ってしまうという危険性がある。本当に死んでしまい、加えて魔王へ挑む者がそんな死に方をしたら大変なので、簡単には通してくれないだろう。
つまり説得が通じない可能性が高い。魅了などの幻惑系統の魔術も効かないと思った方がいい。
だとするなら力で脅して結界を解かせるかとも思ったが、仮にもクリア後のエリアへ誰も入れないようにしているのだ。
ゲーム中でも攻撃などをして敵対すると、洒落にならない程に強い魔術師として反撃してくる。
今のステータスではとても勝てたものではないし、もし殺してしまうと、結界が解かれない。
一応結界を攻撃すれば耐久地は減り、いずれは壊せるのだが、有志の計算では一年間レベリングに費やしたキャラが攻撃を続けても丸一日かかるという。
説得は難しく、脅しも危険であり、死霊王の剣や魔術を使っても結界は壊れない。
さて、どうしたものか。試行錯誤しながらも、俺は楽しくて仕方なかった。
ダステラのクリア前に結界の先に行こうなどと考えること自体が初めてなのだ。
これはもう、結界という新たな謎を前にして、いかにして持ちうる手札で攻略するかを考えること――初見プレイの時に、まだ攻略情報のない関門に突き当たった時と同じことをしているのだ。
更に、この世界はゲームではない。今までのダステラでは出来るはずもなかった方法が使えるのだ。
暗き森の中を黒炎で雑魚を蹂躙しながら、俺はこの先に存在する全てを頭に描きつつ歩いて行ったのだった。
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暗き森を進み、道中にボスもいたがスルーさせてもらった。
どうやらボスエリアに入ったり、ボスから敵として認識されても、逃げることも隠れてやり過ごすことも可能なようだ。
暗き森に住まう商人から買った『気配殺しの丸薬』で気配を消せば、大型のボスはおろか、人型や獣型のボスも俺を見失い、フィールドを彷徨い始めた。
『誘いの変容』というアイテムを使えば、自分自身と同じ姿の幻影が出現し、デコイのように敵のターゲットとなってくれる。もちろん、しっかり彷徨っているボスに試しに使い、効果時間なども頭に入っている。
その他いろいろなアイテムを買い、時に拾い、とにかく試す。未攻略の謎に対して、初見の時に行ってきたことだ。無意味そうなことでも、拾ったアイテムや商人から買ったアイテムを様々な方法を仮定して試す。
ダステラプレイヤーの基本である。
しかしこの場に他の人間が来たらボスに囲まれて大変なことになるが、記憶通りなら、魔王を倒すまでこちらへ来るNPCはいない。
シズクのような自我のある人間も、ジルドレという元々行動が決定されていたキャラクターに続く形でこの地を行動していたので、余計な被害が出ることはないだろう。
その他色々と試しながら進み、やがて策を思いついてから結界を張るNPCの元へたどり着いた。
「……このような地に客人とは、お主も酔狂よな」
暗き森の最奥で、座り込んでいた爺さんがしゃがれた声でそんな事を言う。
背後には古城がそびえ、この中からクリア後のエリアなのだが、生憎とその城門は結界によって固く閉ざされている。
当然結界を張っているのは、この爺さんだ。
設定資料集によれば、この爺さんは死霊王に挑むべき者を見極める賢人だそうで、資格アリとされた者にのみ結界を解くという。
プレイヤーが魔王を倒した後に結界を解いてくれるのも、クリアするだけの力があれば死霊王に挑めると見込まれるからだ。
相応の力があれば通してくれるかもしれない。考えていた策を使う前に、一応問いかけてみた。
「俺をこの先に通してはくれないか?」
「いや、やめておいた方がいいじゃろう。認められし者か、力のある者ならば通したが、お主はそのどちらでもない。こんな辺鄙な所にいないで、魔王の脅威に立ち向かうことの方が向いているのではないか?」
ゲーム中と同じセリフを吐いた。認められし者というのは、フレーバーテキストにだけ登場する死霊王と戦う宿命にあるとかいう剣士だけで、作中にその姿は存在しない。
どんなフラグを満たしても認められし者にはなれず、通るには魔王を倒してシナリオをクリアするしかない。
なのだが、ここは決められた方法しか許されないゲームではない。
やろうと思えば、どんな荒っぽい方法だって使えるリアルの世界だ。
俺は城門を閉ざす結界に触れると、その硬さを図るように叩いてみる。
ビクともしなく、死霊王の剣で斬ろうが、新たに身につけた魔術を試そうが無駄なことを痛感させられる。
爺さんはクククと笑ったが、俺もまたフッと笑みを浮かべた。
そんな様子に、爺さんは眉を顰める。
「客人、何がおかしいのだ」
「いや、実際に触れてみると本当に硬くてな。こんなの、人間の力じゃ無理だ」
「そうじゃろうな、なにせこの先には魔王を凌駕する魔物がひしめいておる……じゃが、人の身でその魔物たちを倒し、その先に待つ、死を司る王を倒すことのできる者が世界には必要なのだ……たとえば、かつて死を司る王と戦った……」
と、ここから長いことフレーバーテキストにのみ登場する選ばれし者のキャラクターについて語られるのだが、十分知っている。
とりあえず自分の力で壊せそうではないのが確認できたので、俺はここを突破する策を使わせてもらうことにした。
イベントリから鈍く光る銀色の笛を取り出すと、息を吸い込み、高らかに鳴らした。
訝しむ爺さんだったが、やがて地響きがすると、この場へ暗き森に住む大量のボスが押し寄せてきた。
「なっ!? 何事だ!?」
「敢えて言うなら、アンタと魔物の力比べじゃないか?」
「なにっ!? いや、貴様あの魔物たちを呼んだな!? 何が目的だ!!」
「それは当然、この結界を通るのが目的だよ。まぁアンタなら死なないだろうし、他に人も来ない。被害らしい被害も出ないから、俺としても気が楽だ。あとは逃げるだけだしな」
それだけ言うと、迫ってくるボスから逃げる前に、結界前方へ『誘いの変容』を設置した。それから『気配殺しの丸薬』で気配を殺して逃げると、ボスたちはあらゆる攻撃法で結界前の誘いの変容へと攻撃を開始する。
時間が切れるまで幻影はその場に存在し続けるので、ボスクラスの攻撃は背後の結界にも大ダメージを与える。
大槌を持った森の巨人がぶっ叩き、多彩な魔術を操る森の妖精があらゆる魔術を放ち、獣型のボスたちは鋭利な爪や牙でひたすらに攻撃する。
「や、やめろ! やめるのじゃ!! どうしたというのだ森の住人たちよ!! 住み家を出て何をしておる!! お主たちは普段は温厚だというのに、なぜそんなに結界を攻撃するのじゃ!!」
住み家を出ているのは、俺がここに来るまでエンカウントして敵対し、ボスエリアからおびき出したから。ここに来たのは、さっき吹いた魔物のターゲットを集めるアイテムである『魔物呼びの高笛』により、俺がここにいると知ったからだ。
そして攻撃しているのは、正確には結界ではなく、誘いの変容を攻撃しているのだ。
動揺する爺さんと、結界を前に荒れ狂うボスたちを隠れて見ながら、策が成功したことを喜ぶ。
爺さん曰くボスたちは普段は温厚だそうだが、それはあくまで森に住まう魔物や爺さんのようなNPCだけにだ。
魔物として、もっと言うならボスとして、倒すべき対象であるプレイヤーが現れたのなら全力で殺しにかかる。そうでなくては居る意味がない。
いくらリアリティがあっても、ボスが人間を襲わなかったら本末転倒もいいところだ。ボスエリアから出て徘徊し、仮に普段の温厚な姿とやらに戻っても、人間を見つけたら倒すために豹変するだろう。
高難易度ゲームであるダステラのボスとして、全力で攻撃してくるだろう。
たとえそれが、アイテムにより誘導された先であってもだ。
そして攻撃を受ける結界は超高レベルキャラの攻撃では破壊するのに丸一日かかるほどに硬いが、プレイヤーの数倍の攻撃力を持つボス大勢の攻撃を喰らい続け、ヒビが入った。
中にはHPを極振りしても一撃で削り切るほどの攻撃力を持った隠しボスもいるのだ。結界がシステム上壊れないとかならともかく、プレイヤーの攻撃でもダメージが通るのなら、その比ではないボスの攻撃を受け続けたらどうなるか。
当然ながらダメージが限界に達し、壊れる。眺めていると、森の巨人が振り上げた大槌が結界に直撃し、ヒビの入った部分から割れていき、バラバラに砕け散った。
「そ、そんな……ワシの結界が……」
項垂れる爺さんと、誘いの変容がなくなって攻撃対象を失ったボスたち。
どうやら爺さんは攻撃されないようだが、俺は別だ。
気配殺しの丸薬の効果が切れる前に、そそくさと壊れた結界の先――『竜剣士の古城』へと入らせてもらう。
クリア後にしか入れないはずのエリアへ侵入できた事と、俺なりの結界攻略法が通用したことに口角を上げながら、竜剣士の古城内部へと進んでいったのだった。