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番外枝葉:スクラップブック〈問いと答え(1)〉

『だけどワタシ、わかっちゃったんです。もう、繋いでたんだって』


──


 メアさんの告白を断った日。門限ギリギリに戻った寄宿舎の自室に、鳴子の姿はなかった。最初のうちは、お風呂に入ってるとか自習しているとか、そんな風に考えていて。寄宿舎のどこでも出会わず、部屋に戻った形跡もないとわかった時は、結構慌てた。

 管理人さんから、『突発的に眠ったため保健室で寝かせている』と聞かされたのは消灯時間間際。当然、見舞いの許可は出ず。夢で会えたらと期待して眠ったけど、そんな都合の良いことはなかった。

 自覚した鳴子への気持ちだったり、プロムで一緒に踊れなかったことだったり。悶々・モヤモヤした気分は朝になっても続いた。


~~


「あの、鳴子居ますか?」

 朝。お見舞いすべく、いつもより早く登校して保健室を訪ねた。養護教諭の先生は、カーテンの閉じたベッドの方向に視線をチラと動かしてから、唇に人差し指を立てる『静かに』のジェスチャー。

 声を潜めて聞いた。

「ごめんなさい。眠っているんですね?」

「そうよ。昨晩からぐっすり」

「そうですか。でしたら出直します。失礼しました」

「せっかく来たのに、話さなくて良いの?」

 帰ろうとして呼び止められた。でも、せっかくなのは鳴子の方。

「はい。鳴子、いつも眠りが浅いから……。眠れているならそっとしておきたいです」

「そう。伊欲さんが来てくれたこと、舟渡さんが起きたら伝えておくわ」

「ええと、それも結構です。気にさせたくないので」

「優しいのね。わかったわ」

 そんな感じで、早々に保健室を退出。夜の眠りが浅い鳴子にとって、熟睡の機会は貴重だと思った。その後は、文化祭の片付けが忙しく、時間ができたのはお昼過ぎ。すでに鳴子は早退していた。


~~


「ただいまー。……鳴子、帰ってたんだ。体調は大丈夫? 沙耶やSrジョアンナに聞いたよ。プロムの時、急に眠っちゃったって」

 寄宿舎自室のベッドに鳴子の姿を見つけ、一安心。格好は部屋着のスウェット。髪に癖がついたので、直前まで寝ていたんだと思う。

 問いかけに鳴子は、元気のない声色で返した。

「体のことなら、大丈夫。ごめんね、昨日は一緒に踊れなくて。櫂凪ちゃんは、メアお姉様とのダンス、楽しめた?」

「えっ、あっ、うん。楽しかったよ」

 唐突にメアさんの名前を出され驚いた。話しづらい出来事を思い出して何を言うか迷っているうちに、鳴子は立ち上がって。

「わたし、ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 小声で言い、ワタシの隣をすり抜けた。どう考えても様子がおかしかったのだけど、ワタシの中では前日の突発的な睡眠と関連付き、体調不良という予想になった。

「顔色悪いよ? 本当に大丈夫?」

「気にしないで。大丈夫だから」

 背中越しの返事なんて、ほとんどなかったのに。

 恋はなんとやら、が過ぎる。


~~


 鳴子が部屋を出て十数分後。自室の扉が軽くノックされた。

「ごきげんよう。鳴子さんはいるかしら?」

 Sr(シスター)ジョアンナだった。早退した鳴子を心配して訪ねたそうで。

「ごきげんよう、伊欲です。鳴子なら、お手洗いに行ってしばらく戻ってません」

 ワタシは部屋の中から返事をした。見られたくないものがあり、上手く言えば見つからずに済むと思った。

「そう。具合が気になったのだけれど、心配ね。養生するよう伝えておいて。では、また改めて──」

 思惑通り、Srジョアンナは引き下がってくれた、けど。

「──あの! Srジョアンナにお話があるのですが!」

 結局、自分で扉を開けた。ちょうど良い機会に思えたから。鳴子には頼みづらいことであるし、Srジョアンナに話しもあった。

「いいわよ。何かしら?」

「話の前に、ベッドを動かすのを手伝っていただけませんか?」

「ベッド?」

 家具の位置を勝手に動かすのは、軽微ながら寄宿舎の規則違反。なので見られたくなかった。ワタシの後ろを覗いたSrジョアンナは、普段の穏やかな表情でいて、密着する二つのベッドを見た瞬間だけは目を見開いていた気がする。

 もしかしたらこの時すでに、何か察していたのかも。

「これは?」

「プロムに緊張して眠れず、引っ付けて眠ったんです。家具の位置を変えてしまい、すみません」

 嘘をついた。隠すと言うより、話がややこしくなるのを避けてのこと(悪夢解決活動は本題に関係がない)。

 Srジョアンナは僅かに沈黙。それから聞いた。

「……それはまぁ、そうね。注意しないといけないことだわ。でも、どうして私に知らせたの? 鳴子さんとコッソリ戻せば、誰にも知られずに済んだでしょう。もちろん、話してくれたのは素晴らしいし、嬉しくも思うわ」

「お話ししたいことに関係します。ただ、人に聞かれたくない個人的な事情で……」

「そうなのね。では、まずベッド(これ)を動かしましょう。事情を聞くのは応接室で良いかしら?」

「はい。ありがとうございます」

 二人でベッドを規定の位置に戻し、寄宿舎内の応接室へ移動。移動がてらに、ベッドの件を伝えようと鳴子を探したけど、トイレでもテレビ部屋でも見つけられず諦めた。


~~


 空調の音すら聞こえる静かな応接室。木製テーブルを挟み対面する二つのソファにそれぞれ腰かけ、最初にSrジョアンナが話した。

「定期面談で使うくらいだから新鮮ね」

「そうですね。……あっ、Srジョアンナは、お時間大丈夫でしたか?」

 今さら気にするワタシに、Srジョアンナは微笑みを返してくれた。

「もちろん。そうでなければお受けしないわ。相当緊張しているようだけど、無理は禁物。何もかも話さなくたって良いのよ?」

「ありがとう、ございます。でも、話した方が良いと思ったので」

「それじゃあ、聞かせていただこうかしら。伊欲さんの、話したいこと」

 つぶらな瞳を向けられ。

 大きく深呼吸をして、先に要件を伝えた。

「ワタシ、別の部屋に移りたいんです。鳴子とは、別の」

「鳴子さんと、喧嘩でもした?」

「いいえ──」

 と言いかけて、鳴子の微妙な反応を思い出し訂正。

「──多分、してません。むしろ、その、仲は良くて……」

 躊躇いで言葉が出なかった。いくら優しくても、シスター達は同性の関係を良しとしない(教義を持つ)。話せばどうしても『説教』になるし、そうせざるを得ない内容を耳に入れる行為自体、迷惑ではないかと気が重かった。

 しかしSrジョアンナは寄宿舎の監督をしている人であるし、夏休みにベッドを寄せているのを見られているし、入学以来お世話になっている。避けられず、避けるのも悪く、避けたくない。そして何より、『話すべき』だと理由のわからない予感がしていた。

 まごまごするワタシに、Srジョアンナは柔らかい声色で言った。

「伊欲さん、落ち着いて。私、頭ごなしに怒ったり、気持ちを変えさせたりはしないから」

「え、あ……」

「ほら。息をするのを忘れちゃっているわよ。もう一度、深呼吸しましょう」

 慌てて再度、深呼吸。

 息を深く吸って吐き、軽くなった体の勢いに任せた。

「……ワタシ、鳴子のことが好きだって、気づいてしまったんです。つい昨日、プロムの時に。まだ気持ちは伝えていません。それで、好きだから離れなくちゃいけないんです」

「そう、だったのね」

「驚かないんですか? それとも察してらっしゃったとか……」

 Srジョアンナは冷静で、ワタシの方が驚いてしまうほど。

「確信はなかったけれど、なんとなく」

「じゃあどうして叱らないんですか? 不自然だって」

「叱るなんてとんでもない。立場上言うべきことはあっても、伊欲さんが特別な人への愛に気づいたことは、とっても喜ばしいもの」

 なんなら喜んでくれてもいて、とりあえず、ホッと胸を撫で下ろした。


「部屋割りの件、本当に良いのね?」

 ワタシが落ち着くのを待ってから、Srジョアンナが再確認。

「はい。一緒にいると意識して、多分ぎくしゃくしちゃいます。それって鳴子、嫌な気分になるだろうから……。離れるのが一番なんです」

 返事をしたら、眉間に皺の悩ましそうな顔をされた。

「離れるのが……、まるでおうちの……」

「お家?」

「いいえ、気にしないで。でもそうね。部屋割りのことや鳴子さんとのこと、もう一度よく考えてみて。昨日の今日のことだもの。気持ちが揺らがないと思えたら、また声をかけてちょうだい」

「ありがとうございます。だけど多分、気持ちは揺らがないです。覚悟は決めているので」

 時間をもらったとしても、きっと気持ちは変わらない。鳴子と離れるのは辛いけど、それは新しい関係のための準備であり保険。告白して上手くいかなくても、同室でなければ気まずさは抑えられる。そんな考えだった。

「そうね。伊欲さんならそう……、あぁ、いけない。大事な確認が一つあったわ。最終的な決定には管理の方や学校との打ち合わせが必要なのだけど、どこまで事情を話して良いかしら?」

「鳴子に迷惑がかからないようご配慮いただければ、全部話してもらって構いません。せっかく相部屋に収まったワタシが部屋を変えたいだなんて、そのくらい事情を明かさないと話にならないでしょうから」

「……。わかったわ」

 しばらく考え、Srジョアンナは普段の表情に戻った。

「ところで伊欲さん、これで話は全部?」

「へ……? あ、はい、すみません。急にお呼び止めして、こんなこと」

「謝らないで。喜ばしいことなのよ」

「でも……」

「それじゃあ、貴女が懸念している話をしましょう。私の立場上、伝えなくてはならない話をね」

 真っすぐ真剣な視線に息をのんだ。

 当然ながら否定はされる。話す前からわかっていたこと。

「話の前に。伊欲さんは信徒ではないので、これからする話は意見もしくは考え方の紹介と捉えて。あと、教義そのままではなく部分的に、貴女向けの表現で話すわね」

 ワタシが頷き、『説教』が開始。Srジョアンナは物静かな様子のまま、それでいてどっしりと厚みのある声で話しを始めた。


「私達信徒は、しゅがお創りになった御計画を大切にして生きていて、その御計画を伝えるたくさんの御言葉の中に、『産み・増え・この地を管理せよ』や『男女は結び合って一体となる』という内容があるの。結び合い一体となるのはとても幸福なことかつ、御計画に基づく自然なこと。主はその機会を人にお与えになり、『結婚』という制度を定め祝福くださる。結び合う相手がいない場合もあるけれど、今回は置いておくわね」

 ここで言う結婚は、法律上の婚姻とは意味が違う。産み増えることを重要な使命・幸福と捉える世界観(前提)の元、男女が出産・育児を遂行するため夫婦となり、互いへの生涯の愛(支え合い)を主の前で誓う制度、みたいな。

 結び合って一体というのは、男女はどちらか片方だけでは不完全で、夫婦として支え合って完全(一体)になれる存在として造られた(精神的な意味も含む)、という意味。多分。

 要するに、男女の結び合いの自然さ(適当さ)の話。また、それ以外──同性同士の関係の不自然さ(不適当さ)を説く前振り。

 Srジョアンナは続けた。

「そんな結び合いに関連して御言葉では、『欲望・欲求に振り回されない』ことや、直接的に『同性同士の関係を禁ずる』ことを説いていらっしゃる。おおよそこれらから、私達信徒は同性同士の関係を、『主の御計画に沿わない、欲望に振り回された不自然な結び合い』と考えているわ」

「欲望に振り回された、不自然な……」

「出産の目的なく結び合おうとするのは、『快楽が目的』と捉えるためね。乱暴な言い方になってしまったけれど、考えは伝わったかしら?」

 一つ一つの言葉が、心に重く届く感覚。それにちょっとだけ、メアお姉様が真理華を傷つけたことが頭をよぎった。世界的に信徒が多い(共感する人が多い)考え方なのだし、同性同士の関係に近い意見を持つ人は、(信徒に限らず)世間的にも多いはず。

「わかります。わかりますけど……」

 だけど鳴子を好きだと気づいて、同性同士でも結び合いたいと、そうあっても良いとワタシは考えた。欲望だけならあの夜、鳴子を選んでない。

 何か言おうとして、考えがまとまらず口ごもった。

「けど……、えっと……」

 言葉が出ないワタシに、Srジョアンナはゆっくり言い聞かせた。

「焦らなくていいのよ。私の想像だけどそれは、貴女のための『答え』だから」

「ワタシの、ため?」

「貴女は私にではなく、貴女自身からの『問い』に答えたいんだと思うの」

 ハッとした。説教を聞いたり、何か言おうとしたりする自分の行動が腑に落ちて。ワタシは『答え』を探していた。なのにそのことはおろか、何に疑問を抱いているのか──何が『問い』かさえ自覚していなかった。

 Srジョアンナに話すべきだと感じたのは、シスター達が明確に答えの反対──問い側の存在だから。恐らく教義の中に、ワタシにとっての問いもある。

 そんな無自覚な気持ちを汲んで、Srジョアンナは説教をしてくれた。内容自体は本気で言っていたんだろうけど、目的はワタシに気づかせること。おかげでわかった。ワタシは同性同士の関係に疑問を抱いていて、答えを持ちたいと思っている。

 問いと答えであれば、取るべき行動はシンプル。調べて、考えれば良い。試験勉強と勝手は違っても、取り組む根気は役立つはず。

「……ありがとう、ございます。一人でじっくり、考えてみようと思います」

「ええ。ぜひそうしてみて」

「あの、どうして、ワタシが自問自答してるって思ったんですか?」

 あまりにもお見通しだったのが気になり、尋ねるワタシ。

 首を傾げて答えるSrジョアンナ。

「わかりきっていそうな説教を求められて、応じたら不満気な反応が返ってきたから、とか?」

 言われて納得。

 深く頭を下げる他なかった。

「すみません! ワタシ、とても失礼な態度を……!」

「ふふ。そうかもしれないけど、それでいいと思うわ。さっきも言ったけど、伊欲さんは特別な人への愛に気づいたばかり。心いっぱいにその人を想ってしまうものだし、想っても良いのよ」

「……ありがとうございます。Srジョアンナ」

 頭を上げたら、Srジョアンナは穏やかな笑顔で。許された、と思ったのと同時に、別の疑問(罪の意識?)が浮かんだ。

「あの、Srジョアンナ。ワタシ、良いんでしょうか。この学校にいて」

 ミッション系の学校に居て(しかも学力特待生で)、こんな反発した考えで良いものか。

 即答だった。

「良いのよ。修道女を養成するのではなく、御言葉を広く伝えることが目的なのだから。それに、貴女はちゃんと御言葉を理解してくれていると私は思っているわ。まずはそれで良いし、それが全てなの」

「なるほど……?」

「御言葉が貴女の人生の助けになれば、主の存在を感じる助けになれば、それで。……私の話は以上。文化祭の後片付けで疲れたでしょう? 今日はゆっくり休んで」

「あっ、はい」

「では、ごきげんよう。鳴子さんによろしくね」

「はい! ごきげんよう、Srジョアンナ!」

 話の終わりはさっぱりと。重苦しくない雰囲気で、Srジョアンナは応接室を去った。

 ワタシは見送った後、端末室のPCで調べ物をして自室に戻った。


 勉強の根気で答えを探そう。鳴子に告白する、その日のために。……なんて。呑気なワタシは、『その日』は少なくとも今日明日の近さではない、まだ先なんだと思ってた。

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