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第三十葉:星の輝きが強いほど、影は

 壁の中の暗闇を抜けて、視界が明るくなる。……明るくない、薄暗い。起きてるのになんで? 意識の中なら櫂凪ちゃんの視点の、プロム会場が見えるはず。もしかして、夢の中、とか?

 ううん、場所なんか関係ない。今すぐ櫂凪ちゃんに想いを伝えなくちゃ。メアお姉様よりも、早く……!

『櫂凪ちゃん、わたし──』

 心に呼びかけるつもりだった。意識だろうと夢の中だろうと、好きだと伝えられれば間に合う気がして。

「──好きよ、櫂凪ちゃん。後輩でも妹役(いもうと)でも友人でもなく、ただ一人の、特別な人として」

 ……暗さに目が慣れてきた。執務個室のソファに、櫂凪ちゃんとメアお姉様がいる。普通のこと。灯りが点いてなくて、暗い。夜だから普通(?)のこと。

 じゃあ、二人がキスしているのは?

『なん……、で?』

 きっと理由が──どうして部屋を暗く──でも何か──メアお姉様は服を──何かあるはず──鎖──鎖? ……鎖! 櫂凪ちゃんの手足に、金色の鎖が繋がってる!! 無理やりなんだ、これは!!!

『やめてください、メアお姉様っ!! こんな乱暴!!!』

 そう、言ったのに。声が籠る感じがして、口をパクパク動かすだけになった。櫂凪ちゃんのそばに行きたいのに、半透明のワタシの体は壁に埋まってて近づけない。

 二人の唇が離れる。メアお姉様と《《目が合った》》。

『……え?』

 そして、わたしの元へと真っすぐ来て手の甲を振る。振り払う。

『ヤダっ、ヤダよっ! 櫂凪ちゃん!!!』

 手が顔を通り抜け、散らされた煙みたいに視界がボヤけて白くなった。

 この感じどこかで……。わかった、戻る時の──。


~~


 ──次に見えたのは、緑色の笹が一本生えているだけの真っ白な空間。強制的に、わたしの夢まで戻された。櫂凪ちゃんのところへ戻ろうと念じても、笹の葉をむしって使おうとしても、何も起こらない。それどころか、目も覚めない。

 どこからともなく声が聞こえた。メアお姉様の声が。

『(~~もしかして、本当に鳴子ちゃんだったりしてね。でも、わたくしは悪くないわ。わたくしが想いを伝えることを止める権利は、鳴子ちゃんにないもの)』

 聞きたくない。なのに直接、頭に響く。

『(鳴子ちゃんにだって、想いを伝えるチャンスは何度もあった。毎日同じ部屋で眠って、一緒にダンスの練習だってして。わたくしは櫂凪ちゃんを入学以来気にかけていたんだから、むしろチャンスを与えているくらい)』

「しりませんっ、聞かされたって!」

『(それにわたくしは男性嫌いでもない。男女問わずあらゆる人を吟味してるの。想いの丈だって負けてないつもり)』

「でも! それが櫂凪ちゃんに乱暴していい理由には──」

『(──乱暴だって、わたくしはしてない。櫂凪ちゃんは、嫌なら嫌とハッキリ言えるし、態度で示すことができる人よ)』

「そ、そんなの、怖い思いをしたらどうなるか……」

 櫂凪ちゃんは前にそう言ってた。でも、実際に怖い目にあったらできなくなっても不思議じゃない。……って言おうとして、言葉がでなくなった。気づいてしまったから。

『(鳴子ちゃん。貴女はわたくしにとって、大切な妹役(いもうと)。だけど櫂凪ちゃんへの想いは譲れないの。ごめんなさいね)』

 その言葉を最後に、メアお姉様の声は聞こえなくなった。


 ついさっきの光景が頭に焼き付いて離れない。櫂凪ちゃんの手足に繋がれた金の鎖は、少しも張ってなかった。メアお姉様が目の前まで迫っていたのに、腕は払い除けてなくて、脚も……。

「……最低だ。わたし」

 空っぽになった心を、気持ち悪いドロドロが埋めていく。勝手に好きになって、心を覗いて、告白を盗み聞きして、失恋して。……櫂凪ちゃんによこしまな、いやらしい目を向けた。

 男の人が苦手だったのはたぶん、同族嫌悪。あんなに嫌だと思ってた性や支配を想像する眼差し。それと同じものが、わたしにもあった。同意なのか知ろうと、櫂凪ちゃんの脚を見たから。受け入れてるかを、脚で……。

 こんなの、友達としてもありえない。特別な人に見せる姿を覗いて、こんな。

「うっ……、うぇ……。気持ち悪いこと考えてごめん……」

 吐き気がする。自分の考えが気持ち悪くてたまらない。男の人と違って生殖本能だとか理由付けもできなくて、嫌な欲望だけが浮き彫りに見えた。

「ごめんなさい……、ごめんなさい……」

 わたしの心は汚れてる。だから、もう。


☆☆☆☆☆


「~~目が覚めたのね、鳴子さん。気分はどう? 調子が悪ければ病院に付き添うわ」

 ……ほけんしつのてん井と、Sr(シスター)ジョアンナの声。穏やかな笑顔で、わたしの手を握ってくれてる。気分は……ある意味悪いけど、体調が悪いわけじゃない。

 これ以上心配かけないよう、身を起こした。

「体は大丈夫です。あの、わたし、どうしてたんですか? 今はいつの何時で……」

 閉じたカーテンに、外の明るさが透けてる。

 何時間くらい眠ってたんだろう。

「今は朝の九時よ。貴女は昨夜のプロムから今朝まで、ずっとここで眠っていたの。文化祭の後片付けには出なくて良いから、寄宿舎に戻ってお休みなさい。時間外だけどシャワーを浴びられるよう、管理の方に伝えておくわ」

 顔色を見ながら、Srジョアンナは枕の横にわたしの制服を置いた。ベッド下には靴もある。……起きられなかったのは、きっと罰。夢に入るチカラを、私利私欲に使ったから。

「アクセサリーはこっちに置いてるから、忘れずに持ち帰って。それじゃあ、私はこれで」

「Srジョアンナっ、この度はご迷惑をおかけしました。すみませんでした」

 夜通し付き添わせ、シスター達にはご迷惑をかけた。とても申し訳ない。

 下げたわたしの頭を、Srジョアンナは優しく撫でた。

「いいのいいの。気にしないで。付き添っていたおかげで、たくさんお祈りと黙読ができたわ。私の方こそごめんねさい。一晩中(うな)される貴女を、癒すことができなくて……。悪い夢でも見ていたんでしょうね」

 悪い夢。そうだったらどんなに……。

 どうであれ、シスター達はなんにも悪くない。

「謝らないでください。悪いのはわたしなので……」

「鳴子さんこそ。体質なのだから、責任に思わないでちょうだいね。では、ごきげんよう」

 軽く手を振り、Srジョアンナは保健室を出ていった。


~~


「……」

 保健室を出て、執務個室前。メアお姉様は不在の様子。ドレスを返しに来ておいて、ホッとしている自分がいる。

 取っ手にかけちゃおうかな……。いや、なくなったら──。

「──目が覚めたか。大事ないようで良かった」

「っ、理事長……?」

 理事長室の扉が開き、出てきた理事長がわたしを心配した。真理華さんの事を聞いた手前、話しづらい。……保健室に運んでもらったことはお礼しなきゃだよね。

「あの、昨晩はご迷惑をおかけしました。保健室に運んでいただき、ありがとう、ございます」

「気にしなくていい。転入時より想定していた対応だ。……あぁ、そうだ。これを」

 スーツのポケットからハンカチを取り出し、手渡してくれる。昨日、プロムで涙を拭いてもらったもの。メアお姉様のことはあっても、わたしのために一晩残ったり、ハンカチをくれたり。とても生徒思いの、律儀で真面目な人……。

「本当にいただいて良いんですか?」

「昨晩言った通りだ。それより、メアに用事か? 文化祭の後片付けのため、戻るのは夕方になる。出直す方が賢明だろう」

 ハンカチを受け取ってすぐ、話題が変わった。気を遣ってくれたのかもしれない。……言ってみたら、これの対応もしてくれないかな。

「わかりました。お借りしたドレスを返却したかったのですが、出直します」

「ドレスを……。私が預かれば済む話だが、ハンカチ以上に扱いを慎重にすべきか。ついてきなさい」

 そう言って理事長は、職員室にわたしを連れて行き、何人かの先生に声をかけた。『メアが取りに来るから、触れないように』と。ドレスをわかりやすい棚に置いて。


「~~これで安心できるか? 経営者として口封じする可能性までは払拭できていないが……」

「口封じ……。いえ、大丈夫です。わざわざありがとうございます」

「礼を言うのは私の方だ。メアのことでありがとう」

 職員室を出る時、なぜだか理事長にお礼を言われた。真理華さんの一件で『口封じ』という言葉がどうしても気になったけど、オウム返ししても表情は一切変わらなかった。

もしかしたら、昨日のことは本当に……。


~~


 ドレスを返却した後は、真っすぐ寄宿舎へ帰宅。学校敷地内はどこでも文化祭の片付けをしていて、サボってるみたいでちょっと気まずかった。その分、寄宿舎は静かで、洗濯室もシャワー室も独り占めだった。

 全部済んでやることがなくなった後は、部屋のベッドで一人、櫂凪ちゃんが戻ってきた時のことを考えた。メアお姉様とのことを聞いてしまうか、聞かないでおくか。

 結局、一縷の望みに期待するばかりになってしまって、考えはまとまらなかった。


~~


 午後になって、扉の向こうが騒がしくなる。文化祭の後片付けが終わったっぽい。……全部、悪夢だったら。わたしが見たものは、全部──。

「──ただいまー。……鳴子、帰ってたんだ。体調は大丈夫? 沙耶やSrジョアンナに聞いたよ。プロムの時、急に眠っちゃったって」

 櫂凪ちゃんが帰ってきた。わたしが部屋着のスウェットを着てるからか、開口一番に心配までしてくれる。いつもと変わらない優しさに期待して。

「体のことなら、大丈夫。ごめんね、昨日は一緒に踊れなくて。櫂凪ちゃんは、メアお姉様とのダンス、楽しめた?」

「えっ、あっ、うん。楽しかったよ」

 あっさりと打ち砕かれた。メアお姉様の名前を出した途端に泳ぐ、櫂凪ちゃんの目線。明らかに何か隠してる。……ホント、わかりやすいなぁ。

「……わたし、ちょっとお手洗いに行ってくるね」

「顔色悪いよ? 本当に大丈夫?」

「気にしないで。大丈夫だから」

 また、気分が悪くなってきた。現実だったショックもあるけど、詮索したり素直に祝福できなかったりする自分に。トイレだと逃げ場がないから、外の空気を吸いに行こう。


~~


「……あれ?」

 いつのまにか、ねてた。さっきのことは夢……じゃない。本館前広場まで来て、立ったまま眠ったらしい。日が傾いて寒いし怖い。脚も疲れた。ビリビリ腕輪は二分間隔にしてたのになんで──うわ、電池切れてる。

「またやっちゃった……」

 櫂凪ちゃんと初めて出会ったあの日と、おんなじ。転入初日も腕輪が電池切れになって眠っちゃったっけ。いきなり眠っちゃうの、こんなに心細かったんだ。

 油断すると(しなくても)また眠っちゃいそうだから、腕をつねりながら帰った。

 ちょっとの仮眠でも、嫌なことが全部夢だったらって期待して、辛くなる。


~~


 夕飯前の時間は、自習室に行ってるはず。顔を合わせるのが怖くて、扉を開ける決心がなかなかつかない。

「……ただいま」

「鳴子?! こんな時間までどこ行ってたの??」

「外に。散歩して、少し眠っちゃっただけで──」

 櫂凪ちゃんは部屋にいた。顔を見るなり言われ、心配してたんだって伝わってくる。迷惑かけて悪いし、待っててくれたのは嬉しい。なのに、別のことが気になった。

「──ベッド、どうして?」

「あー、えっと……。体調悪そうだったし、離した方が良いかなって。Srジョアンナに動かすの手伝ってもらったよ。『プロム前に緊張して眠れなかった』って言ったら、お咎めなしで済んでね」

「……そうなんだ」

 また、櫂凪ちゃんの目が泳いでた。嘘ついてる。怖くて理由は聞けない。もし、心を覗いたことや、わたしのいやらしい考えに気づかれてたら、とても耐えられない。

「っ、どこに行くの?!」

「夕飯。……じゃあね」

 腕輪の電池を交換して部屋を出た。

 どうしたらいいのか、どうしたいのか、自分のことがわからない。


~~


『ねぇ、知ってる? プロムの日にメアお姉様、誰かと抱き合っていたんだって』

『あぁ、それね。ここだけの話、お相手は中等部の伊欲櫂凪さんだそうよ。寄宿舎(ここ)にいる、あの』

 お夕飯時。近くの席で高等部の人達が話しているのが聞こえた。幸いにも、櫂凪ちゃんは食事を終えて退席してる。反応を見ずに済んで良かった。聞きたくない話題なのに、食べ終わらないせいで席を立てない。

『へぇ……。どうしてあの子なのかしら』

『思い出作りの、お戯れじゃない? 困窮してる子に夢を見せてあげようっていう。それにしても施し過ぎに思うけれど……。あーあ。羨ましいー』

 違う。メアお姉様の櫂凪ちゃんへの想いは、思い出作りでも、お戯れでも、施しでもない。本物。逆もまた。……気分が苦しくなる。今日はもう食べきれないや。

 どんどんグズグズになっていく自分を止められない。


~~


 やっと消灯時間になった。自習室でも部屋でも気にされてるのはわかったけど、櫂凪ちゃんと目を合わせなかった。話しかけられないように。話せばきっと、メアお姉様との関係を聞かされる。

「お、おやすみ、鳴子」

「……おやすみ」

 離れたベッドで、顔を背けて眠っても。櫂凪ちゃんは変わらず『おやすみ』を言ってくれた。自分がどんどん嫌いになる。理由も知らない櫂凪ちゃんに、不機嫌をぶつける自分が。わかっていても、気持ちのコントロールができない。


☆☆☆☆☆


 夢の中。静けさ。一本の笹と、いつもの真っ白。悪夢に繋がる黒い渦は出てない。いっそ渦があれば気がまぎれるのに、なんて一瞬でも考えそうになって自己嫌悪。気分転換に、あてもなく夢の中を歩いてみる。

 ……違う。初めて櫂凪ちゃんの夢に入った時みたいに、偶然で夢に入ることを期待して歩いた。歩いても歩いても何もなくて、飽きて笹のそばに座った。

 ……。

 ……。

 ……静けさが辛くなるなら、初めから──。

「──鳴子っ、あのね!」

 え……? 櫂凪ちゃんがいる……?? なんで……???

 ちょっと離れたところに制服姿の櫂凪ちゃんが立ってて、何かを言った。けれど。

「ワタシ、伝えたいことが──」

「──行かないで! 櫂凪ちゃん!!」

 蜃気楼みたいに揺らいで、姿は消えてしまった。夢、まぼろし、これが……。

 悪夢ってこんなに苦しいんだ。

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