第二十七葉:宇宙と星のドレス
開会挨拶が終わり、楽器隊の演奏が再開。夕霞プロムナードが始まった。最初の種目は、デモンストレーションと同じウィンナ・ワルツ。夕霞ではあまり人気がないらしいけど、そうとは思えないほどダンスフロアは盛況。高等部の人達が、スカートの裾を触れ合わせながら踊ってる。
わたしは入口横に戻って中等部の時間まで休憩。メアお姉様はダンスフロアで次から次へと、たくさんの人をお相手した。開始早々に休む暇なしで疲れないのかなぁ。
「鳴子っ。さっきのデモ、とっても良かったわ」
「沙耶ちゃん! ありがとう!」
戻ってすぐ、沙耶ちゃんが声をかけてくれた。アンティークな御扇子を開いてわたしを手招き、踊ってる人達に顔を隠してコソコソ話。
「貴女を睨んでいた先輩達ったら面白くってね。最初は余裕で見ていたのに、途中から脚でステップの動きをしながら考えごとしてたの。焦ってフィガーでも思い出してたんでしょうね」
フィガーってたしか、ステップの組み合わせ……、みたいなことだっけ。踊り方を思い出そうとしてたってことかな。
「先輩達がやる気になったなら良かったー」
「ほんっと、貴女は毒気がないわねー。ま、対抗心もやる気と言えなくもないし、間違ってないか」
扇を閉じて、沙耶ちゃんは腕組み。ニヤリと笑った。
「とにかく。一発かましてくれて、同じ中等部として鼻が高いわ」
「うん? 褒めてくれてうれしい!」
「次はウチを覚えさせなきゃだから、準備しときなさいよ」
「タンゴだよね? わかった!!」
そんな感じで、沙耶ちゃんとの作戦会議(?)は終了。ダンスを眺めて気になったことを聞いてみよう。
「ねぇ沙耶ちゃん。メアお姉様って疲れないのかな? ずっと踊りっぱなしで」
視線の先で踊り続けるメアお姉様。だけど周りには、順番待ちの人達が何組もペアを作って、踊りながら待ってる。いくつか種目をまたいでも、お相手しきれなさそうなほど。
「そりゃあ疲れるでしょ。だから皆、早いうちからお誘いをかけるのよ」
「どういうこと?」
「メアお姉様って、最後まで会場にいらっしゃることはあんまりないの。お疲れになったら途中で抜けて、そのままお戻りにならない時もあったそうよ」
「そうなんだ。そうだよね、踊りっぱなしは疲れるよね。今年の種目は、ウィンナ・ワルツ、タンゴ、クイックステップ、ワルツ~~の流れで序盤から運動量多いし、早くしなきゃメアお姉様は疲れて──そっか、だからこの順番なんだ」
体力があるうちに運動量の多い種目を踊って、ワルツでひと落ち着き。夕霞で一番人気の種目はワルツだけど、メアお姉様がいつまで会場にいてくださるのかはわからない。一緒に踊りたかったら、敷居が高い種目に挑戦した方が確実。なるほど。
「でしょうね。ウィンナ・ワルツは目が回る、クイックステップは速すぎ、タンゴは恥ずかしいって感じで消極的な人が多いから。ま、わたしはやるけど」
実は、タンゴを恥ずかしがる気持ちはちょっとわかる。顔で踊るみたいなネックアクションが、多感な学生には情熱的過ぎる気がして。
「じゃ、また後でね」
「行ってらっしゃい!」
中等部の時間になって、沙耶ちゃんはダンスフロアに入っていった。わたしは改めて踊る気分でもなかったから、クラスメイトの踊りを見て楽しんだり、会場の端っこで他の種目の動きを確認したり。
種目が変わった後の高等部の時間は、沙耶ちゃんと二人でリハーサルして過ごした。
~~
「鳴子。作戦はわかってるわね?」
「本当にやるの?」
「当たり前でしょ。来年からお世話になる高等部の人達に、ウチの存在を知らしめておかなきゃ!」
ダンスフロアで手を重ねてすぐ、沙耶ちゃんから指示される。二人して見つめるのは、来期の高等部生徒会の人が集まる辺り。前の種目で中等部の子のほとんどが委縮して近づかなかった(沙耶ちゃんは行く気だったけど、ペアの子が渋って断念していた)エリア。自分から乗り込もうなんて、自信に溢れててカッコいい。
「行くわよ! 鳴子っ!」
タンゴらしいキレのある音楽がチャッチャとかかって、ステップ開始。お目当ての生徒会テーブル前には、踊り始めの早いうちに到着した。二人で息を合わせて、ネックアクション!
逆を一瞬向いてから向きたい方を向く動きはタンゴで間違いないのに、沙耶ちゃんがやるとなぜだか、歌舞伎の見得を切ってるみたい。それ以外にも、コントラチェックで首を倒す振り付けとか、色々たっぷりやっていく。
沙耶ちゃんは動作こそ大きいけど、体幹をしっかり維持してて、重心がわたしにかかり過ぎないようにしてた。強引なようで、実は自制してる細やかさが沙耶ちゃんらしい!
「ふふふ。これでウチの存在を焼きつけられたわね」
生徒会テーブルだけじゃなく高等部の人の前を通る度にばっちりアピールして、都合の良いタイミングで引き上げ。最初は恥ずかしかったのが、思い切ってやっていると段々爽快になってきて楽しかった!
「一緒に踊ってくれてありがとう! 楽しかったよ!」
「ウチの方こそ。狙いを汲んでくれて気分が良かったわ。また踊ってあげてもいいわよ」
「こちらこそ! また踊ろうね!!」
認めてもらえてうれしい。満足したらしい沙耶ちゃんは、あっちこっちに行って、クラスメイトとお喋り。しばらく踊りはお休みかな?
わたしは会場内を散策したり、サービスのドリンクを貰って休憩したり。ゆっくり過ごして次に備えた。
~~
「鳴子さん! 準備はできてる? 一緒に楽しもう!!」
涼香ちゃんがわたしのところまで駆けてきて、手を取る。中等部のクイックステップの時間になった途端に。名前の通りテンポが速くて、スキップみたいに跳ねる感じが楽しい種目。だけど、かなり心配。
「が、がんばってついて行くね、涼香ちゃん!」
スピードの速さと運動量の多さで難易度が高いせいか、ダンスフロアはガラガラ。高等部もほとんどの人が休憩モードだった。中等部の参加者は五組ないくらいで、わたし達の他はみんな、メアお姉様と踊ることが目的。
そんな中を涼香ちゃんは、キラキラ眩しい笑顔で進んだ。なんとなく、結構大変なダンスになりそうな予感がする。
構えた途端にノリの良い曲がかかって、予感は的中。涼香ちゃんは陸上の号砲が鳴った時みたいに、さっそくステップを踏んだ。何度も一緒に練習した動きと同じ。でも一歩一歩が更に大きくて、音楽にノっている分──わたしのことを気にしてない分──、足さばきがとにかく速い! もう、ほぼ走ってる!!
クイックステップは『笑顔で楽しく』が良いらしいけど、頭が空っぽになって勝手にそうなっちゃうかも! ひゃー!!
半時計回りのLODを守っていても、ペアごとでスピードやルーティンが違うから、結構距離が縮まって危な──くない──やっぱ危なっ、くない! 涼香ちゃん、暴走してるようで見えてる? 目で見てないから音?? 気配???
角のところで回転したり、脚を後ろにたたむステップホップしたり。タップも。常にぴょんぴょん跳ぶし音楽もノリノリだから、見ている人も自然と手拍子。すごい一体感! あっという間にワンセット終わっちゃった!!
「はぁ……、はぁ……。涼香ちゃん、ありがと、楽しかっ──」
「──鳴子さん! 私すっごく楽しくて!!! もうワンセットやろう!!!!」
「えぇ??!!」
「いいでしょ? こんなに楽しく踊れたの初めてなんだ! 鳴子さんともっと踊りたい!」
目をキラキラさせていう涼香ちゃん。うぅ……、そんな顔されたら断れないよぉ。
「お、おっけー。もう一回だけね?」
「ありがとう! あははっ、今日は最高に楽しい会だね!!」
答えた瞬間、手を引かれてもう一回。強引なのに、楽しんで笑う涼香ちゃんを見ていると許せちゃうし、わたしも楽しかった! さすがに三回目は足が疲れてごめんなさいしたけど。
沙耶ちゃんも涼香ちゃんもダンスに個性が出てて、素敵なところを再発見。もっと仲良くなれた気がする。そして次の曲はワルツ。櫂凪ちゃんが唯一覚えた種目。
つまり。
もうすぐ会える!
~~
クイックステップの時間が終わって、短い休憩時間。次のワルツが一番の人気種目だから、ダンスフロアや観覧席は大賑わい。ワルツを【特別なペア】で踊ることにしてる人が多いからか、独特の落ち着かない雰囲気がする。メアお姉様がいないのも影響してそう。
期待の気持ちが満ちる会場で、たぶん、わたしだけが不安な気持ち。お声がけしないといけないのに気が進まない。……でいたら、あちらから声をかけられた。低く響く声で。
「ごきげんよう。中等部三年A組、舟渡鳴子さん。ワルツで良かったな?」
「あっ、はい。すみません理事長。わたしから申し込んだのに……」
「気にしなくていい。こういう場では男性が誘うのがマナーだ」
差し出された大きな右の掌に左手を重ねる。見上げるくらい高い身長に、厚い胸板。暗色のスリーピーススーツ。会場内で唯一の男性【雨夜警護】理事長。
四十代後半の、大人の魅力溢れる渋い見た目。メアお姉様のお父様なだけあって、俳優さんみたいに整った顔立ち。近くの子から黄色い声が漏れ出てた。
夕霞プロムは生徒主体の場でありながら、お願いすれば理事長や先生、シスターとも踊れる。ここまでの種目でも時々、理事長達は生徒の相手役をしていた。シスターや先生をお相手に指名した子は、お友達と踊るのとそう変わらない雰囲気をだったけど、理事長を指名した子は、『大人の男性』を期待している感じだった。
わたしも、そうだと思われてるのかな。
「~~は無くて大丈夫なのか?」
「へ? ご、ごめんなさいっ、ボーッとしてて……」
話しかけられると思っていなかったから、びっくり。心臓が跳ねる。
無いって、なんだろう?
「こちらこそ、いきなり話しかけてすまない。覚醒用の腕輪が無いのが気になってな。だが、無粋だった。ドレスには合わせるには、少々無骨なデザインだったと記憶している」
「覚醒用……、ふふっ。たしかに、ドレスには合わなさそうです。最近は急に眠らなくなってきたので、今日は外したままにしてます」
冗談……、かな? 目覚まし腕輪の機能を正確に言うとそうなるのかも。おかしくて思わず笑っちゃった。でも意外。入学面接の時に一度説明したっきりなのに、覚えてくれてたんだ。
突発的に眠っちゃうのは、櫂凪ちゃんと夢でも一緒に過ごすようになってからほとんどなくなってる。ということは言えないので、眠らなくなったことだけ説明。理事長は、厳めしい表情を微笑みに変えて──え???
「それは良かった。貴女の体質の改善に、夕霞の環境がどれほど寄与できているのかはわからないが……。できる限り協力するので、気軽に意見してほしい」
「は、はいっ」
あまりにも自然に、普通に、親切に、理事長はわたしの変化を喜んでくれてる。真理華さんのことで疑うべきだと思えなくて、頭が混乱した。この人が本当に、真理華さんをもてあそんで、『関わるな』って言ったの……?
「そろそろ時間だ。行こうか」
手を引かれて、ダンスフロアの中心付近へ。高等部の人がたくさん準備してた。中等部の時間じゃないけれど、高等部の人に逆指名された場合は踊っても良いから、その応用ってことにしとこう。
……メアお姉様と櫂凪ちゃんは、まだ来てない。
「気になることでもあるのか?」
向かい合って構えてるのにきょろきょろしちゃったせいで、理事長に気にされた。
「これから友達が来るので……」
「友達……。貴女と同じクラスの、伊欲櫂凪さんか。姿が見えないから不思議に思っていたが、予定通りなら安心だ。しかし良かったのか? 友達と踊らないで」
「え、と。後で踊る約束をしてるので、大丈夫です。櫂凪ちゃんも、最初はメアお姉様と踊りますから」
理事長の眉がぴくり。
わたし、何か変なこと言っちゃった……?
「それでメアはドレスを……、いや、この子もそうだから決めつけは……」
「どうしたんですか?」
「あぁ、気にさせてすまない。メアのことだから貴女達を同等に目立たせるつもりなんだろうが、ワルツを踊るだけで釣り合うものかと思ってな」
「それなら……。メアお姉様、櫂凪ちゃんを特別なペアに指名してて、長めに踊るとおっしゃってました。そんなことって、あんまりないんですよね?」
返答したら、また理事長の眉が動いた。表情が険しくなった気がする。
「特別な……」
言葉にして考える理事長。
その声をかき消して、会場入口の方向から騒めきが広がってくる。
『メアお姉様よっ!』
誰かの言葉で、皆の視線が入口へ。曲の開始を待っていた人達が道を開けた。
色とりどりのドレスの花道。
その真ん中を進んでくるのは、燕尾服姿のメアお姉様と──。
「──櫂凪ちゃん……」
濃紺と黒のグラデーションドレスを身に纏う、櫂凪ちゃん。艶やかな黒髪と、スレンダーで長身のスタイルが鋭くて……、美しい。
長袖だしマキシ丈だから布地が多く見えつつも、デコルテは広め見せ。たぶん、背中も開いてる。スキンケアしてたから。真面目な櫂凪ちゃんにしては、挑戦的なデザイン。肩から腰までは体にフィット、脚から裾までのスカートが広がるマーメイドライン。ボディの布地には煌びやかなビジューとストーンの装飾、スカート裾には黒色のファー。似合ってる。とっても。
……まるで、出会ってすぐの頃の、夢の中みたい。
宇宙と星のドレス。それが、第一印象。ドレスの暗色の宇宙に、ビジューとストーンの星が浮かんでいるようだった。表現してるのは夜空なのかもしれないけど、わたしの知ってる櫂凪ちゃんは、本を読みながら宇宙を漂うイメージだもん。
青が混ざってるのは、知性の青、の意味かな。黒は何にも染まらない黒。なんにせよ、櫂凪ちゃんらしさが表現されてる。靴の白は……、白は……。……たぶん、差し色。左手首に咲く白のプロムコサージュの花と、首に巻いた白のスカーフと計三ヵ所で。コサージュはメアお姉様の左襟のブートニアと、スカーフは髪に巻いた物と、お揃い。
特にスカーフは、ネックレスが普通のところをあえてそうしていて、印象づけるために巻いてるんだってわかる。わかっちゃう。
……あぁ、わたしは。
考えたことがない、と言うと嘘になる。男の人が苦手になって以来、もしかしたらって、時々。でも、はっきり『そうだ』って感じたことは今まで無かった。
沙耶ちゃんみたいに芯が強くて女性的な魅力がある女の子にも、涼香ちゃんみたいに快活でボーイッシュな女の子にも、メアお姉様みたいに完璧な人にも。友達へ向けるものと違う気持ちは湧かなかった。男の人には、それ以上に。
当たり前だよね。だってわたしは、その違いをわかるために、ずっと試して、比べていたんだから。隣で眠って、一緒に夢の中に入って、パパとママを紹介して、秘密だって打ち明けて。そんなことができて、したくなる相手が、わたしにとっての【特別な人】。なのに。
メアお姉様に手を引かれて歩く櫂凪ちゃんは、とっても幸せそうな顔をしてた。あんな表情、見たことない。
……あぁ、わたしは、櫂凪ちゃんのことが好きなんだ。
特別な人が隣にいなくなってはじめて、わたしは特別に想う気持ちに気がついた。




