第四話「ないしょの手紙」19
澄花の家は坪井の分家とはいえ、由緒も格式も古い世代から受け継いでいる。澄花の結婚披露宴も、都内では高級に位置されるホテルの会場を押さえて、招待客も父、そして亡くなって二十年たつ祖父の関わりで、大企業の社長や会長といった人たちも招待されていた。
開宴前にそれら企業の出席者が、特別招待席のヒカリを認めるや、次々と挨拶に訪れる。
ヒカリのほうも、切れることなく挨拶を受けるので、澄花の両親にお祝いを伝えることができないでいて、もどかしい。
やっと身動きがとれたときは、澄花の父はヴァージンロードを歩む準備のために控え室へ移動したあとだった。
坪井家招待客のなかに、大原隆夫の姿を見つけたヒカリは、特別席から出て、白髪の多い髪をなでつけた大原の横に立った。
「先日は鑑定にいらしていただき、ありがとうございました。まだ披露宴は始まりませんが、お軽くどうぞ」
乾杯前のもてなしのために用意されていた烏龍茶とグラスを、サイドテーブルからもらってきたヒカリは、大原に注いであげる。
「大原さんは、澄花さんを小さい頃からご存じだとか」
「はい。俊太郎とは長年親しくして、彼の結婚式にも出ています。今日、澄ちゃんの花嫁姿を見るとは、いや、歳をとったものです」
澄花のことを澄ちゃんと呼ぶほど、坪井一家と近い交流があるらしい。
「ご両親も感無量でしょう。春佳さんを亡くされて、一人娘になったのに、快くお嫁に出されたのですから」
「春ちゃんを亡くして、思うところが強くあったのでしょう。澄ちゃんを幸せにしてくれる男なら嫁に出して分家を終わりにしてもいい、と俊太郎は言っていました。あいつらしい」
「ところで、大原さんはお子さんはいらっしゃるのですか?」
「はあ、まあ、息子がひとりおりますが」
「実は大原さんが今大変な思いをされているとうかがっています。もしや、ご家族か、息子さんのことかと思いまして」
「ヒカリさんには隠せないようですが、身内の恥になりますので、ご勘弁いただけますか」
「無理にとは申しませんが、おひとりで抱えられることではないように見受けられます。澄花さんのご縁のかたなのですから、お力になりますよ」
澄花から、大原の身の上に大事が起こっているようだと聞かされて、力添えを決めていたヒカリである。
瑠璃のことの先が読めていないので、オーバーロードには違いないが、大原の相も、菜奈と同じように、親として関わるためにあらわれた難儀と見たのである。
「のちに、お時間をいただけないでしょうか」
大原はヒカリの知恵を仰ぐ決意をしたようである。
そのとき、ヒカリさん、と呼びかける声が後ろから聞こえてきた。
振り返ると、坪井美智子が微笑みを浮かべているのである。坪井本家の当代なのだから、当然招待を受けていたのだ。
「このたびは、まことにおめでとうございます」
ヒカリが恭しく挨拶をすると、本当に今日という日が待ち遠しかったわ、と優しい目をする美智子である。
そして、
「大原さんもヒカリさんとお知り合いなのですか?」
大原に顔を向ける美智子だ。
どうやら美智子と大原は知人同士らしい。どういう知り合いなのやら、世間は狭いものだと感じ入るヒカリだ。
新婦友人席のテーブルでは、みなが席次表をみて騒がしくしている。
席次に、俳優の神ユミカの名前が記されているのである。
澄花のクラブチームのチームメイトたちは、テレビや映画で活躍するその名をみて、本人なのか偶然の同姓同名なのかの話題で、澄花を祝うのを忘れてしまっている。
「まさか、本当に神ユミカ?」
「神ユミカがわたしたちと同じテーブル? ウソでしょ」
「なんで澄花が神ユミカと友だちなのよ」
「澄花は秋からテレビに出るから、その関係かも! サインもらって大丈夫かな」
チームメイトが会場内を見回すと、ユミカがカチューシャをつけた少女と談笑しているのが見えた。
「やっぱ本物だよ!」
やがてユミカが新婦友人席にやってきて、
「澄花さんのチームのみなさんですね。神ユミカです。本日は本当におめでとうございます」
そう挨拶する。
芸能人のユミカのほうから挨拶を交わしてくるとは、腰の低さに一同は驚いている。
「もうご一緒するだけで一生の思い出です。澄花の番組の関係できたんですか?」
ひとりが緊張のなか、やっと声にできる。
「いえいえ、澄花さんとは仲のいい友だちです。この前も一緒にご飯を食べにいきましたし、芸能界の友人代表できたので、みなさんと同じテーブルをお父さまにお願いしたのですよ」
このあと、チームメイトたちにつづいて、友人代表として祝辞を披露したユミカは、チームメイトたちのみならず、企業出席者や坪井家招待客、澄花の父の仕事関係者たちとも記念写真におさまり、人気女優でありながら気さくで物腰の柔らかい人柄がみなに好感を与えていた。
この日の企業人との直接の交流が、のちの広告やコマーシャル起用、映画やテレビのスポンサー企業からとしての主要キャスト推薦につながっていき、実力派女優からトップ女優へ昇りつめるきっかけとなる。まさにこの日が女優人生を決定づけたのだが、そうと気づくのは後年のことである。
二次会の催しになると、坪井家から招待されているあかりがヒカリを探していた。
ヒカリが先にあかりを見つけると、後ろから肩をたたいて、ご機嫌で声をかける。
「今日はいい男を探す絶好の機会よ。結婚式で出会いましたってカップルはたくさんいるんだから、お持ち帰りもあり。誰も咎めないわ」
「飲んでもいないのに、なに酔っぱらいみたいなこと言ってるのよ。菜奈さんと瑠璃さん、大変なことになっているのよ」
もう何度も電話したのに全然通じないんだから、と唾を飛ばしてくる。
ヒカリは披露宴の間、携帯電話の電源を切っていたのである。
「何が起こったの?」
いよいよ事態が動き出したのだ。あかりはヒカリを人のいないところへ連れ出し、スマートホンを見せる。
あかりがアクセスしたのはアダルトサイトである。
ヒカリは息をのんでしまう。瑠璃の裸の画像が公開されているのだ。
「これは……!」
「瑠璃さんがしゅうくんに送った画像ってこれでしょ? リベポされたんじゃないかしら」
あかりのいうリベポとは、リベンジポルノのことである。しゅうくんは、一方的に別れを告げられたことを怒り、画像を衆目にさらしたらしい、とあかりは見たようだ。。
「いつから出ているのかしら。日にちがたっていたら、瑠璃さんの学校関係の人も目にしてるかもしれないわ」
「もう見られているどころか、知れわたっているのよ。教えてくれたのが、クラスの子の親だという話よ」
「菜奈さんもどうしたらいいかわからないって、パニックになってるの。せっかくの澄花さんのお祝いだけど、すぐ行ってあげてくれない?」
二次会で話を聞くと約束していた大原には、日を改めて相談に乗る、と伝えて、ヒカリは慌てて帰り支度をする。
「あんたはここに残って、澄花さんが来たら、急用で帰ったと伝えてちょうだい。瑠璃さんの件は澄花さんも知っているから、わかってもらえるわ」
伝言を託して、引き出物はあんたが持ち帰ってちょうだい、と両手に抱えさせる。
そして、菜奈さんのところに行く前に警視庁へ寄る、と伝える。警視庁サイバー犯罪対策課に、プロバイダーへの画像削除の強権発動を依頼するつもりなのだ。
「リベンジポルノのことは私に任せて。警視庁は顔が利くし、朝までには対策してもらうわ。だから、今夜はあんた、ここで楽しみなさいね。いい男、ちゃんとつかまえてくるのよ」
澄花の幸せそのものの顔を幾度も目にするにつけ、あかりにも早いところ自分を託す男性を見つけてもらいたいと、今日はつくづく感じたのだ。
あかりの背中をたたいて、新郎の友人たちの輪に押し込むと、駆け足でホテルをあとにするヒカリである。




