転生先が物足りないので縛ることにする
――目覚めなさい。目覚めるのです。さぁ、早く。
……誰の声だ? なんとなく聞き覚えのある声だが、なんにしても、
「しつこいぞ……悪いが、ちょっと今勘弁してくれ……」
死んだような声を出すと、目覚めろとか言っていた声が止まった。
しかし同時に、とてもグロッキーに目覚めてしまった。
なにせ、何日も寝ずにVRアクションRPG『ダステラ』をやり続け、RTAの世界記録を取った瞬間に喜びと疲れの余りぶっ倒れたのだ。
さぞ、身体はバキバキになっているはず――
「……あれ、身体が軽い。それに、ここはどこだ……?」
記憶がたしかなら、取っ散らかった部屋の中でダステラをプレイしていたはずだ。
だというのに、周りはどういうわけか夜の草原だ。視界の先にはボンヤリと明かりの灯った、ダステラで見たことのある教会がある。
というか、この草原にしろ、あの教会にしろ、ダステラのRTA開始時に何度も見た景色だ。
「おいおい、夢の中でもプレイしてるのか?」
それにしては、頬を撫でる風の感触も、草木の匂いもリアルすぎる。
目に映る景色もダステラの開始エリアと酷似しているが、ゲームで表せるレベルを超えていた。
まさか……
「いや、落ち着け落ち着け……よく考えろ」
ダークネス・ステラード。通称『ダステラ』。
ゲーム界隈がVRMMOだの協力プレイだので賑わっている中、一部の熱狂的なファンだけがプレイする『完全オフラインゲーム』。
質の高いゲーム性と、プレイすればするだけ味の出るシナリオがコアなゲーマーを刺激した。俺もまたその一人であり、何年もやり込むうちに、世界で競われている『ダステラRTA』を始めたのだ。
そして、いかにしてゲーム開始からラスボス撃破までを早く攻略するか模索しプレイするうちに、ダステラの世界を隅から隅まで知り尽くした。
だからこそ意識がハッキリした今、見間違うはずもない。
ここはダステラのゲーム開始時にプレイヤーが誘われる『導きの教会』だ。
しかし、
「HPバーもないし、スタミナゲージもない……それどころか、UIが一切目に映らない……」
見下ろせば、着ている服はダステラのジョブ決定前の衣服だが、こんなにも汚れや皴が表示されることなどなかった。
「まさか、ダステラの世界に転生したのか……?」
湧き上がってくる興奮を押さえつつ、ここがダステラの開始エリアなら、導きの教会への道中に池があった事を思い出す。
足早に向かい顔を映すと、丸一日かけてキャラメイクした自らの分身『メネス』が映っている。
右目が青で左目が紫、そして真っ赤な髪の顔は、一度作って保存しておけば、RTA開始時に自動で反映される。
嫌というほど見てきた顔だが、こうして池に映るのを見たのは初めてだ。
そして嫌というほど見てきただけに、この顔がゲームで表わされるグラフィックのものではなく、血の通った人間の顔だと断言できる。
信じがたいが、こうまで条件が揃うと、もう信じるしかない。
俺はダステラの世界に転生したのだ。
そう理解するが否や、俺は柄にもなく声を上げて叫んだのだった。
「なんという行幸!! マルチの誘いを断り続けた甲斐があったというもの!!」
俺は、協力だのフレンドだのを目当てにゲームをプレイしている連中と違って、難易度が高く、自由な攻略法に惚れてダステラをやり続けたのだ。
その果てにRTA世界一位となり、もうやることがなくなったかと思えば、こうして転生を果たした。
リアルの感覚に酔いしれつつ、俺はこの世界で新たに生きていく事を大いに喜んだ。
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転生したのだと理解してからは、急ぎ足で導きの教会の門を潜った。
ここは所謂チュートリアルエリアであり、導きの教会の中で『ジョブ』と『初期装備』を決める。
導きの教会という名前の通り「ダステラの世界でどう生きるか」を決めるため、中には見知った説明役のNPCや、先ほど目覚めるように呼びかけてきた声の主である『女神ステラ』の像が祭られている。
だがそんな奴らはどうでもいい。ダステラについての説明なんて、もはや俺の方が百倍詳しい。女神を情弱扱いする自信だってある。
やり込んだのもあるが、シナリオ自体の骨組みが簡単だからだ。
長年擦られ続けた『魔王が世界を支配したので、女神が救世主を呼び、力を与えて倒してもらう』という大筋をなぞるだけなのだから。
ダステラが特異なゲームとされているのは、シンプルな骨組みの中に、フラグ管理の大変なNPCイベントが大量に仕込まれているからだ。
他にも攻略法が序盤のボス一体を引き合いに出しても数十通りもあり、それらが複雑に絡み合う事で様々なドラマが生まれる。
だからこそシンプルな世界観に、他のゲームにはない深みが生まれたのだ。
加えて高難易度な事から、純粋にゲームを攻略したいゲーマーたちを魅了したのだ。
やがて教会の中で待つと、ダステラの世界で見てきたキャラクターが沢山やってくる。
ゲーム中ではムービーで済まされてしまう各キャラクターの登場に胸を躍らせつつ、やがて女神像が神々しく光ると『救済の女神ステラ』が石造から現れた。
最初のプレイから数年、長い付き合いになった女神ステラは微笑むと、ジョブについてや、魔王の脅威などを語る。
「ここに集いし選ばれし者たちよ。今、この地は闇の力を操る魔王によって支配されようとしています。私は世界を破滅に導く闇の力と対を成す光の力を持つ女神として、あなた方に『女神の加護』を与え、魔王への力となる『ジョブ』と、私が祝福した特別な『武器』を授けます。どうか、それらを手に魔王の脅威からこの地をお救い下さい」
仰々しく語ったが、簡単に言うなら女神の加護はレベルが上がるごとに攻撃力が上昇する恩恵を得られ、祝福された武器は壊れにくい。ジョブは元から魔術などの素養がある人物の才能をさらに伸ばすことが出来る。
ここばかりは作中と同じだが、VRで見ていたら感じられない暖かい光を満面の笑みで受けていると、聞き覚えのある偉そうな声がした。
「ハッ! 魔王がなんだって? そんなの俺たち”アルカレリア魔術師団”が駆逐してくれるさ!」
おお、あの偉そうな声は……!
魔術大国『アルカレリア』の精鋭魔術師団の若きリーダーにして、序盤の噛ませ犬こと『ジルドレ』だ。
実力は高いがすぐに調子に乗り、ことあるごとにプレイヤーを馬鹿にしては、序盤のボス戦で高確率で死ぬ。
フラグ回収の速さとあまりにあっけなく死ぬものだから「なんとかして生き残らせてやる!」と躍起になるプレイヤーが一部だがおり、一応生きていると専用のストーリーや習得できる魔術もある。
だが、ハッキリ言って生かすだけ無駄な産廃魔術を高飛車な態度で教えてきて、最終的にはプレイヤーの助けで生き残った事を自分の実力だと誤認し、中盤には確定で死ぬのだ。
その際、あまりに惨めな散り様を見せるものだから、これまた一部のファンが二次創作などで生存ルートを書いたりするキャラであり、公式が主催する人気投票では物語に密接にかかわってくるキャラクターを押しのけて上位常連に名を連ねている。
所謂ネタ枠だ。
そんなジルドレが「さぁ! 早くしろ!」などと女神に迫ると、教会に集った者たちが光に包まれる。
ゲーム内ではここで選択画面に移行し、加護についての詳細や、ジョブの説明と武器の選択を委ねられる。
ゲーム中では選択画面へ移行するだけだったが、光の中では目の前に女神が現れ、その金色の瞳で優しく微笑むと、俺に問いかけた。
「さぁ、外の地より来し者よ。あなたはどのような選択をしますか?」
「おお、これが女神か……リアルだな……ふむ、どれどれ……」
「え……? ち、ちょっと何を……」
ゲーマーとして、なにより愛した世界で何度も顔を合わせながら”どうしてもできなかったこと”へ無意識に手が伸びていた。
「なんと! 髪の毛が固定されているのではなく一本一本別れているとは……!」
「あ……あの! ちょっといきなり……」
「グラフィックで表せるレベルを超えている、流石は転生しただけあるな。次は……おお! しっかり匂いまでするじゃないか! フルダイブだとかが現実で作られるまで諦めていたが、こうして体感できるとは……!」
「で、ですから! ちょ、近いです!」
女神が何か言っているが、耳に入らなかった。
そんな事より、グラフィックの限界と再現できなかった匂いの次は……
「よし、味も見ておこ……」
「近いですってば!!」
そこまで転生した興奮から耳に入らなかった女神の言葉が、叫び声からようやく聞こえた。
そして、俺もハッとする。転生したのなら、相手は女神とはいえ女性であり、そんな相手の髪をベタベタと触り、匂いを嗅ぎ、あまつさえ味まで確かめようとしていたのだから。
冷静になると、髪の毛から手を離して「すまない」と詫びる。
「女性相手に何たることを……本当にすまない。あんまりにも興奮したものだから、舐めるところだった」
「お、大声上げてなかったら、私はそんな目に……!?」
「悪い癖でな。興味のあるものを前にすると、周りが見えなくなるんだ」
「真面目そうな人に見えたのに、変わった方ですね……」
よく言われると返しておいた。事実、俺はリアルでもそういうキャラとして見られていた節がある。
今回にしても、女神が美人だとかより、ゲームとの違いばかりに目がいってしまうのだ。
女神もそんな目つきに気づいてか一歩退いて、コホンと咳払いしてからジョブと武器の選択を急かした。
「おっと失礼、どれどれ」
光に包まれた空間で、目の前には剣士や魔術師といったジョブが文字として浮かび上がっていた。
どれも最初は弱いが、やがて『上級騎士』や『大賢者』にランクアップする。
特定の条件をクリアすることでジョブが進化するのだが、さて俺は――と、考えようとして、ここはもうゲームの世界ではないと思い直す。
転生からこっち時間が経過している以上、ジョブの再選択はできないだろう。
だが、ここは現実世界より知り尽くしたダステラの世界だ。当然どのジョブを選んでも魔王を倒す自信はある。
しかしだ、それではあまりにつまらない。なにせ俺はダステラクリアRTA世界一位だ。
魔王だって千回以上殺している。世界を救った数なら、どんな英雄より上だ。
それほど愛した世界に転生したのだから、隅々まで探索し、楽しまなくては損だ。
しかし、高難易度であるこの世界を隅から隅までを攻略するのに、普通のジョブでは力不足だ。
もちろん、この場で最適核とも呼べる選択は出来る。もし死んだら本当に死ぬのなら、絶対に死なないように立ち回れるジョブだって知っている。
魔王を早急に倒せるジョブだって選べる。
だが俺は、俺なりにこの世界を楽しみ、冒険しつくしたい。
世界一やり込んだプレイヤーとして相応しいジョブでだ。
だとするなら、俺が選ぶべき選択肢は――
「さぁ、たった一人この地に呼ばれしあなたは、どのジョブと武器を選び……」
「悪いが、何も選択しない」
「……はい?」
女神は顔を歪ませたが、俺は続けて言ってやる。
「繰り返すが、俺は何も選択しない――ああいや、敢えて言うなら、俺の選択は『持たざる者』だ」
断言すると、女神は急に取り乱し始めた。
「も、持たざる者!? 私の加護もジョブの恩恵はなにもないんですよ!? あなたの能力を確認しましたが、タダの一般人ですよね!? 今からでも遅くはないので、正しき選択を……」
「いいから、とっとと選択を終わらせてくれ。何を言われようと、俺の選択は持たざる者一択なんだ。ああそれと、武器もいらない。つまり、アンタからはなにも貰わない」
「は、はぁぁぁ!?」
女神は、それはもう取り乱していた。これでも俺は女神が魔王の脅威からこの地を救う救世主の一人として呼んだのだ。
その相手が、ジョブも武器もいらないと言い出したのだから頷ける。
「わ、分かっているのですか! この地は魔物に溢れ、中には強力なボスだっているのですよ!? 死んだらお終いなんですよ!?」
「む、やはり死んだらお終いか」
当たり前でしょう! と怒鳴る女神だが、元々ダステラにデスペナルティやリスポーンと言った概念は無いに等しく、死んだら強制的に時間が巻き戻り、エリアの初めからやり直させられるのだ。
そこまで上手い話はないかと残念に思いながらも、同時に「難易度が高いほど燃える」思考が口角を上げた。
「とにかくだ、アンタからは何も貰わないし、世話にもなる気はない。だからこのあと夢に出てくるなよ?」
な、なぜそれを! と、女神が驚いていたが、ここでジョブと武器を選んでいた場合、冒険に出る明け方まで教会で夜を明かすのだが、その時に夢の中で使い方などを説明されるのだ。
もう聞き飽きているし、知っている。なにより俺は何も選ばなかったようなものだ。
これで俺は晴れて選ばれし者の中で唯一の「女神の加護を拒否した持たざる者」だ。
再三確認を取ってくる女神をシッシと払い「もう知りません!」とキレ散らかしてから光が晴れると、教会の中にいる者たちは、それぞれ新しい武器を手にしていた。
女神は一度こちらを睨んでから「明け方までお休みください」と、教会の奥にある大広間の扉を開けた。
ジルドレや他にも知っている顔が大広間へと向かう中、俺は一人コソコソと教会の壁に立てかけてある埃をかぶったメイスを手に取り、外へ向かう。
そこへ、流石に女神が止めに来た。
「なに勝手に取ってるんですか!」
「別にいいだろ? これは教会の備品で、アンタの祝福とかなにも受けてない武器なんだから」
「そ、それはそうですけど、私の祝福がなければ武器はすぐに壊れてしまいます! 攻撃力も低く、とても使えたものではありませんよ!? というか、あなた外に行こうとしてますよね!? 本当に死んじゃいますよ!?」
やかましいので「しつこいぞ」と、これまたシッシと追いやったら「もう絶対に知りませんから!」と、またキレていった。
まぁ、確かにジョブも祝福された武器もなしで、チュートリアルの終わった魔物が蔓延る外に出るなど、死にに行くような行為だ。
だがしかし、俺は教会を出ると足元の石ころを一つ確認し、ニヤッと笑ってそれを手に取り、教会裏手の墓地を目にした。
「さぁて、隠しルート限定の特殊ジョブを手に入れに行きますか」