第二葉:ようこそ、夕霞女子学院へ
「本日からお世話になります! 舟渡鳴子です! よろしくお願いします!!」
一度頭を下げた後、顔を上げた鳴子と目が合う。パアッと、直視するには眩しい笑顔が直撃。
「あっ、櫂凪さん! よろしくね!」
鳴子の言葉でクラスの注目がワタシに。Srジョアンナに聞かれた。
「伊欲さんと知り合いだったのかしら?」
どこから説明したら……。いや。ワタシと関わりがあるなんて勘違いされたら、あの子の学院生活に悪影響が及ぶ。余計なことは控えよう。
「いえ。さっき職員室の場所を聞かれて、案内しただけです」
事実を説明。……げ。鳴子は口を半開け、かなりショックそう。これ以上のことも、これ以下のことも無かったのに。
Srジョアンナはちょっと不思議がりつつも、紹介を続けさせた。
「舟渡さん、続きをお願いできる?」
「あっ、はい。改めまして、舟渡鳴子です。一般家庭ですが、安心できる環境で学びたくて編入しました。好きなことは運動全般、苦手なのは男の人全般です。出身地は~~」
丁寧かつ朗らか、無邪気な笑顔ながら落ち着いた口調。性格の明るさや裏のなさが伝わるとても好印象の自己紹介で、最初は怪訝な表情だったクラスメイトも、気づけば警戒心を解いていた。男子人気が高そうな顔なのに微笑して、『男が苦手』と言った時には、笑いが起きていたくらい。短時間でこの馴染みよう、近い境遇の者としては信じ難い。
それからしばらくは普通の子らしい自己紹介が続いたが、鳴子は不意に、思いもしないことを言った。
「~~寄宿舎を選んだ理由は、体質の関係で長い通学が難しいからです。何もしていないと突発的に眠ってしまうもので~~」
……しまった。ワタシはなんて不勉強だったんだ。ついさっきのことを思い出して、激しく後悔。猛省するうちに自己紹介は終わった。
「舟渡さんの席は、そこの空いたところよ。……では、さっそく経典を~~」
Srジョアンナが廊下側後方の空席を手で示し、鳴子が座る。
後はいつも通り、簡単な連絡事項と経典読みがあった。
「~~以上で、朝礼を終わります。読書の時間は、あまり騒がないように。ごきげんよう」
「「「ごきげんよう」」」
朝礼終了。こういうところで、Srジョアンナは生徒に好かれている。『騒ぐな』と言うのは、多少のお喋りは許すという事。Srジョアンナが教室を出てすぐ、ワタシも席を立った。廊下側の席は、すでに人だかり。普段だったら人の輪など絶対に近づかないが、無理にかき分け体をねじ込む。
「あのっ!」
「櫂凪さん! どうしたの??」
席に座る鳴子は、驚いた様子で口をぽっかり。周りからヒソヒソと『お一人様の伊欲さんが珍しい~~』とか、『同じ階層でお友達になりたいんじゃ~~』とか聞こえるが無視。
「朝のこと、謝りたくて!」
「朝の? 謝る??」
今度はキョトン顔。気にしていなくて、良かった。
「急に寝た時、気遣えなかった。体質だって思いもしなくて……、無知でごめん!」
言ってからちょっと経って、鳴子はポンと手を打つ。
「なーんだ、そんなこと! 全然気にしてないよ! それより、今朝は案内してくれてありがとう!」
にっこり笑顔が見られて、ホッと一息。
これにて交流は終了。迷惑かかるし。
「当たり前のことをしただけ。じゃあね」
……む。席を離れようとした腕が、人混みから掴まれた。誰?
「そうならそうと言いなさいよ! 夕顔の君っ」
「またそのあだ名……」
「それと転校生、ちょっといい?!」
腕を掴んできたのは沙耶だった。人混みを割って来て、もう片方の手を机にドンとつく。
鳴子は迫力に圧されて表情と体が引けていた。
「は、はひ……、なんでしょう?」
「ウチの名前は藤松沙耶。ウチね、今朝貴女を見かけたの。でも、ずいぶん気持ちよさそうに寝てらしたから、起こすのが不憫で放置しちゃった。体質で眠っちゃっていたなら、起こしてあげれば良かったわね。ごめんなさい」
一息に言い切って、沙耶は頭を下げ……てはいないが謝罪。エリート思考だけど、筋を通すことにこだわるところが沙耶にはある。
目を点に瞬きを数回、鳴子は元の笑顔に戻った。
「気にしないよ! むしろ気遣ってくれてありがとう、藤松さん」
「沙耶と呼びなさい」
「うん! 沙耶ちゃん、ありがとう。わたしのことは鳴子って呼んで」
「鳴子ね。覚えてあげるわ」
謝っている側なのに、得意気に鼻を鳴らす沙耶。やっと腕を離してくれたと思ったら、ワタシを見てきた。
「それから夕顔の君も。人助けして遅れたと知っていたら、重役出勤なんて言わなかった。ごめんなさいね」
頬を膨らませて平謝り。クラスメイトからはいびられるくらいが普通なので、謝るだけ凄くはある。しかし普通の遅刻だったら『なんて』と思う言葉を憚らないのは、どうかと思わなくもない。
「あっそ」
「なっ、ウチが謝ってるのよ?」
「あー……。有り難きお言葉、大変嬉しく思いまーす」
手をヒラヒラ動かしてみたら、マロ眉がキッと寄った。
「ナメた態度! 全然思ってないでしょ?!」
「そんなこと。誰かさんの平謝りを参考にしただけ」
「ッ、貴女ねぇ……!」
「あの……」
言い争う(?)ワタシ達に、鳴子が口を挟んだ。
ワタシを睨んだまま、沙耶が反応。
「夕顔の君の教育で忙しいから手短にね。鳴子」
「う、うん。その……、夕顔の君って、なに?」
おずおずと尋ねる鳴子に、沙耶は即答した。
「櫂凪の渾名。メアお姉様がおっしゃってね。ほら、似てるでしょう?」
ワタシの首を指差し。示しているのは、中等部でワタシだけが首に巻いている白いスカーフ。
「スカーフ?」
「そ。これね、この学校で特別優秀な子に送られるものなの。この子勉強ができるから授与されて。で、そのスカーフを見た高等部のメアお姉様が『夕顔の君ね』って」
「なるほど……?」
話についていけていない顔。無理もない。沙耶の説明は色々と抜けている。
「えっとね、舟渡さん。大した話じゃないから。ワタシのスカーフがしわくちゃなのを、高等部の【雨夜メア】って人が『夕顔の花みたい』って言ったことに、尾ひれがついて茶化されてんの」
説明に納得したのか、鳴子は両掌を合わせた。
「確かにそっくり! オシャレな表現!」
そしてなぜだか、沙耶が自慢気に付け加える。
「そうでしょう? メアお姉様はとっても素敵な御方なのよ。自堕落な櫂凪が皺スカーフを気に病まないよう、ご自身のスカーフをクシャクシャに揉んでおっしゃったそうだから」
沙耶が言う出来事は確かにあったが、噂が独り歩きしてだいぶ美化されている。
鳴子は目をキラキラ輝かせて、未だ合わせた手を口元に寄せた。
「すっごく素敵! わたしもお会いしてみたいなー」
「いいこと? メアお姉様は【姉妹の契り】を交わしていても、軽率にお話できる御方じゃないからね」
「あっ! 姉妹の契り! 噂の! わたしは誰と交わすことになるのかなー」
姉妹の契りを知っているらしい。入学時、知らずにかなり困惑したワタシと全然違う。
さっさと沙耶が説明した。
「先に教えておくわ、鳴子。貴女は櫂凪と同じで庶民だから、姉妹の契りを交わしてくれる上級生は多分現れない」
「そんなー……」
ショックらしく、肩を落としてしょんぼり。
沙耶は気にせず続ける。
「だけどメアお姉様は、哀れな生徒を見捨てない。誰も契りを交わさなければ、櫂凪の時と同じように、貴女とも契りを結んでくださると思うわ。形式的に。あとは、わかるわね?」
背筋を伸ばして、鳴子は返事をした。
「はいっ! 姉妹だと舞い上がらず、軽率に話しかけることはいたしません!」
「へぇ……、わかってるじゃない」
感心した腕組み態度で見下ろす沙耶。……ファンガールだらけなんだよなぁ、この学校。沙耶に限らず下級生から上級生まであの人の虜なのだから、少し呆れる。
「同じ学生なんだし、そんな畏れるもんじゃ──」
ワタシが話し始めた途端、鳴子はともかく沙耶まで目をぱちくり。周りにいる他の子達も同じだった。嫌な予感がして振り返る。
《《また》》、スカーフが撫ぜられた。
「──そうそう。もっと気軽にお話してくれていいのよ? 皆、この夕霞女子学院の学友なのだから」
真珠の滑らかさの細指が、スカーフからワタシの頬へ。優しく伝って離れていく。
「……ッ?!」
クラスメイトの黄色い声が聞こえて、やっと正気に。視界では、理想よりも理想的な金髪碧眼が微笑んでいた。開いた窓から春風が都合良く吹き込み、純白のスカーフと絹糸の艶の長い金髪を揺らす。構図はほぼ、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』。
「ごきげんよう、櫂凪ちゃん」
「ご、ごきげんよう。雨夜メア、さん」
よそよそしく呼称するのは、勘違いしてしまうから。そんなこっちの気も知らないで、メアさんは顔を近づけた。変わらず笑顔だが、今度は口角を上げ、茶目っ気たっぷり可愛らしく。慕われる先輩の気さくさと、後輩の教室に忍び込むいたずら心がわかりやすい。良い香りもする。
「姉妹の契りを交わしているのに、お姉様と呼んでくれないの? わたくし寂しいわ」
「っ……。雨夜、お姉様」
「メアお姉様、でしょう?」
「……メア、お姉様」
「よろしいっ♪」
ワタシをイジって満足したメアさんは、教室を端から端まで回って、他の生徒にも距離近く接していった。そばで眺めていた沙耶はうっとりし、鳴子は……。……? 怯えてる??
机の下で手を握り合わせ、鳴子は小さく震えてる。表情も暗い。
「舟渡さん、どうかした?」
「ひゃっ……、いや、あの……」
問いかけたら口ごもってしまった。
ちょうどその時、教室前方の扉を誰かがノック。
「理事長の雨夜だ。入室許可を願う」
低く響く、この学校ではとても珍しい男性声。
お下げ髪の日直の子が許可して、扉が開いた。
「ごきげんよう。突然すまない。メアが来ているだろう?」
落ち着いた声色と端正な姿に、クラスメイトの甲高い声が上がる。長身を飾る高級なグレーのスーツに、乱れ一つなく固められた黒髪オールバック。厳格さが滲む強面には青みがかった目。振舞いは当然、スマートかつ上品。
四十代後半ながら、完成した大人の渋みで生徒に大人気の、夕霞女子学院理事長【雨夜警吾】氏。学院の全決定権を握っている上、理事長職の他にも複数事業を経営。誇張抜きで分刻みのスケジュールで動くらしい、人の上に立つ者。
しかし、そんな人すらも彼女は振り回している。
「もう気づかれてしまったわ。お忍びで来たのに」
教室奥の窓際に居たメアさんは、頬に人差し指を立て考える素振り。
教卓前で理事長は、額に手を当て溜息をついた。
「はぁ。あまり勝手してくれるな、メア。熱狂を追えば足取りは掴める。それより、一限までは指導の予定だろう?」
朝礼から一限目まで十五分しかない(し、一応は読書時間)。そんな隙間時間すら、メアさんは予定が詰まっているそうで。
「ご教授いただく予定の提案資料でしたら、完成品をサーバーに保存しております。指導時間の短縮になりませんか?」
「そうか。少し待て」
掌サイズの携帯通信端末を取り出して、理事長は何やら確認。頷いた。
「良くできている。これなら指導の必要はない。だが、なぜ言わなかった。できているなら別の──」
「──予定を入れてしまいますでしょう? お父様ったらせっかちだから」
話を繋げて、メアさんは子どもっぽく頬を膨らませた。いくら娘とは言え、強面の理事長相手によくやれる。
理事長は怒ってはいない雰囲気で、眉間に皺を寄せた。
「それは、メアの時間の使い方次第だ。何かやりたいことがあるのか?」
「はい。だって今日は……」
察した生徒達が道を開ける。メアさんは背筋を伸ばしてつま先立ちに。木の幹を抱く感じで腕の輪を作って、スカートを僅かに翻しくるくる移動。バレエの動き。名前はシェ……なんだっけ。実は回転じゃなくて半回転の連続技みたいな話の。
最後は体を沈めて伸ばし、ポーズ。鳴子のそばに立った。
「新しい学友を……、妹を迎える日ですもの。ね?」
未だ震える鳴子の肩に、優しく両手をのせる。
「初めまして、舟渡鳴子さん。わたくしは高等部二年、雨夜メア。理事長の娘として、学校の先輩として、貴女を歓迎します。ようこそ、夕霞女子学院へ」
「……あ、はい! 初めまして! 今日からお世話になります!!」
遅れつつも、元気良い返事。何はともあれ、これで鳴子も滅多な目には合わないはず。
挨拶が済み、メアさんは理事長に視線を戻した。
「ねぇお父様」
「まだあるのか?」
頼み事をされる雰囲気を察する理事長と、頼み事を通す雰囲気のメアさん。
「予算への評価もレポートにまとめていますから、お昼休みに三十分だけ、自由時間をいただけませんか?」
「仕事が早いな。何に時間を使う?」
「新しくできた妹に、我が夕霞女子学院をご案内したくて」
そう言って鳴子に目配せ。続けてなぜかワタシにも。
理事長は渋い顔で逡巡。
「……。……いいだろう。だが、無暗に交友関係を広げるな。疲労するぞ」
「疲労だなんて。妹達との触れあいこそ、最高のリフレッシュですわ。ありがとうございます。お父様」
こうして。転校初日の鳴子と入学三年目のワタシは昼休み、メアさんと学校敷地内を歩くことになった。
──
「えぇっ、体育館にトレーニングルームがあるんですか?!」
「うふふ。鳴子ちゃんは運動に興味があるのね。指導員常駐だから、部活動に所属していなくても自由に使えるわ。櫂凪ちゃんも、たまにはどう?」
「ワタシは遠慮しときます……」
樹木の緑豊かな通路を抜けて、メアを先頭に鳴子、櫂凪が校庭の端を歩く。校舎側には屋内温水プールや体育館、土の校庭の向こうには全舗装された陸上トラックやテニスコート等の施設が建ち並び、どの建物も状態の良さを示すかのように、春の陽を眩しく跳ね返した。
「この森も、ぜーんぶ夕霞の敷地なの」
「お散歩とか、ピクニックとかしたら楽しそうですね!」
「舟渡さん、途中で寝ちゃうんじゃない?」
「大丈夫! 寝たら電気が流れる腕輪をつけてるから。今朝は充電切れしてたけど……」
「あらあら。ずいぶんスパルタなのね」
夕霞女子学院は、小中高一貫校+系列大学の学校法人。初等部~高等部が一塊で郊外に立地し、広大な敷地には修道院、茶道の庵、武道・弓道場、寄宿舎、畑、森など数多くの施設・自然が存在する。
施設数が示すのは、学習体験の多様さ。生徒達は本物に触れ、本物を学ぶ。学外の学びも充実していて、観劇やテーブルマナー講習、短期留学などの機会も豊富。当然、授業料や諸経費は非常に高額で、入学の障壁は学力というより資金力と家柄(家柄が伴わない場合は寄付で相談)。普通、一般家庭からの入学は叶わない。
全国でも屈指の【お嬢様学校】。それが、私立夕霞女子学院であった。
「季節にもよるけど、夕方になると校舎に霞がかかるの。それが校名の由来ね」
「えっ、あ。そうなんですね。わたしてっきり、夕顔と霞草が由来なんだと」
図書館前での会話。表札に描かれた校章を眺めて、鳴子がメアに尋ねた。疑問を持ったのは、校章のデザインが霞の字を控え目な花輪で囲んだものだったため。
「よく言われるけど、実は違うの。霞の字と霞草の花輪を校章のデザインに使ったから、広まったのかしらね。ちなみにこのスカーフも、夕顔じゃなくて白百合がモチーフよ」
「へぇー。たしか、優秀な人しか付けられないんですよね?」
夕霞では、一握りの優秀な生徒に純白のスカーフが配布され、身に着けることを許される。現在の所持者は、高等部も含めて五人程度。一人が櫂凪で、説明しているメアもそのうちの一人。
「ええ、そうね。学業・スポーツ・文化活動などで、全国レベルの活躍をしたら授与されるわ。わたくしは理事長の娘で贔屓だけど、櫂凪ちゃんは大学受験の模試で、校名が載る上位帯を連発して得たのよ」
「大学受験の模試で??!!」
驚く鳴子に、櫂凪は何も凄くないと平坦な口調を返した。
「そうじゃないと転出しないとなんで。メアさ……、メアお姉様だって、いつも順位近いとこですし。課外活動とか弁論大会の結果とかもあって、ちっとも贔屓じゃないでしょう」
「あら、褒めてくれて嬉しいわ」
一方でメアは、手をパチリと合わせて素直に評価を喜ぶ。穏やかな陽気にぴったりの、ほのぼのとした会話。
そんな中突然、鳴子が肩を震わせた。本館前広場に戻ったタイミングだった。
「う……」
「どうしたの? 鳴子ちゃん」
「いえ……。ちょっと寒気がして……」
「舟渡さん、さっきも震えてたけど、大丈夫?」
「う、うん。気のせいだと思うから……」
「ダメよ鳴子ちゃん。何かの予兆かもしれないのだから」
念のためにと、メアは鳴子を保健室へと連れて行き、体温測定や養護教諭による健康観察を受けさせる。しかし結果は全て異常無し。調べているうちに鳴子は落ち着き、元気を取り戻した。
予定した時間になったこともあり、保健室前で三人は解散することに。
メアが別れの挨拶を言う。
「転入初日で疲労したのかもしれないわ。ご自愛してね」
「ご心配をおかけしました! ありがとうございます!」
「では、ごきげんよう」
「はいっ、ごきげんようっ」
礼をした鳴子は顔を上げて固まり、表情を強張らせた。
「っ……!」
「メア。時間だ」
「お父様、ついてきてらしたのですか?」
「いや、見ていただけだ」
メアの後ろに理事長が立っていた。厳しい顔つきで話しながら、ポケットに何か物をしまう。それが双眼鏡の形状であったのを鳴子は見逃がさなかったが、手つきを追った視線を上げた時、理事長と目が合った。
「あっ……」
「転入生か。メアに倣ってしっかり学びなさい。何かあれば、教師陣やシスター、カウンセラーに相談するといい。どうしてもと言う場合は私でも良いが、面談予定の調整には時間を要するだろう」
「は、はい」
「ごきげんよう。貴女の学生生活が穏やかであることを祈っている」
「ありがとうございます。ごきげんよう……」
理事長は圧のある低音ながら淡々と話し、鳴子は顔色を伺って答えた。その後は特に何事もなく、メアと理事長は櫂凪とも一~二言程度の話をして、別れの挨拶。去っていった。
二人の姿が見えなくなってから、櫂凪は気を遣った調子で鳴子に尋ねた。
「ねぇ舟渡さん、男の人が苦手って話……」
視線を落として、鳴子はコクリと頷く。
「うん。本当。わたし、男の人が怖いんだ」