第四話「ないしょの手紙」17
ヒカリは所轄の捜査一課を訪ねて、吉川巡査部長を探したが、あいにく外へ聞き込みに出かけたとかで会えなかった。
だが、今日のヒカリの目的は吉川巡査部長の訪問だけではない。
課長とともに課内に残っていた工藤巡査に目を向けると、お久しぶりです、と声をかける。
「東原公園以来ですね。お元気そうで良かったです」
ヒカリは黙々と書類に判を押している工藤巡査に笑いかけるが、会釈を返されただけで無言だ。
この工藤巡査が、ヒカリの友人の栞と七海に、ヒカリからの伝言と偽って東原公園に呼び寄せたことがわかっている。何者かの指示でのことなのも明らかだ。
捜査一課に籍を置いて五年というから、ヒカリの両親が殺害された事件が起こったときも、課員として関わっていたのだ。指示を受けているなら、圭吾の殺害事件も含めて、一連の裏側を知っているかもしれない。
ヒカリは課長に話しかけてみる。
「工藤さんはあまり外には出られないのですね」
「そもそも外渉役として一課にいるのですよ。外渉役とは警視庁や警察庁とのつなぎ役として、所轄にきている職員で、工藤巡査は警視庁からの出向なのです」
「じゃあ、この前に東原公園にきてくださったのは──」
「販促を装う状況として、公園に出入りするのは女性の方が怪しまれないと考えて頼んだもので、例外的なことです」
ヒカリは工藤巡査に、あの時はありがとうございました、と改めて挨拶を向けて、
「霞が関との往復をされているのですね。警視庁の本間刑事部長さんや富樫総務部長さんはお元気でしょうか」
と一本探りの矢を射ておく。
「い、いえ。私はそんな上の人とはお会いしませんので」
この慌てようは、部長クラスとの関わりを探られたことへの動揺であろう。
ヒカリは工藤巡査がさほど肝が座った人物ではないと察するのだ。
今日のところはこのへんでいいだろう、と内心ニヤリとすると、お忙しいのにお邪魔しました、とまた課長の席に近寄る。
「ヒカリさんは警視庁の部長クラスの人とも直接お知り合いですか」
省庁にもヒカリを支援するキャリア官僚がいるのだから、警視庁の要職が知り合いでも不思議はないが、やはり警視庁からの出向組の課長にとっては、本間刑事部長は自分の出世を左右する人物だ。
「昨年、前の警視総監の堀川さんと親占教会にいらしたときにお会いしたのが最後ですので、ご無沙汰しているのですよ。なので、お伺いしてみたのです」
「私など、叱責されるときしかお目にかかりませんから、刑事部長の人となりなどわかりませんで」
「昨年お偉方のみなさんといらしたときは、犬を飼うつもりだが、二頭で迷っておられるとかで、どちらの犬が懐き良く育つかを占って欲しいとおっしゃいまして」
「それで、占ったのですか」
強面の刑事部長が犬好きとは知らなかったと、意外な感に打たれる課長だ。
「ええ。ただ、お宅ではなく、庁内で飼う犬だとみましたので、鑑定で確かなほうをお勧めしました」
「それは……!」
ペットなどではなく、どちらの部下を腹心に取り立てるかの話なのだ。
課長は、政治家や省庁のトップが、大師である葛原麗華よりもヒカリを贔屓にしていると聞いているが、その理由の一端がわかった気がした。
ヒカリは被験者の真意を読み取る術に長けているのだ。喩えで伝えても真意を汲み取れる。そして喩えのままで託宣を授けられる。
麗華が相手だと、腹心選びと伝えないとわかってもらえない。ヒカリは麗華にはない才能を具えているのだ。
しばらくすると、吉川巡査部長が戻ってきた。
ヒカリが吉川巡査部長を訪ねたのは、瑠璃が好意を寄せているしゅうくんの正体をつかむための方法のひとつが、どれだけの時間がかかるのかを確かめにきたのである。
その方法とは、瑠璃が自らの意思で裸の画像を送ったのであっても、被害届を出させて受理してもらうことで、しゅうくんを警察の組織力と捜査力で探してもらう、というものだ。
「児童ポルノ法は十八歳以未満の子どもの裸の画像であれば、それをどのような形であれ持っていれば、単純所持として逮捕は可能です」
逮捕できる状況なら、しゅうくんを確実に特定できるということになる。
「これは持っている人を告発する形では可能ですか?」
「難しいですね」
吉川巡査部長はあっさりと言いきる。
「所持は現行犯、すなわち持っていることが確認できてはじめて成立します。告発では容疑にとどまります。家宅捜索は客観的に当人の所持を裏づける根拠がないと、裁判所も許可しません。持っているかもしれない、すなわち容疑では尚早と判断されます」
「当人、ということは、アカウントでは無理でしょうか? 送ってしまったアカウントははっきりしています」
「アカウントの主が送らせた当人と証明する必要があります。アカウントはなりすましも可能ですから、それを根拠にしては冤罪が生まれ得ます。アカウントが当人と証明ができて、画像を持っているかの捜査が可能になります」
ヒカリはうーんと唸ってしまう。思っていたよりハードルが高い。
「被害届の受理はどうでしょう?」
「受理自体はされるでしょう。ただし、送った子の意思決定能力を否定することになるので、人格権との兼ね合いが考慮されます。現実的に、被害届は出さずに、画像を所持している者の摘発のみにとどめることが大半です。被害届なしでも所持が立証できれば、画像を送らせた相手を立件できますから」
「ありがとうございます」
ここでヒカリは礼を言って、帰ろうとする。
「もういいのですか?」
吉川巡査部長も、立件の要件ことを話さないうちにヒカリが席を立つので、聞き返してしまう。
「はい。最低二か月はかかるとみました。別の手段がありますので、そちらを実行します」
警察に頼らない方法も考えていたのですか、と感心し、
「さすがに読みが良いですね。早くても二か月というのがこれまでの立件例です」
ヒカリであれば自分で動くほうが早く道筋が立つだろうと思うのだ。
ヒカリはちらりと工藤巡査のほうをみてから、捜査一課をあとにする。
今日は塚原望は非番である。所轄の入り口近くで待機していた塚原に、まもなくだと思います、と声をかける。
工藤巡査と面識のない塚原に、彼女を尾行する役目を託したヒカリなのである。




