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第二十四葉:夕霞プロムナード(2)

 文化祭初日を終えた夜。寄宿舎自室のベッドの上で。鳴子はワタシの背中に保湿クリームを塗り込んでくれながら、落ち着きなくどんどん話した。

「わたし達を見て来てくれた人も結構いたみたい。ちゃんとクラスの役に立てたし、あとは明日を楽しむだけだね! あー、高等部の文化祭もプロムも、楽しみだなー!」

 ワタシは今日の疲れと明日への不安で、そこまでの元気はない。

「こっちは不安が勝ってるよ。庶民がメアさんとペアとか、皆から絶対恨まれるもん」

 明日はいよいよ、文化祭二日目。初日は中等部のワタシ達が出店・催し側だったけど、二日目は高等部が出店・催し側。だからワタシ達は、初等部や卒業生、保護者(女性)と一緒にお客として参加する。……そんなことはともかく。

 ワタシにとっての本命は、二日目十八時から文化祭の締めくくりとして開催される、校内ダンスパーティ【夕霞せきかプロムナード】。文化祭そのものは十四時には終わるプログラムに止め、片付けを簡易なものにして(翌日に回して)まで注力して行われる、夕霞女子学院生徒にとって特別な意味を持つ伝統行事。

 参加資格は『夕霞女子学院の生徒であること』。だけど聞くところによれば、実際は細かな暗黙のルールがあって、『中等部・高等部の三年生』と『フロア入場者に誘われた生徒』、及び『会にふさわしいと誰もが認める生徒』のみがダンスフロアへ入場できるそう。その他の生徒は観覧席のみ利用できる。中等部の三年生も入場できる理由が、『高等部に進級せず嫁ぐ人がいた頃の名残』というところに、花嫁養成学校と言われることもある夕霞の歴史を感じる。

 ワタシは庶民だから(鳴子も)、夕霞プロムは参加資格よりも、ドレスコード的な問題で観覧席すら遠い話だった。でも今年は全校生徒が認めるどころか憧れる【雨夜あまよメア】お姉様に誘われ、それどころかドレスまで用意してもらって、参加することになった。なってしまった。しかもダンスのペアのお誘いまで。どうしよう。

 不安に押しつぶされそうなワタシの気持ちも知らないで(?)、鳴子は能天気な様子。

「大丈夫! おめかしした櫂凪ちゃんを見たら、みんな納得してくれるよ!」

「無理無理。ワタシ、鳴子みたいに皆から好かれてないし……」

 眠たくなってきた。クラス催しのお化け屋敷の仕事で、一日ずっと外で看板持ちしてたから──。


☆☆ ☆


 ──丈がとんでもない長さに改造された白ワンピースを身に着け、つば広の白帽子を被り足場台の上に。ワンピースが足場台を隠して、背の高い妖怪(?)に見える仕組み。『ぽ』としか喋っちゃいけないとかで、呼び込みは中華風衣装を着た鳴子が、顔にお札を貼った状態でやっていた。

 チラシを配ったり、愛嬌を振りまいたり。どちらかと言えば鳴子の方が大変だったろうに、ワタシの世話をしてくれて──。


  ☆ ☆☆


「──起きて、櫂凪ちゃん。背中塗れたよ。服着たら、またうつ伏せに寝転んで」

「……えっ、あっ。いいけど、どうして?」

 起こされた流れで言われるまま、パジャマの上を着てベッドにうつ伏せ。

 鳴子がワタシの足元に移動する。

「立ちっぱなしで動けなかったでしょ? むくみがでたら良くないから」

 ふくらはぎを優しくマッサージされた。疲労がじんわりと薄まって気持ち良い。ここ一ヶ月半ほど、鳴子は美容でもダンスでもなんでもサポートしてくれている。背中のスキンケアもそうだけど、最初の頃は体に触れられるだけで気恥ずかしかったのに、今ではすっかり慣れてしまった。

「ありがと。終わったら鳴子にもやったげる」

「いいの?! うれしい!」

「もちろん。いつも助けてもらってるから。……ほんとに、ありがとね」

 何から何まで、鳴子に助けられてばかり。クラスの催しも、皆と仲の良い鳴子ならお化け屋敷の役だってできたのに、ワタシを一人にしないよう看板持ちに回ってくれて。おかげで立っているだけの時間がお喋りの時間になって、ずいぶん気楽だった。明日は一緒に高等部のお店を回るし、プロムでも踊る予定だから楽しみ。……こんな風に、勉強以外のことを楽しみだと思えるようになったのは、間違いなく鳴子のおかげ。

 ワタシとしては日々の感謝も含めて言ったつもりだったけど、鳴子は最近のことだと思ったらしく。嬉しそうにしつつも謙遜した。

「わたしなんか全然! ダンスはメアお姉様にプロの先生を派遣してもらったし、ドレスも、美容品も、全部──」

「──メアさんのことはそうだけど、その嬉しい事をもっと楽しくしてくれたのは鳴子だよ。ダンスもドレスも、鳴子が一緒に楽しんでくれたから、ワタシも自然に楽しめたんだと思う」

「櫂凪ちゃん……」

 しんみり、したのは一瞬。

 鳴子の手が足から腰に、そこそこ力強く揉まれた。

「そんなうれしいこと言われると、全身マッサージコースをサービスしたくなるよ!」

「ちょ、待っ、力つよっ! そこはしなくていいから!」

「安心して! 力加減は分かってるから。こういうのはちょい痛いくらいがベストなんだよ!」

「ホントに?? 鳴子の『ちょっと』はワタシの『かなり』だからね?!」

 その後しばらくはしゃぎ、上がったテンションが落ち着いたタイミングで、消灯を待たず眠った。疲れもあって、眠りに落ちるのはあっという間。さすがに悪夢うんぬんも、今日明日はお休み。

 夢に入らないから繋がない手が、やけに寂しく感じる。こんなの普通のことで、前は何とも思ってなかったのに。


──


 時刻は十五時を少しまわった頃。文化祭二日目(文化祭部分)が終わり、鳴子と共に寄宿舎へ帰宅。適度な疲労感と過剰気味な満腹感で気分が良い。プロムの準備は、一休みしてからかな。

 鳴子は両手で大きく伸びをした後、ベッドに座ってお腹をさすった。

「はぁー、食べた食べた。焼きそばもホットドッグも、立派な具材だったねー」

「それだけの値段するからね。メアお姉様がくれた引き換えチケット、総額いくら分だったんだろう……。というか、これから踊るのにあんなに食べて大丈夫なの?」

 文化祭中、鳴子は食べ物の模擬店全てを制覇する勢いで買い食いしていた。出されていたのは文化祭によくあるメニューだったけど、お嬢様学校だけに材料は高級かつ高品質。庶民のワタシ達にはおいそれと手が出せない値段をしていた(と思う。チケット事前購入制なので詳細不明)。

 だけど幸いなことに、メアさんがたくさんの飲食チケットを譲ってくれたので、ワタシも鳴子もタダ飯(?)にありつけた(メアさんのクラスの『使用人喫茶』で着せ替え人形にされたので対価だったのかもしれない)。たくさんチケットを貰ったから、たくさん食べることになったとも言える。

 腹具合の心配を杞憂だとでも言いたげに、鳴子は軽やかに立ち上がった。

「平気! 余裕で消化できるよ! それより櫂凪ちゃん、さっそく身支度に行こう!」

「もう? まだ休んでたって──」

「──やることはたくさんあるの! ギリギリだと混雑するかもだし! さぁ、行こっ!」

 息つく暇もなく腕を引かれ、部屋を連れ出された。こんな慌ただしい日々も、今日で一区切り。ちょっと、寂しい。


──


「……そろそろ時間だ。また後でね、鳴子」

「うん! また会場で!! 一緒に踊れるの楽しみにしてるね!!!」

 身支度もひと段落。良い頃合いなので、ドレスに着替えるべくメアさんの執務個室に行く。ワタシはメイクの仕上げや着付けのサポートを、メアさんのスタッフの人にやってもらうことになっているからだ。一方で鳴子は、体育館の更衣室で着替え。着付け等は卒業生や保護者からなるボランティアのサポートを頼るらしい。

 人でごった返す更衣室で、隙を見つけて頼まないといけないとか……。あてにできるものなのかな。

「ねぇ鳴子、本当に大丈夫? 今からでもメアさんに頼んで──」

「──心配ご無用! わたし、バッチリ頼めてるから! 涼香ちゃんのお母様がね、手伝ってくれるの。涼香ちゃんが男装ばっかりで毎年退屈らしくって」

 要らぬ心配だった。鳴子はしっかり、自分の伝手つてを持っていた。交友関係の広さは、本当にワタシと正反対。驚きの社交力と言える。

「安心した。ワタシも、一緒に踊るの楽しみにしてる。鳴子みたいに色々は無理だけど」

「一つ覚えただけでもすごいことだよ! ワルツは何回か流れるらしいから、休憩しつつ踊れて逆にちょうど良いかも!」

「でも、覚えたってだけで脚運びも回転もヘロヘロで──」

「──ストップストップ! これから楽しい会なのに、ネガティブはもったいない! 現実でも夢でもいっぱい練習したんだから、あとは楽しもう! ってことで、いってらっしゃい!」

 不安を口にした途端、肩を掴まれて回れ右。扉へと送り出された。鳴子の言う通り、楽しい会に自分で水を差してはもったいない。

「……うん。いってきます」

 喋るとまたネガティブを言いそうなので、言葉少なに部屋を出る。次に鳴子と会うのは、会場の中。ドレス用インナーよし、入場チケットよし、スカーフよし、その他諸々よし。うん、忘れ物はない。

「……?」

 扉の前で荷物の最終チェックをしていたら、どこかで金属が擦れ合う音がした。まただ。ここ最近、時々聞こえるようになった不思議な音。そんな音が鳴る金属製品は近くにないし、見回しても何もないのに。気にしても仕方がないけど、何なんだろう。


~~


 校舎本館に向かう途中、視界の端に体育館が見えて足が止まる。特別な日だと一目でわかるくらい、灯りが煌びやかに輝いていた。他にも、体育館と駐車場を往復する校内送迎車が走っていたり、ドレス用のメイクをした生徒が歩いていたり、シスターがボランティアの人達を誘導していたり。楽しいイベントの雰囲気が校内に満ちていた。


~~


「……」

 到着した執務個室前。一呼吸置いて扉をノック。

「ごきげんよう、伊欲櫂凪です」

 人気ひとけ無く静かな廊下に声が響いた。胸の鼓動を聞いているうちに、扉が開く。

「ごきげんよう。待っていたわ、櫂凪ちゃん」

 迎えてくれたメアさんは、燕尾服にエナメルシューズの男装姿だった。メイクは、本来の美しさを損なわない最小限に。美しく長い金色の髪は、うなじの高さにまとまるようポニーテール(?)を折り返して留め、留め部の辺りを白百合のスカーフでリボン結びにマスキング。

 格式高い正礼装が放つ凛々しさと、可憐なヘアアレンジが醸すしなやかさ。相反するはずの魅力が、使用者メアさんによって完璧に調和していて──。

「──どうしたの? わたくしの顔に何かついていて?」

「……はっ。あ、いや、その」

 男装の麗人を言葉のままに。未知の美しさを目の当たりにして、考えが口から出てこない。口の動かし方を忘れてしまった。……だけど、それで良いのかもしれない。ワタシにできる表現じゃ、メアさんを表すには陳腐になってしまうから。

「もうっ。気になることがあるならおっしゃって。わたくし、貴女の隣に立つ者として、できる限り自分を高めておきたいと思っているのよ?」

「となりに……」

 目がチカチカする。そうだ。今夜ワタシは、この美しい人と踊るんだ。改めて事実を認識した瞬間に目頭が熱くなって、体が浮き上がるような、地に足がつかない感覚がした。……多分、これが悦びなんだろう。

 大それた自惚れの自覚はある。自意識過剰だって理解もしてる。なのに、まるで『ワタシのために』メアさんがそこに居てくれている気がした。

「……す……です」

「す?」

「す、すてきです、とても、本当に。ごめんなさい、上手く言えなくて……」

 しどろもどろに言うワタシ。

 メアさんは口元を手で隠して、少し笑った。

「うふふ。褒めてくれてありがとう。愛の告白かと思ってドキドキしちゃった。そんなに思いつめる必要はないのよ? だって貴女は、わたくしと並び立つに相応しい存在ですもの」

「並び立っ……そんなことないです! ワタシなんかが!!」

「いいえ。これがその証明になるわ。生まれも育ちも何もかも違うわたくし達の、唯一の共通点であるこれが」

 首を軽く動かして、髪に結んだ白百合のスカーフを見せてくださるメアさん。それだけじゃなく、ワタシが首に巻く同じ物に触れもして。……ダメです、これ以上は。勘違いしてしまうんです。自分が特別な貴女の、特別な存在だって。

「他にも、持ってる人はいます。何も特別じゃないです」

「……あら。わたくしがこんなにも言葉と態度を尽くして価値を認めているのに、櫂凪ちゃんは否定するのね。意地悪だわ」

 ぷい、と顔を背けられた。


 あぁ、そんなつもりじゃなくて!!!


「はっ、あっ……」

 視界が暗い、狭い。息が苦しい。忘れた。どうやって、息。

 それより、誤解を解かなきゃ!!!

「ちがっ、違うんです、そんな意味じゃっ……!」

 必死に伝える。

 メアさんはワタシの両肩に手を置いた。

「落ち着いて、櫂凪ちゃん。ごめんなさい。わたくしこそ違うの。ほんの冗談のつもりで……、本当に意地悪だとは思ってないから、ね?」

 違う? 冗談?? よかった。

 ……良かった。

「あ、ああ、それなら、ワタシこそごめんなさい、取り乱して。否定したのは、自惚れたくなかったからなんです。認めてもらえて嬉しい気持ちはあります、ちゃんと」

 顔が冷たく感じる。血の気が引いていた。メアさんの言葉はどうってことない、いつもの御戯れだったのに。さっきまで手の中にあった悦びを取り上げられて、パニックになった。感情が乱気流の中を飛んでいるかのようで、頭がくらくらする。

「うう、わたくしったら櫂凪ちゃんに酷いことを……。今日はプロムなのに……」

 反省と落ち込みで、メアさんは見たことないくらい背中を丸めている。

 ワタシのせいだ、どうしよう。……。……。……そうだ!

「あの、もう大丈夫、です。だから元気を出してください、メアお姉様。これから楽しい会なんですから、落ち込んでいたらもったいないです」

 数分前にかけてもらった言葉を借りた。

 メアさんが表情を緩ませる。

「えへへ。お姉様なのに励まされちゃった。そうよね。せっかくのプロム、沈んだ気持ちで迎えてはもったいないわ。それに、櫂凪ちゃんが『楽しい』って言ってくれるのは珍しいことだもの。楽しまなくっちゃ」

「そんなに言ってませんっけ、ワタシ」

「ええ。わたくしは滅多に聞いたことがないわ。櫂凪ちゃんは、いつも険しい顔をしている印象ね」

「それは……、そうかもですけど……」

 言っていることはともかく、明るい調子が戻り一安心。ワタシの気持ちも、ようやく落ち着いてきた。いつまでも部屋の前で立ち話をしてしまっていることや、他人に聞かせるには恥ずかしい話をしていること、室内のスタッフさんが苦笑いしていることに気づくくらいに。

「あの、メアさん」

「わかってるわ。中にどうぞ」

「お気づきだったんですね」

「そうね。だけど、言えなかったわ。わたくしもショックだったから。……あ、そうだ。一つ訂正させてちょうだい」

 メアさんはそう言って、再び髪に留めた白百合のスカーフをワタシに見せる。

「さっきこれのこと『他にも持ってる人はいる』って言ってたわよね?」

「言いましたけど……?」

「それは違うわ。確かに持っている人はいるけど、わたくし達のと同じじゃないもの」

「? どういう意味です??」

 尋ねるワタシの首に視線が向いた。

「だってわたくし達のこれは、【白百合】じゃなくて【夕顔】のスカーフでしょう?」

 ついさっき触れられた時に、白いスカーフは柔らかな皺の花を咲かせていたらしい。

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