ヌルゲーからの脱却
「み、認めないぞ! 俺ではなく、シズクのような小娘にアルカレリア魔術師団を任せるなど!」
オノンドを倒した先の広場にて、ジルドレが魔術師たちに囲まれながら喚いていた。
それもこれも、シズクがオノンドの経験値を大量に手に入れ、他の魔術師たちはおろか、ジルドレすら軽く凌駕したから、これからはシズクをリーダーとして進もうという意見が沢山出たのだ。
シズク本人が遠慮するかと思いきや、このチャンスを逃してたまるものかと覚悟を決めたのか、団を率いることを受け入れていた。
なにせ過程はどうあれ、シズクは現時点で、女神に呼ばれた者たちの中では最高レベルの魔術師となったのだから。
更にオノンドを倒した報酬として『帝国騎士の杖』を手に入れ、非常に強力な武器まで手に入れたことになる。
試しにそこらの魔物へ放った最下級魔術でも、今まで前衛として戦っていたエリートたちの何倍も強力になっている。
当然ジルドレとも比べ物にならなくなっており、力の差は歴然。
なんならオノンド戦で恐怖していたのが周りからしたら丸わかりだったようで信頼も失っている。
ジルドレをリーダーとして進む事そのものが、既に難しくなっていたのだ。
だが、ジルドレはプライドの高さからそんな事は認めない。戦略的な撤退だったと言い張り、シズクのような小娘では団を率いることなど不可能だと断言している。
シズク本人は出来ると言い、多くの魔術師たちも賛同している。
だがジルドレもまた、これまで団を率いてきたわけであり、いきなりシズクに任せる事へ慎重な意見を出す魔術師もいた。
アルカレリア魔術師団が二つに割れている中、俺はというと、シズクをリーダーとして進みたい派閥から『参謀』として彼女を支えてほしいと頼まれている。
ジルドレの持つ知識や経験を補うため、オノンドを『油壷攻略』で倒した俺にこの先も敵の弱点などを見抜いてほしいというのだ。
だが、俺は腕を組んで考え込んでいた。オノンドを油壷攻略で倒してからずっと、どうしても心を占めている感情が、俺を捕らえて離さない。
そう、まさに言葉にするのなら一言で表わせる。それは、
「つまらない」
魔術師たちに聞こえないよう一人呟いた言葉は、RTA世界一にして数千時間プレイしてきたダステラの世界に向けてだ。
いや、ダステラがつまらないわけではない。せっかく夢にまで見た世界に転生出来たのに、こうも簡単に攻略してしまうことが、なんだかとてもつまらなく、そして勿体なく感じた。
そりゃ、これほどまでにリアリティがあるのだ。隠しエリアをすべてクリアし、その後に魔王を倒した後だって世界は続くだろうし、噂になっていた『ダステラ2』の世界が始まるかもしれない。
そうでなくても、魔王を倒した後も何かしら続きはあるのだろう。
問題は、ダステラの要である魔王を倒すまでだ。
この先に控えているボスやマップの攻略法は何通りも頭に入っているし、油壷攻略のような絡め手だって腐るほど知っている。
魔術師たちとこのまま行くのなら、最適な武器の在り処も、レベリングの場所だって知っている。
それがとてもとてもつまらなく、味気なく、もったいない。
せっかくダステラの世界に転生したのだ。俺はこの世界を、本来のダステラのように歯応えのある難易度で攻略していきたい。
そうなると、このまま正規ルートを進んで魔王を倒すのは歯応えがなさすぎる。
更に本当なら壊滅する魔術師たちを率いてなど、ヌルゲーもいいところだ。
かといって、魔王撃破前――つまりはクリア前に出来ることなど、たかが知れている。
どうするか。俺が迷っているとシズクが歩いてきて、俺に向かって深く頭を下げた。
「お礼が遅れて申し訳ありません。あなたには命を救ってもらったどころか、魔術師として大幅なレベルアップの機会まで頂いてしまいました。本当にありがとうございます」
「えっ、ああいや……」
むしろ俺一人で経験値を得るために見殺しにしようとか少しでも考えていたので、少々バツが悪い。
気にするなと言いつつ、シズクは俺にステータスポイントは振ったかと聞いてきた。
「私は魔術師ですので魔力を上げて中級レベルの魔術まで使えるようになりました! メネスさんは、どういったステータスにしたのですか?」
「ん? ああ俺は、死霊王……じゃなくて! とりあえず筋力と技量を両方上げて、余った分は黒炎関係の魔術を沢山使えるように割り振ったぞ」
スケルトンの分も合わせて死霊王の剣を持って振るうだけのステータスは満たせたし、スクロールに記された他の魔術もいくらか身に付けられた。
これで死霊王の剣を普通の大剣として振るうことができる。
とはいえ、本当の力である死霊王の力を一時的に自らの身に宿す能力はまだ発動できない。
まぁ、これだけリアリティのある世界だと禁忌の力のようなものだ。死霊王の力そのものを身体に纏い、魔物のような見た目となって戦うのだ。
見た目が非常に魔王に似ることから、ゲームでは魔王のコスプレとかで使えたのだが、この世界では余程のことがない限り使わない方がいいだろう。
というか、魔王を倒す旅路では使わないのが得策だ。
死霊王の剣も振り回すだけなら単純に強力な大剣なので攻略に使えるが、これもまた正規ルートを行くのなら、いかんせん強すぎる。隠しルートも同様だ。
思わずため息が出た。魔王を倒しに行こうとすると、俺ではどうやっても簡単すぎるのだ。
死霊王の従属になったのだって、自由に動け、レアジョブを手に入れたかったというのもあるが、死霊王がボスとして登場するエリアで、従属の身で歯向かうと特殊セリフが聞けたりするからで……
ん? 死霊王がボスとして登場するエリア……
俺は城下街の広場から、遠くに見える山々を眺める。
あれこそ、死霊王の住まう『竜の霊廟』へと続く『竜の山脈』であり、本来ならクリア後でないと、あちら方面にあるエリアの前で、ゲームの悪しき習慣である『まだ行くべきではない』だとか言ってくるNPCが竜の霊廟へ続くエリアへの結界を解いてくれない。
だがこれだけリアリティのある世界ならどうだ? 死体漁りの商人のようなお助けキャラでさえ自我があり、ジルドレに関しては仲間の信頼を失い、シズクに負けた事でリーダーの座を降ろされかねないという『ゲーム中にない状態』に陥っている。
だとするなら、竜の霊廟へと続くエリアを守護するNPCも意思があり、固有の台詞しか口にしないわけではないだろう。
説得ができなくても、無理やり結界を解かせることも可能かもしれない。
もちろん、本来ならクリア後に解禁されるエリアに行くことになるので、とてつもないレベル差はあるだろうが、それはつまり、
「俺が求めていた最高の難易度だ!!!」
突然叫んだのでシズクが狼狽えているが、俺はリアリティの高さから行けるかもしれない高難易度エリアの攻略に燃えていた。
「魔王倒す前って、向こうはどうなっている!? ボスのレベルとか変わってたりするのか!? とりあえず、行くなら準備はしっかり済ませるべきだから、色んな所回ってアイテム買いあさっておいたり、魔術教えてくれるNPCとのイベント終わらせたり……」
と、一人で盛り上がっていたら、会話の端々から「俺がここからいなくなる」事を察したのか、シズクが困惑していた。
「き、騎士団と合流するのですか? それとも、何か別の……? あの、あなたにはあなたの目的があってこの地に来たのだと思うのですが、正直私が率いるにしろ、このまま行くにしろ、あなたが抜けると……」
言われ、俺もハッとする。
そうだ、俺が自由に身の在り方を選べる主人公ポジションだとするなら、問題が色々出てくる。
俺が本来なら魔王を倒す役回りなら、共に行く魔術師たちは俺の援護をしながら進むことになるだろうし、俺がいなくては進むことのできない仕掛けや倒せない敵がいたりする。
ダステラにおいて、主人公が仲間に注意を引いてもらっている間に弱点を露出させたり、ギミックを解いて結界を解いたりすることが多々あるのだが、そういった事を全てシズクたちに任せることになるのだ。
なんなら、封印を解いた後のグランレイグ攻略においても、俺抜きでは不可能な所がある。
ただでさえ発売当初はネットで攻略情報が入り乱れて大変だったのだ。とてもシズクたちだけでは魔王の元へたどり着くことはできないだろう。
どうしたものか。というか、俺は初見の時どうしたか。
まだダステラ廃人になる前の自分を思い返すと、一つの妙案が浮かんだ。
「ちょっと待っててくれ!」
シズクたち魔術師を広場に残し、俺は来た道を逆走する。
その道中でオノンドの死骸から換金アイテムを回収すると、急いで死体漁りの商人の元へ戻った。
「ん? 先ほどのお客さんじゃないですか。なんですかい? あっしはこの先で暴れてたオノンドとかいう魔物の気配が消えたから、城下街の先でもっと死体を漁ろうと……」
「知ってる! お前がボスを倒すごとに色々アイテムを補充する便利な奴だってのは知ってる! だから、ちょっと頼まれてくれないか? まずはこのアイテムくれてやるから!」
「おお! そいつはオノンドの角じゃないですかい! なんですかい? お客さんが倒したんですかい?」
「そんなとこだ! で! ちょっと頼み事なんだが……」
ただの商人系のNPCに過ぎない奴に、俺はあれこれと品物を買いながら提案したのだった。
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「待たせた! ……って、なにがあった?」
死体漁りの商人を説得したり、他にも色々と急いで準備を整えてからシズクたちに合流すると、ジルドレが膝をついて呆然としていた。
「この俺が……シズク如き小娘に負けた……?」
「まだまだ本気は出していませんよ?」
「そんな……俺には昔から才能があり、どんな魔術だって使いこなせてきたというのに……手を抜いた相手に負けたというのか……?」
どうやらシズクとジルドレが魔術対決をしていたようだが、勝敗は見ての通りだ。
そりゃ当然ではある。ジルドレはあくまで一般的な魔術師として優秀なだけなのだ。
まだこの地でたいしてレベルも上がっていないので、女神の加護による影響も少ないだろう。
一方シズクは、この地で女神の加護のもと、大幅にレベルを上げたので、扱う魔術に女神の加護というバフが付与されているのだ。
女神の加護は、敵に対しての物理や魔術等、全ての攻撃に威力上昇のバフが与えられるのだ。
この地も、ゲーム中では『この地で力を付けた者が新たな王となる』とまで言われている。簡単にいうのなら、ここで大きくレベルを上げた者は、外でどんなに努力してきた奴より強くなれるのだ。
その力が目的でこの地を訪れたNPCもおり、ルートによってはエンディング後に祖国に帰ってから国王となった知らせが届いたりする。
早い話が、ジルドレはアルカレリアでは天才魔術師だったかもしれないが、この地で大幅にレベルを上げて魔力にステータスを振ったシズクには遠く及ばないのだ。
これで、シズクが新たなリーダーとして魔術師団を率いていくのだろう。
俺の知らない物語が展開し、ジルドレも生き残るかもしれない。
しかし俺は、高難易度エリアの攻略で頭がいっぱいだった。
「あ! メネスさん!」
勝利し、笑顔のシズクが駆け寄ってくる。
勝った喜びと、なんとかして俺にも同行を頼みたい願いとで言葉に詰まっている隙に、俺は「ちょっと待った!」と、懐から古ぼけた分厚い紙束を取り出す。
「俺は同行できないが、魔王を倒すというのなら、これをお前たちに託す!」
「これはいったい……」
「これは……あれだ、あれ……予言の書だ!!」
予言の書? と首を傾げるシズクへ、中を見るように促す。
すると、声を上げて驚いていた。
なにせそこには、ここから次のボスまでの安全なルートと、ボス戦における最適核とも呼べる戦い方が記されているのだから。
それどころか封印を解くまでの全ボスの攻略法と、騎士団と合流するまでの時刻や、グランレイグの攻略手順が記されている。
いったいこれは何なのか。シズクが驚きながら広げて見せてくるが、俺は具体的な説明に困る。
なにせこの紙束は、俺が急いで商人から買って、思いつく限りの攻略ルートを書きまくっただけなのだから。
とにかく急いで魔王を倒すための最短ルートと、必要になるアイテムやNPCについて書いた。
他にも、持っていれば役に立つ武器や、話しておくと後々助けてくれるNPCの居場所を全て記しておいた。
信憑性を持たせるためにオノンド戦に使った『油壷攻略』もそこに書いておいたので、俺は「これがあったから安全に倒せた」と、即興でそれっぽく語って見せる。
シズクは「本当に預言の書だ……」と零しているが、俺は咳払いすると、これまたそれっぽく語って見せた。
「えー、それは魔王の脅威に対して女神よりすごい奴が記した、正真正銘本物の『予言の書』だ! 俺はそれを利用して商人と結託し、オノンドを倒すことで力を付けた! 更にその商人とは金を払うならこれからも行く先で必要になる物資の補給などもしてもらう約束を取り付けた! そこに記されている通りに行動すれば、俺がいなくても魔王だって倒せるぞ!」
声高に言えば「おおっ!」と歓声が上がる。
これだけ未来の事が分かるのなら、我々の力で本当に倒せるぞと喜んでいた。
そんな紙束に夢中な奴らを他所に、隠れている商人に話しかける。
「見たろ? 聞いたろ? アイツら、さっき書いた通りにこの先進むから、アンタには頼んだ品の補給を任せるからな?」
「へっへっへ……これであっしは平和になったら爵位だって買えまさぁ……」
「その代わり……分かってるよな?」
「ええ、旦那の事は黙っときますし、妙な詮索もしませんよ」
これで良し。シズクたちは最悪、魔術師だけでも魔王を倒せるように強くなれるようなルートを辿って武器や魔術を手にするだろうし、この商人にも安全な場所と必要になるものを教えておいたから、魔王との戦いまでシズクたちをサポートしてくれるはずだ。
そう、初見の俺が頼ったのは、古き良き攻略本だった。
ネットの情報があてにならない中、公式側がダステラ人気を高めるために出した『公式完全攻略本』があった。分厚い辞書のようで、中にはあらゆるジョブとあらゆる攻略手順などが事細かに記されていたのだ。
流石に掲載している情報がゲームの世界観を壊してしまうとのことで初版のみしか発行されなかった超レアな攻略本だったが、俺は本屋で幸運にも最後の一冊を手にすることが出来た。
覚えている限りの事は書いたし、ちょっとこの先のエリアを攻略させてもらい、隠しアイテムである『分かたれた伝書鳩のクリスタル』という、離れていても対象のキャラクターと会話できるアイテムも手に入れた。
片方を商人に渡しておき、不測の事態が起こったら俺に連絡するようにも保険をうっておく。
これで、魔王討伐はシズクたちに任せられる。
商人に先に行くよう告げてから、改めてシズクたちに「俺にはこの地に来た別の理由がある」と言っておく。
「魔王を陰から操るという死霊王――奴を倒すことが、俺の使命だ」
これまたそれっぽく口にすると、シズクたちは身が引き締まるような態度で俺の言葉を聞き「その相手を倒しに行くのですね」と言ってきた。
頷き、次に会うのは平和になってからだと告げる。
皆が心配したが、これまた懐から小汚い紙束を取り出した。
「俺が行くのは茨の道……だが、俺にはこの『対魔の書』がある。死霊王を倒すために、神が記したとされる書物だ。これさえあれば、死霊王の元へ俺一人でも辿り付くことが出来る」
嘘だ。心配されないようにそれっぽく見せてそれっぽく語っているだけで、これは正真正銘ただの紙束に過ぎない。
しかしまぁ、これでシズクたちの身の安全と魔王討伐をこなしつつ、俺は一人で高難易度の竜の霊廟へ向かうことが出来る。
シズクから「ご無事で……!」と別れを告げられながら城下街を戻っていくと、ようやく自由になれたので、対魔の書、もといただの小汚い紙束を黒炎で燃やすと、このあとについて考え出した。
ようやく、俺の求めた転生生活が始まるのだ。
そう、俺はラスボスである魔王をそっちのけで、クリア後に倒す裏ボスにして、序盤に会っている『死霊王ヘル』を倒すため、物資を集めつつ、高難易度エリアである竜の霊廟へのソロ攻略を開始したのだった。