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自我のある本来存在しないキャラクター達

 夜が明け導きの教会に集った人々が「不思議な夢を見た」と言いながら外に出てくると、俺は陰からシレっとその中に混じった達


 魔術師を率いるジルドレや、女神に呼ばれた騎士団などがしばらく会話をすると、やがて魔王を倒すべく、二手に分かれることとなった。


 騎士団は亜人の蔓延る古い都へ行くとなり、魔術師たちは魔物に支配された城下街の先へ進むという。


 両方の先に、魔王が陣取る『魔都グランレイグ』の封印を任されたボスがいる。


 もちろん、一部のキャラクターは関係ないジョブだったりするが騎士団について行ったり、魔術師について行ったりとバラバラだ。

 そのせいでNPCイベントのフラグ管理が非常に大変なのを思い返しつつ、俺もまた選ばれし者として選択を迫られる。


 ここでは、表向き『女神に選ばれた者』なのだ。死霊王の従属になっているとかは他のキャラクターには分からず、死霊王の剣も、女神が嫌そうに渡してきた便利な鞄こと『イベントリ』にしまっているのでバレない。


 どういうカラクリなのかは分からないが、中には大量のアイテムや武器をしまっておくことが出来る。ステータスオープンのように『イベントリ』と口にすれば目の前に現れるため、持ち運びは簡単だ。


 ゲームとして作られた世界を現実にするうえで、フィクションとリアルを上手いことかけ合わせるために作られているのだろうと、深くは考えないことにした。


 とりあえず、俺は今後の事を考えて魔術師たちについて行くことにした。

 その旨を伝えるためにジルドレに声をかけると、眉間にしわを寄せられる。


「なんだ貴様は……ろくな近接武器も持っていないではないか」


 スケルトンロードの剣はイベントリにしまってあるので、俺の装備は欠けたメイスと従属の杖だけだ。

 ジルドレが呆れた様子で言ってくるが、どうせなにをしても中盤には死ぬので気にしない。


 今は、魔術師たちに付いて行く事を優先すべきだ。


「魔術師の皆さん方には及びませんが、俺もちょっとした魔術は使えましてね。倒し損ねた敵が後ろから襲ってこないように、背中を任せていただきたくて」

「我らが魔物如きに後れを取るというのか!」

「いえいえ、そんなこと思ってませんよ。ですが念のためを思えば、俺でも役に立てると思いましてね」

「貴様のような輩に何ができるというのだ! 我らについてくるというのなら、せめて力を示せ!」


 ああ、リアルになったから台詞がちょっと違うが、作中通り偉そうだ。これで強かったらいいんだが、所詮ネタ枠なのが残念だ……。


 なんて思いつつ、ここである程度の力を示さないとついて行けないので従属の杖を手に取る。


「これは……えっと、あれだ……俺の故郷に伝わる魔術を使うための触媒だ! ほらこんな感じに炎が出せる!」


 ゲーム中では死霊王の従属が最初に頼りにする、必要ステータスの低い従属の杖を見せる。


 ゲームでは魔術の触媒を見せるだけでついて行けるのだが、実際に喋って説明しなければならないので、咄嗟の嘘をつきながら魔術を使った。


 そうしてジルドレへスクロールに記されていた最下級魔術の『死霊王の黒炎』を出して見せると、鼻で笑ってから見下してきた。


「黒い炎など少し燃焼時間が長いだけではないか! まぁいい、この俺直々に、その魔術で魔物の死骸を燃やして確実に殺すことを命じてやる!」


 博識で、なんやかんやと主人公を認め、後方からの奇襲もしっかり警戒する。

 本当にこれで実力が伴えば初心者救済キャラクターになれたものを。


 そんな事は頭を振って忘れると、改めて死霊王の黒炎を出してみる。


 黒い炎はジルドレの言うとおり燃焼時間の長い炎として認知されているが、死霊王の黒炎はその何倍も火力と燃焼時間が長く、魔術耐性の高い相手にも炎属性のダメージを多く与える。


 隠しジョブである死霊王の従属にならなければ習得できないだけに、最下級魔術でも十分に序盤から中盤まで戦えたりするのだが、俺からしたら”まだ足りない”。


 後半の攻略に使う『死霊王の剣』を早く使ってみたいのだ。使えるようになったら、黒炎と黒い刀身の死霊王の剣を使い、嘘ではあるが上級ジョブの魔術剣士を名乗ることもできる。


「黒い炎と黒い剣を使って、仲間を欺きつつ魔物と戦うとか……カッケェな」


 そんな未来のためにも、俺はこのネタキャラであるジルドレに従ってやる。どんな嫌味だって聞いてやる。


 なに、どうせコイツを含む魔術師たちは――


「あ、あのう……」


 と、近い未来を妄想していたら、俺を呼ぶ弱気な声がする。


 誰かと思うと、小柄で白髪の女の子が華奢な見た目に不釣り合いな大荷物を背負って俺に頭を下げていた。


 こんなキャラクターいたか? と思っていると、小柄な女の子は頭を上げ、顔に掛かったローブをあわわと取りながら、胸に手を当てて名乗った。


「アルカレリア魔術師団の物資の補給を担当しております、シズクと申します。えっと、リーダーより後方支援を任されたと聞き、挨拶に参りました」

「えっ、あー……ん?」


 あれ、シズク? そんなキャラいたか? 


 脳内のダステラ検索機関で調べてみるも、ヒットなし。というか、アルカレリアの魔術師たちはジルドレくらいしかネームドキャラはいなかったはずなのだが……


 返答に困っていると、シズクはわたわたと慌てた様子で「ごめんなさい!」と口にした。


「い、いきなり私なんかが話しかけて不快でしたよね……」

「えっ、ああいや、そうじゃなくてだな……えっと……シズク、だったかな。いきなりでなんだが、なにか別名や特技はあるか?」

「……へ?」

「だから、実は本名を隠してるとか、物凄い魔術使えるとか、そういうのあるか?」


 アルカレリアから派生した他の魔術師の誰かが紛れているのかと思っての質問だ。

 もし何かしらの特徴があれば、俺ならそこから逆算してどのキャラか当てられる。


 しかし、シズクは顔を落とすと、首をフルフルと振った。


「私に、そんな大層なものはありません。魔術だって最下級魔術がやっとで、団員に選ばれたのも、お情けみたいなもので……結局こうして荷物持ちしかやらせてもらっていませんから、魔術師を名乗るのもおこがましい程で……」

「……む、じゃあ本当に名前はシズクで、使えるのは最下級魔術だけで、アルカレリア出身なのか?」


 頷くシズクに、困惑しつついくつか質問してみた。指をさして、適当な魔術師の名前を聞いたのだ。


 結果、聞こえてくるのはダステラの世界では知らない名前だらけ。


 動揺が増しながらも、ここが転生した世界なのだと再認識した。


 この世界はもう、ダステラというゲームではない。


 もはやリアルの世界であり、そこには生きている人がいて、こうして知らない人がダステラの舞台に来ているのだ。


 改めて、俺は転生という事の重大さを思い知らされた。


 ここには俺の知らない人々の営みがあり、シズクのように思い悩んだりする人もおり、他にも色んな知らない人がいる。


 それは、もしかすると俺の前世知識が使えないことを指すのだが、それがなんともまぁ、


「面白い……!! 最高じゃないか!」


 俺の知らないダステラが、今もこの世界で動いているのだ。大型アップデートやDLCこそあれ、ここまで細部に拘った変更点はなかった。


 それがもう、ダステラRTA世界一にして誰よりもやり込んだと自負している俺を刺激してたまらない。


 新しい攻略ポイントはあるのか? NPCイベントは増えたのか? そもそもダステラの舞台の外に行けたりするのか?


 今すぐ探索に行きたい気持ちを押さえつつ、最初にこの喜びを教えてくれたシズクの手を取り、満面の笑みで名乗った。


「メネスだ!! なんでも聞いてくれ!! なんでも知ってる……いや!! なんでも知ってるし、これから更に知っていくからな!!」


 若干引いている様子のシズクを他所に、俺はこれから始まるダステラの新たな冒険に胸を躍らせていた。


 ####



 ジルドレの率いる魔術師たちに続いて、導きの教会から丘を越えた先の城下街へ。


 城下街と名のつく通り、このエリアの上に位置するのが魔王に乗っ取られた帝国にして、今や魔物の都と化した『魔都グランレイグ』だ。

 

 城下街はそこから溢れ出した魔物や、今は封印されているグランレイグへの大門等があるエリアであり、最奥のボスを倒すと一つ目の封印が解かれる。


 肝心の難易度だが、最初のエリアは低めに設定されている。プレイヤーの選択によって変わるのだ。


 騎士団について行くルートと魔術師たちについて行くルートで近接か遠距離のどちらをメインに据えるかを選べるようになっており、それに合わせて最初に選ぶエリアの難易度が変わるといった仕様だ。


 ダステラに慣れるための意味合いも兼ねているので、敵のレベル等もかなり低く設定されている。


 その分、二つ目からは今までとは違う戦法が必要になる&敵のレベルアップなどの難易度の調整が行われ、二つ目の封印を守るボスはグランレイグ前の大きな関門として高難易度に設定される。


 と、そんな感じで進んでいくのがダステラの正規ルートなのだが、固定の台詞しか言わないNPCと明確に違う、シズクのような意思を持ったキャラクター……いや、意思のある人々が集まっているので、その通りに進むかは分からない。


 封印を他の誰かが解くかもしれないし、騎士団や魔術師たちがシナリオにはないルートを辿るかもしれない。


 そういうところを予想しつつ、この世界を攻略してやるのが大いに楽しそうであり、歯応えがあって、より一層やる気に満ちてくる。


 しかしその分、柔軟に対応するためにレベルはしっかり上げておかないといけないだろう。

 アイテムも、毒や火傷などの状態異常を普通のプレイ以上に考慮して管理しなければならない。


 つまるところ、斬撃属性と魔術属性を持つスケルトンロードの剣のような、多局面に対応できる武器を手に慎重に進むのが定石どおりに思えるのだが、


「おい店主、この初期装備とメイスと剣を買ってほしいんだが」


 魔術師たちが城下街の攻略を進めている中、俺はジルドレたちの目を盗んで一行から抜けると、隠れNPCである『死体漁りの雑貨商』の元を訪れていた。


 その名の通り、城下街にて魔王率いる魔物と人間たちが戦った後の死体を漁ってアイテムを手に入れ、自分を見つけたプレイヤーに色々と売ってくれる商人なのだが、俺の言葉に困惑していた。


「に、兄ちゃん分かってるのかい? アンタ、それを全部売ったら武器も防具もないんだぜ?」

「仕方ないだろ、金が欲しいんだから」

「いや、あっしも金は好きだがね? 命あっての物種だろう? 向こうで騒いでた魔術師なら魔術でなんとかなるかもしれんが、アンタは違うだろう? 死体漁りくらいしか能がないあっしでも、アンタのMPの少なさは分かるんですぜ?」


 ゲーム中では序盤のお役立ちキャラでしかなく、ウダウダ言わずに売買が出来たのだが、この世界では最低限の常識は持ち合わせているようで、馬鹿みたいな売買その物を心配されてしまっている。


「それにアンタ、武器はともかく服まで売っちまったら寒くて仕方ないだろう」

「……む、確かに寒いのは困るな」

「当たり前でしょうに……それにこんなご時世だ。風邪でも引いて拗らせたら、上級ジョブの白魔術師でもない限り治せませんぜ?」

「ああ、風邪とか引くのか……ん? もしかして体調崩すと他にも病気になったりするのか? というか、白魔術師って毒とか火傷以外も治せるか?」

「そりゃ白魔術師の本業は回復ですから、大抵の病気なら治せますが……なんですかい? アンタは病気にもなったことがないんですかい? だったら、熱が出たらおでこを冷やすとかも知らんのと違います?」


 知ってるけど知らんのです。そうは言えずに固まってしまった。


 いやまさか、ダステラにあった状態異常のほかに、熱だとか風邪だとかがあるとは……。

 更に対症療法まで認知されているとは。とことんリアルになっているのだなと思いつつ、少しばかり考える。


 計画通りに事を進めるなら、ここでスケルトンロードの剣を含む初期装備を全部売って得た金で、MP回復ポーションをありったけ買うつもりだった。


 この後、魔術師が突如として現れたボスを相手に戦うのだが、その時に遠距離の安全地帯からチマチマ黒炎を出して倒そうとしていたのだ。


 味方となる魔術師は壊滅するが、そのお陰でボス戦に挑んで生き残った数が大幅に減るので、生き残った人数に応じて分配される経験値が多く手に入る。


 そのために出来るだけ魔術師が減るのを待ちつつ、安全地帯に陣取ってMP回復ポーションをがぶ飲みしながら黒炎を使いまくろうとしていたのだが、スケルトンロードの剣とメイスを売るだけの金ではボスのHPを削り切る前にポーションが尽きる。


 だからといって計画通りに服から何まで売って下着一丁では風邪をひいたりするようだ。生憎と風邪の治し方は知らないし、病院なんて無いのでリスキーすぎる。


 というか、よくよく考えたら下着一丁でシズクやジルドレたちの後を追ったらどんな反応をされるだろう。そもそも、全裸もいいところな格好で動き回るのは憚られた。


 ボスさえ倒せば、帝国魔術師のローブや帝国騎士のチェインアーマーなどが手に入るのだが、そこまでほぼ裸で黒炎を使いまくってたら、このリアルさだと飛び火で火傷になるかもしれない。


 そうなると、俺が取ることのできる選択肢は――


 いくつか城下街最初のボスの攻略パターンを思い浮かべながら、今の自分に出来ることと、俺の知らないダステラの世界とを考え、やがて一つの攻略法を思いつく。


 そのために、商人の並べているアイテムを確認し、このあと必須になる格安アイテムを見つけると、ニヤッと笑った。


「じゃあこの剣とメイスを売った金で、コイツをありったけ売ってくれ」


 指差したアイテムに、商人はまたしても困惑して「こんな物を?」と問いかけてくる。


 確かに、役立つところなんてほぼない安物の使い捨てアイテムなのだが、今の俺にはそれが大量に必要なのだ。


 そろそろ魔術師たちに合流しないといけないので、とっとと売ってとあるアイテムを買えるだけ買うと、イベントリにしまって商人の元を後にした。

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