第二十六葉:デモンストレーション
「わぁ……、すごぉい……」
体育館の中は、体育館じゃなかった。ステージの上で輝く大っきなシャンデリアと、楽器隊の生演奏! 驚いて思わず瞬きしちゃう!! 周りのどこを見ても豪華な内装は、ダンスパーティ会場そのもの!!!
学校がこんなに変わるなんて、まるで夢でも見ているみたい。
「鳴子ちゃん。ちょっといいかしら?」
「メアお姉様っ! 男装姿、とっっってもお似合いです!!!」
「うふふ、ありがとう」
会場入ってすぐの場所にメアお姉様がいらっしゃって、声をかけられた。黒の燕尾服がカッコよくて、長髪をまとめたヘアアレンジが可愛くて……。すっっっごく、すごーーーく、綺麗!!! 美人!!!
でも、わたしに何のご用事だろう?
「どうしたんですか?」
「少し時間があるから、今のうちに練習するのはどうかと思って」
デモンストレーションの! 合わせた練習は二回しかしてないから、ぜひお願いしたい! しなきゃ!
「こちらこそお願いしたいです! ここではじめますか??」
「ステージ裏にしましょう。皆に見せるのはまだ早いわ」
「わかりました!」
先を歩くメアお姉様について、ステージ横の入口へ。扉の横に黒髪ポニーテールで燕尾服の高等部(?)生がいて、わたしをチラリと見た後、メアお姉様に話しかけた。
「この子がお気に入り三号ちゃんか。他二人とずいぶん雰囲気が違うね」
「何号とか。わたくしの大切な妹にそんな言い方しないで」
「あぁ、この子は『そっち』じゃないと。だったら早く、ご執心の『夕顔の君』を拝みたいものだね」
「もうっ! わたくしがお相手しなかったくらいで拗ねて、みっともないわ。……行きましょう、鳴子ちゃん」
メアお姉様はわたしの手を引き、扉を開けてスタスタ奥に。あの人、誰なんだろう? 顔はじっくり見れなかったけど、クールな雰囲気だったなぁ。
「あの、メアお姉様、さっきの人は……?」
「高等部の、来期の生徒会副会長。去年あんまりしつこく言うから女役で踊って差し上げたのだけど、今年断ったらずっとあんな調子で。困ったものね」
「そうだったんですね。かっこいい人なのに」
「良いのは見た目と家柄だけだから、鳴子ちゃんは関わっちゃダメよ。もし声をかけられたら、わたくしに相談してちょうだい」
小階段を上って、ステージ裏手に到着。機材や楽器ケースが置いてあるのに、まだまだそこそこの空きスペース。軽い練習にちょうど良さそう。
「それじゃあ、さっそく始めましょうか」
「お、お願いしま──あれ? 爪、切っちゃったんですか?」
手を重ねた時に、メアお姉様の爪が短くなっていることに気づいた。昼はそうでもなかったような?
「よくわかったわね。短い方が男装に合うと思って」
「たしかに! でも、せっかく綺麗に手入れされていたのに、もったいない気もします」
「じゃあ、来年は女役でネイルして見せようかしら。その時は、男役でお相手してくれる?」
「もちろんです!」
練習の始めは、軽いステップ。メアお姉様のリードは言い表せないくらいすごくて、どう動けば良いか自然に導かれる感じ! 体が勝手に動く!! すごい!!!
「鳴子ちゃん、とっても上手になったわね。運動神経が良いとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったわ。他の種目も一通りできているんでしょう?」
「そんな、できるってほどじゃなくて……。友達と踊って遊べるくらいです」
「それでも凄いわ。人の倍くらい練習しても難しいはず。夢の中でも練習してそうね」
「……へ?」
「あぁ、違うわね。練習する夢を見ちゃいそう、と言いたかったのよ。たくさん練習したら、夢にでてきそうじゃない?」
びっくりした!! メアさんにも不思議なチカラがあって、夢の中で練習しているのがわかったのかと思っちゃった!
「えっと……。練習で疲れてたので、夢も見ずにぐっすり眠っちゃってました!」
「ふふ。それもそうね。だったら今日は、いっぱい頑張った分、たっぷり楽しんでちょうだい。デモンストレーションを見たら皆、きっと驚くと思うわ」
「はいっ!!!」
結局、練習できたのは十分程度だったけど、さすがメアお姉様。本番がちっとも不安にならないくらい、バッチリ息を合わせてくれた。
「~~ここまでにしておきましょうか。開会まで時間はあるから、ゆっくりしてね」
「ありがとうございました! ……あの、櫂凪ちゃんとは練習しなくていいんですか?」
わたしにばかり時間を使って良かったのか気になって。
メアお姉様は、余裕の微笑み。
「ええ。鳴子ちゃんの動きがわかったから大丈夫よ」
「わたしの動き?」
「櫂凪ちゃんに教えたのは鳴子ちゃんなのだから、これで予想がつくわ」
「なるほど! さすがメアお姉様!!」
「さすがなのは貴女よ、鳴子ちゃん。櫂凪ちゃんをあんなに素敵にしてくれて、どうもありがとう。……では、本番で会いましょう」
すれ違ってわたしの横を通り過ぎ、メアお姉様はおっしゃった。何も変なことは言われてない。……なのに、どうして。
どうしようもないくらい胸騒ぎがして、止まらなかった。
──
─
開会までの十数分は、入口近くの壁際で待機。沙耶ちゃんが撮影許可を取ってくれていたから、沙耶ちゃんや涼香ちゃん、クラスの子達と写真を撮ったり、普通にお喋りしたり。
「ねぇ沙耶ちゃん。入場制限があっても、体育館だけじゃ狭くない?」
テーブル席が高等部の人達で埋まっているのを見て、気になった。
素人質問に、沙耶ちゃんは呆れ顔。
「おバカね。参加者全員が同時に集まって踊るんじゃないわ。踊りは休み休みに、観覧席までお喋りしに行ったり、外で夜空を見たり、夜の学校をドレスで歩いたり。普段できない過ごし方をするのよ。最初からいない人もいるし、満足したら途中で帰る人もいるわ」
「へぇー。思ったより自由なんだね」
「生徒主体の、内輪の会だもの。お堅い会なんて嫌でも経験させられるんだから、たまには羽目を外したいもの。ま、庶民の貴女にとっては、精一杯フォーマルに過ごしてちょうど良いくらいかしらね」
得意気に言う沙耶ちゃん。初めての参加らしいのに詳しい。さすが、情報通!
「教えてくれてありがとう!」
「どういたしまして。……? メアお姉様??」
ステージの方向からメアお姉様が歩いてくるのに気づいて、沙耶ちゃんが不思議そうにする。近くのテーブルに居る人全員が立ち上がって、いつもの挨拶と一礼。わたし達も一緒に挨拶した。
「「「「「「ごきげんよう、メアお姉様」」」」」」
「ごきげんよう。そんなにかしこまらなくていいのよ? もっと気軽に接してちょうだい」
困った調子でおっしゃるメアお姉様。周りの人はみんな、何のご用事かソワソワしてる。罪悪感と優越感で複雑な気持ち。今さらになって、わたしも櫂凪ちゃん並みに恨まれ……るかどうかはわからないけど、目立っちゃうことを実感。
誰かに理由を尋ねられる前に、メアお姉様はわたしの手を取った。
「鳴子ちゃん、行きましょうか」
「よろしくお願いします!!」
ちょうどのタイミングで、ステージ上の楽器隊の人が演奏を止め、その横にいるドレス姿の放送部(?)の人がアナウンス。
『間もなく、夕霞プロムナードを開会します。練習中の生徒の皆様は、待機位置に移動してください』
練習中の人達が、ダンス用パネルの上から、赤絨毯エリアに移動。わたしの横で沙耶ちゃんがハッとする。
「鳴子、もしかして貴女──」
「──うん! メアお姉様とデモンストレーションするんだ!」
「えぇ?!」
沙耶ちゃんは面白いくらい驚いた。涼香ちゃんはわかってる風の顔で、クラスのお友達は驚きと怖がり(?)が半分ずつ。それ以外の高等部の人や他クラスの人は、ピリッとひりつく感じの表情をした。
メアお姉様は全員をさらりと見て、不敵な笑み。
「ご安心なさって。この子、歴が浅いだけでしっかり踊れる子だから。きっと、皆がうずうずする演技をお見せできると思うわ」
あわわ。思いっきりハードルが上がっちゃった。ひりついてる人達も火に油を注がれたみたいで、キツい目でわたしを見てる。……こうなったら、やるしかない!
覚悟を決めたところで、アナウンスの続きが聞こえた。
『開会に先立ちまして、高等部二年雨夜メアさんと、中等部三年舟渡鳴子さんに、デモンストレーションを行っていただきます。種目はウィンナ・ワルツ。曲名は~~』
会場全部からの注目が集まる。ステージ上では、軽やかで滑らかな演奏がスタート。照明が暗くなり、スポットライトが当たった。メアお姉様の右手とわたしの左手を重ね、空いてる腕は横に広げて、ダンス用パネルの中心まで移動。移動も演技の一部だから、動作は堂々と大きく。カウント、ワン、ツー、スリー……。
「鳴子ちゃん。リラックスして、音楽にのれば良いのよ」
「! そうでした!!」
おっしゃっているのは『緊張しなくて良い』の意味と、たぶんリズムの事もあると思う。二拍目がちょっと長いんだっけ。動き出さないと、なかなかしっくりこない。
「動きましょうか。お互い、楽しみましょうね」
「はいっ! メアお姉様も!!」
真ん中に到着。一度、左右に広がり手を離して回転。ちょっと距離を取ってメアお姉様と向かい合った。お互いに両手を広げて進み、構え。……メアお姉様、睫毛長いなぁ──じゃ、なかった! 集中!!
右手は横に伸ばしメアお姉様の左手と握り合わせ、左手は曲げて掌をメアお姉様の右の二の腕の上辺りに沿え、肘を高く。メアお姉様が、わたしの左脇の下から右手を通して、背中を支えやすいように。端じゃなくて真ん中スタートなので、ルーティンは少し特別。いきなり移動せず、その場で回転するフレッカールから。わたしとメアお姉様が、二人の間に軸のある一つの駒になった気分で、くるくる、くるくる。
ドレスの後ろ裾がヒラヒラなびいて、気分はお城のお姫様。なんだか楽しくなってきた!
わたしのドレスは、他のダンスも想定してスカートの質量感は抑え気味。だから、遠くからでも良く見えるよう、動きはなるべく大きく。スカートの下は見えても良いのを履いてるから安心。ウィンナ・ワルツはテンポが速いから、夕霞ではあまり人気がないそうだけど、ステップの種類は少ないし、映画とかで見る舞踏会イメージそのままの回る動作が可愛くて、わたしは好き! 目は回る!!
フレッカール後はステージ左側まで、ナチュラルターンやリバースターンをしながら移動。着いたらゆらゆら左右にシャッセして、ダンスフロアを大きな楕円で反時計回り。
広い場所を一組で使っているから、ゆっくりしてられない! ここからはほぼ動きっぱなし!
わたしが前進する時は、メアお姉様の足の間に右脚を進め、ターンで後ろ向きになったら、メアお姉様がそうして。不思議な感覚。移動方向やタイミングはリードされてるのに、息がぴったり合っているからずっと気持ち良い。
メアお姉様、ハミングしてる! 楽しいのかなっ!!
音楽に合わせて、ステップとターンの連続。見ている人には、ずっと回りながら移動しているように見えるかも。わたし達を捉え続けるスポットライト、速いようで上品な緩急のある演奏、ニコニコ笑顔のメアお姉様。本当に夢みたい!
動き続けるだけじゃ見てる人が飽きちゃうだろうから、時々止まって右足を下げ、背中をそらすコントラチェック。左足重心で、メアお姉様が出した左足が地面につくまで、下げた右足は耐えて……、やった! ばっちり!!
ぐるりとフロアを一周してステージ前へ戻った頃には、曲も終盤。フレッカールしたり、手を離して二人別々に回転したり。最後はまた合流して、曲の終わりに合わせてメアお姉様が左手高くわたしの右手を上げ、その下でくるり。見ている人の方を二人で向いて、左足を下げるお辞儀で締め!
すっっっっっっごく、楽しかったー!!!
『素晴らしいデモンストレーション、ありがとうございました。皆様、盛大な拍手をお願いします!』
アナウンスに重なって、大きな拍手が会場中から聞こえてくる。こんな経験、人生で初めて。浸ってたいけど、理事長からの注意事項説明とか、生徒会の人の開会宣言とか、続くプログラムの邪魔にならないよう端に退避。
メアお姉様はわたしの手を取って、優しく微笑んでくれた。
「ありがとう鳴子ちゃん。とっても楽しかったわ」
「わたしもすっっっごく楽しかったです!!!」
「良い思い出になったのなら良かった。あのね、鳴子ちゃん。わたくし、貴女に謝らないといけないことがあって」
「謝る? 何をですか??」
心当たりがない。でも、メアお姉様は真剣な顔。
「貴女が転入してくると聞いた時、わたくしは福祉だと思ったの」
「福祉?」
「男性が苦手とか、突発的に眠ってしまうとか。苦労している貴女に良い学習環境を提供し助けることが夕霞女子学院の務めだと思った、ということよ。でも、わたくしの考えは間違いだった。貴女は助けが必要どころか、わたくしや夕霞の生徒に良い刺激を与えてくれる子だったのだから」
「良い刺激だなんて、そんな……」
「周りを御覧なさい。貴女に負けたくないって、今すぐ踊りたそうにうずうずしているわ。やっかみを持っていた、さっきの子たちだってね。貴女が真っすぐに取り組むものだから、恥ずかしくて恨めないのでしょう」
メアお姉様が言う通り、厳しい目を向けていた人たちは、もうわたしを見てない。会が始まったらすぐ声をかけようと、メアお姉様をロックオンしてる。
「お役に立てたなら良かったです。わたし、人に助けてもらってばかりだから……」
うちは裕福じゃないから、普通だったらこんなお嬢様学校には転入できない。それなのに夕霞女子学院は、わたしの体質を考慮して特別に受け入れてくれた。何かしたつもりはなかったけど、恩返しになっていたのならすごく嬉しい!
「貴女は確かに、冷めていた夕霞の生徒に熱を与えてくれたわ。櫂凪ちゃんもそうだけど──あっ、ごめんなさい、わたくしったら! せっかくの鳴子ちゃんの晴れ姿、櫂凪ちゃんが見られない段取りにしてしまっていたわ」
言われてびっくり! そう言えばそうだ! メアお姉様とのデモを見せられなかったのは、正直、残念かも。でも、櫂凪ちゃんとは後で一緒に踊れれば、それで良いかな、うん。
わたしはあんまり気にしてないのに、メアお姉様はしょんぼりしてる。元気づけなきゃ!
「大丈夫です! わたし、櫂凪ちゃんと踊れれば良いので!!」
「そうは言っても……。本当にごめんなさいね、ダメダメなお姉様で……」
「ダメダメじゃないです! それに、少しくらいのダメダメも可愛いなって思います! ……はっ! すみません、失礼なこと言っちゃいました」
「いいのよ。可愛いってあんまり言われないから、嬉しい。貴女は素敵な子ね」
優しい笑顔が戻ってくる。良かった。
……けど、なんだろう。いつもと違うような──。
「──本当に素敵。……ありがとう、期待に応えてくれて」
「えっ?」
「では、また。今夜はゆっくり楽しんでね」
そう言って、メアお姉様は角のところの、同じクラス(?)の人が集まるテーブル席に行ってしまった。ステージから開会宣言が聞こえる。
『~~これより、夕霞プロムナードを開会します。一夜限りの舞踏会、皆で楽しみましょう!』
楽しい会の始まり。緊張するデモンストレーションが終わって、息も落ち着いた。
なのに、胸騒ぎは止まらず続いた。




