人命救助と効率重視のボス攻略
「貴様! 持ち場を離れてどこへ行っていた!!」
そろりそろりと一行に戻ったつもりだったのだが、どうやらジルドレ含む魔術師たち全員にバレていたようだ。
ゲームのようにうまくいかないと思いつつ言い訳を考えていると、ジルドレは更に迫ってくる。
「この俺が直々に後衛を任せてやったというのに、その命令を破るとは愚鈍な奴だ! それに、貴様のメイスはどこへやった!!」
売った、と言えるはずもなく、適当に「逃げた敵を追って戦っていたら壊れました」と言っておく。
するとジルドレは呆れた後、嘲笑うような顔で指を差してくる。
「さては貴様、我らアルカレリア騎士団をいいように利用でもしようとしているのだろう? ハッ! 力のない者が考えそうな矮小な事だな! とにかく武器もなくロクな魔術も使えないのでは、もはや戦いの役には立たん! だが俺は仲間と約束は守る男だ。だから役立たずの貴様にも役目を与えてやる!」
そう言ってジルドレは最後尾にいるシズクを指差すと、彼女が驚きつつ「荷物持ちだ!」と怒鳴った。
「役立たずは役立たず同士、後ろでコソコソとしていろ! なに、我らが倒した魔物の経験値も多少は流れてくるだろう? それで力を磨くのだな!」
コイツ、性格が悪そうな奴に見えて、傲慢な言葉の端々にツンデレともとれる要素があるのだ。本人は無自覚だろうが、そういうところがネタ枠筆頭の座を盤石にしていたりする。
なんやかんやプレイヤーの事を見放さない所もゲーム通りのようで安心しつつ、最後尾のシズクへ向かっていった。
「そういうことで、俺も役立たずになったから荷物は半分持つ」
「は、はぁ」
イベントリだが、どうやら俺だけの特権だったようで、他の奴等は決まった大きさのズタ袋などにポーションなどを詰めている。
おそらく、俺がプレイヤーによって色々な武器を持ち変えるダステラの主人公ポジションだからだろう。
そのお陰で何も持っていないので、小さな体でコンモリと荷物でいっぱいのリュックを背負ったシズクの負担を減らせる。
この後のボス戦でシズクも死んでしまうのでは? と思っていたが、荷物持ちとして俺が一緒にいれば死なせることなく攻略できるだろう。
というより、流石に目の前で人に死なれると後味が悪いので、魔術師たちも上手いこと機を見て逃げられるようにしようとは思っている。
高確率で死ぬジルドレは保証できないが、このリアリティのある世界で命を救い、更にボスの経験値を多く手に入れて強くなれば、アルカレリアの魔術師たちを従えることもできるかもしれない。
そう思うと、このリアリティは本当に悪いものではない。前世での常識とダステラの知識を両立できれば、思いもよらぬルートだって構築できるかもしれない。
そうワクワクしていると、シズクが小さな声で呟いた。
「……あなたは、どうしてあれだけ言われても上機嫌なのですか?」
今後が明るいから、とも言えずにいると、シズクは弱弱しい声で言う。
「私には、とてもそんな振る舞いはできません。せっかく魔術師になれてこの地に来られたのに、これでは大した力も得られずにこの地を去ることになってしまいます」
ふむ、どうやらシズクにはシズクの背景や考えがしっかりあるようだ。
戦いの方はジルドレたちが勝手にやってくれるので、俺は後方でシズクに聞き返してみた。
「聞いてると力が欲しいみたいだが、なんでだ? 詳しくは知らないが、アルカレリアで学ぶことだって出来ただろ? わざわざこんな危ないところに来なくてもよかったんじゃないか?」
「……私の家は貧しく、とてもアルカレリアの魔術学院には通えません。それでも僅かながら才能があったから、ジルドレ様に認めてもらえ、この旅に同行を許されました」
「つまりは魔王を倒すのが目的というより、女神の加護と魔物を倒して得られる経験値が目当てなわけか」
「結構、ズバッと言いますね……いえ、恥ずかしながらその通りなのですが……私には、もうこのチャンスしか縋れるものはなく……」
無自覚ツンデレのジルドレのお陰で掴めたチャンスだが、結局は荷物運びしかしていない。これではレベルアップどころか、経験だってロクに積めないだろう。
どうにかしてやりたいが、まだこの世界について知らないことも多いので、手は浮かばない。
なにより、シズク一人を贔屓するような真似をしたとしても、どうしてもこの先に出会うだろう強力にして友好的な魔術師たちと比べてしまうのだ。
シズクは所詮、ダステラがリアルになったことで名前などの背景が生まれた存在だ。
悪いが今後の事を考えると、他のネームドキャラとの関係を優先してしまう。
まぁ、ボス戦で少し多めに経験値を与えるくらいはできるので、小さな頭にポンと手を置いてやり、なんとかなるさと言っておいた。
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その後も順調に城下街の攻略は進み、グランレイグの周辺部へと辿り付いた。
帝国の周囲を囲う円状の開けた通りであり、魔物と人間の戦いの痕跡が端々に見られる。
そして進むうちに多く目にするのが、何か大きな物に潰されたような、ひしゃげた死体や、穿たれた石畳だ。
そろそろ城下街最初のボスである、二足歩行の獣と巨人が合わさったような『魔獣オノンド』がグランレイグの中から飛び出して来るはずだ。
突如として現れ、あまりの唐突さから、ここでジルドレを先行させすぎていると登場と共に踏みつぶされて即死だ。
知っていて助けないのはいけないと思い、オノンドが現れるギリギリでジルドレに向けて大声で「ちょっと待ってください!!」と叫んだ。
「なんだ?」と言いつつ振り返ったジルドレだが、次の瞬間には目の前にオノンドが飛び降りてきて、その顔に冷や汗を流していた。
あと一歩前に出ていたら踏みつぶされていたので立ち止まってくれてよかったと思いつつ、ジルドレがすぐに尻もちをついて恐怖を顔に映してから「陣形を広げろ!」と喚いた。
「ぜ、前衛部隊は奴の注意を引け! 後続は俺の退路を確保しろ!」
なんて喚きながら、ジルドレは必死の形相で後方へとさがった。
指揮官としては前に出ているより陣の真ん中から指示を出すのが良いのだろうが、それにしても引っ込みすぎなのは、原作通りだ。
しかし、オノンドへ向けて仮にも精鋭と呼ばれたアルカレリアの魔術師たちが攻撃魔術を放っているのだが、効いている様子はない。
魔力で作られた矢も、雷や炎も振り払い、高らかに咆哮を上げると、魔術師の陣へ獣の如く突っ込んできた。
それぞれが「魔術が利かない!」とか「距離を詰められた! お終いだ!」と叫ぶ中、ダステラでの戦闘を思い返す。
最初に魔術師と共に行く選択肢を取ると、このオノンド戦で大半が死に、生き残った魔術師を率いるか、ソロ攻略でこの先へ進むのだが、そうなってしまう理由は、オノンドの『魔術耐性』にある。
なんとオノンドは魔術師ルートの最初のボスの癖に、魔術による攻撃への高い耐性を持つのだ。
倒すにはボスエリアのギミックを利用したり、道中に手に入る近接用の武器で注意を引いて魔術師たちと共に戦うなど、攻略法は多岐にわたる。
ダステラがいかに高難易度にして多彩な攻略法があるかを体現するボスなのだが、生憎と死霊王の黒炎も魔術の一種であり、今からでは安全地帯に陣取る前に、そこが壊されてしまう。
つまり、魔術師たちでは勝てない。少なくとも、魔術師たちと共に戦うような攻略法は選択肢からすでに消えている。
ゲームなら、このまま壊滅してからソロで倒して経験値を独り占めするところだが、リアルとなった今、そうはいかない。
かといって経験値も欲しい。なので、ジルドレへ必死の演技で駆け寄った。
「ジ、ジルドレさん! アンタが命令しないと、みんなあの化け物にやられるぞ! ここはいったん退却して、作戦を練りましょう!」
「う、うう……だが、あのような獰猛な化け物が暴れていては、退路の確保など……」
「俺が注意を惹きます! 役立たずなりに役に立って見せますので、その間になんとか逃げてください! 出来るだけ遠くに! もう一回言うけど遠くにだ!」
あんまり近くにいられると倒した後にジルドレたちにも経験値が分配されるので、とにかく遠くへ逃げるように告げると、ジルドレは冷や汗でびっしょりの顔で頷き「全員撤退ぃぃぃ!!」と叫んだ。
俺の事はどうでもいいのかとか、そういうのは気にしない。
なにせこうすれば魔術師は生き残り、俺はソロでオノンドに挑めるのだから。
と、咆哮を上げるオノンドを見て「序盤の雑魚如きが」と呟いていたら、後ろから声がする。
「おいシズク! 荷物を捨てるなよ! もし捨てて逃げたりしたら、団から追放だからな!!」
……えっ
ジルドレの声に振り替えると、重たい荷物のせいで俊敏に動けないシズクが、逃げるどころかオノンドへの恐怖からか膝から崩れ落ちていた。
あれでは荷物がどうとかいう前に、そもそも逃げられない。更に、オノンドは俺一人よりも沢山の獲物が群がる後方へと視線を向けている。
他の魔術師たちはボスエリアの外へと逃げたが、このままではシズクが真っ先に殺されてしまうのが目に見えていた。
効率だけ求めるなら、シズクが攻撃される最中に背後から攻略するのが最適核なのだろうが、それでは間違いなく彼女の命はないだろう。
しかし、シズクがいる中で倒してしまっては、分配される経験値はシズクと二人で分け合う形となってしまい――
効率だけを求めてきたRTAプレイヤーとしての思考と、シズクの命を想う思考とがぶつかり合ったが、答えはすぐに出た。
「シズク! なんとしても助けてやるから、そこでジッとしてろ!」
女の子の命を見捨てるなど、リアルの世界で出来るはずもない。俺はすぐさまイベントリを開いて従属の杖を装備すると、ニヤッと笑みを浮かべる。
「さて、バーベキューの始まりだ」
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「まずは一発!」
シズクや逃げていく魔術師たちから俺へと向いてもらうために黒炎を放つと、オノンドの真っ赤な瞳が俺を睨んだ。
そうして咆哮と共に突っ込んできて剛腕を振り下ろしたのだが、タイミングは掴んでいるので避けた。
地響きで身がよろめいたが、これでオノンドは俺を狙い続ける。魔術師たちからも離れたので、ここで倒せば経験値はシズクと二人で分け合えるだろう。
半分になってしまうわけだが、それでも十分すぎるほどに経験値を得られるので、俺を見下ろすオノンドへ、二ッと笑ってやった。
「怖くも何ともねぇな。こちとらVRとはいえ何度もこの距離で戦ってきたんだからよ」
言いつつもオノンドの攻撃が迫り、シズクが俺の名を叫び、魔術師たちも声を上げていた。
だがタイミング通り攻撃を避けると、先ほど大量に買ったアイテム――『油壷』を手にし、その巨体へ投げつけた。
毛むくじゃらの身体には油が染みわたり、テカテカと光っている。
だがダメージも何もない。オノンドも困惑した様子だが、俺はすぐさま従属の杖から『死霊王の黒炎』を放った。
すると、
「グオォォォォォォ!!!」
油塗れの身体に炎属性の魔術を使う。そうすればどんなに魔力が低くても、炎属性のダメージが何倍にも増加し、更に油壷で全身が油塗れなので、身体全体へ炎は広がっていく。
これぞ『オノンドの油壷攻略』だ。燃焼時間の長い死霊王の黒炎を使っているので普通の油壷攻略よりダメージが増加している。
「まぁ、普通は死霊王の黒炎があるなら安全地帯からチマチマやった方が安全だし、ヘッドセット外してスマホいじりながらでも倒せるからこんなことしないんだが……」
燃え続けたオノンドは、やがてダメージが蓄積してスタンする。攻撃の大チャンスである『スタン状態』なのだが、俺は動きが止まっている間に再び油壷を投げると、スタンが解けると同時に黒炎を放つ。
またしてもオノンドは全身が炎に包まれ、大ダメージの後にスタンし、再び油壺を投げる。
投げるタイミングをミスるとスタン状態を連続で起こせないのだが、俺がそんなミスをするわけない。
作業ゲーのように一連の流れを繰り返していると、やがてオノンドのHPは底をつき、目の前に焼け焦げた死体として倒れた。
「バーベキュー終了!」
俺が意気揚々と口にすると、オノンドの死体から大量の経験値が煙のように現れ、俺とシズクへと降りかかった。
レベルは一気に上がり、最大HPやスタミナもこの時点では破格の数字になる。
今回得られた分と、スケルトン狩りで残しておいたステータスポイントを合わせると、本来の力はまだ発揮できないが、剣としては最高の部類になる『死霊王の剣』も装備できそうだ。
こうして、俺は最初のボスを早速前世知識を生かしまくってハメ技で倒したのだった。
この分なら、この先の攻略も上手くいく。どんな隠しエリアだって簡単に攻略でき、ボスを倒せるだろうと言い切れる。
だが俺はこの時、胸の中にモヤモヤを覚えていたのだった。