第四話「ないしょの手紙」15
次の日の朝、瑠璃が起きると、スマートホンの待ち受け画面の上に、セキュリティ警告として、
『アカウントを継続するにはここをクリックしてください』
という、画面の三分のニを占める大きな表示があらわれていた。
よくあるフィッシング詐欺に似ているが、メールでもSMSでもなく、待ち受け上である。インターネットを開いても、アプリケーションを立ち上げても、この画面が一番上になる。これを消さないことには何もできない。
瑠璃はクリックすると警告画面は消えたが、今度は何を立ち上げるにも、最初の画面から先に進まない。
いつもこまめにチェックしているメッセージアプリも、友だち一覧に、寝ている間に送られてきていた未読メッセージのバッジ数が、それぞれの友だちについているが、タップしても再び一覧画面が表示され、メッセージが読めない。
インターネットを開いても、どこをタップしてもトップページが繰り返されるだけなのである。再起動させても同じである。
おかしくなった原因は、さっきクリックしてしまったあやしい警告画面だろうと想像はつくが、どこをどうすると直るのか見当もつかない。
父親はすでに出勤してしまっている。
瑠璃はキッチンにいる菜奈に、スマートホンの画面を見せて、どうやったら直るかわかるかを聞いてみる。
「これループウイルスじゃない。何か変なところクリックしなかった?」
打ち合わせ通りの台詞をいう。
「した」
「だめじゃない。危険なのよ」
「だって!」
押さないと何もできなかった、と言い、スマホが使えないと困る、と駄々をこねる。
「ヒカリさんなら直せると思うけど……」
「すぐ来てもらって! お願い!」
瑠璃の言動も、ヒカリの読み通り。菜奈との打ち合わせ通りの進みである。
「あなたのスマホのことなんだから、あなたがヒカリさんにお願いしなさい。ヒカリさんは有名人だから忙しい人なのよ。すぐなんてわがままはだめよ」
菜奈は自分のスマートホンに、ヒカリの電話番号を表示させて瑠璃に手渡す。
菜奈に釘を刺されたにも関わらず、瑠璃は、お願いしますからすぐに来てください、とヒカリに請うのだ。
「お友だちのメッセージを無視してしまう形になってしまうわね。こんなことでいじめられでもしたら気の毒だから、早めにお訪ねするわ」
ヒカリがノートパソコンを携えて、菜奈の家を訪問したのは一時間後である。
「本当に、娘が面倒をかけてしまって、申し訳ありません」
菜奈がこれもシナリオ通りの台詞をいう。
ヒカリはパソコンに瑠璃のスマートホンを認識させ、パソコンのファイルマネージメントアプリでスマートホン内のすべてのフォルダとファイルを表示させる。
「瑠璃さん。ループウイルスがどこかに潜んでいるはずです。これから、瑠璃さんのストレージを調べますけど、良いですね?」
ヒカリは、それは瑠璃の端末内のメール、メッセージ、履歴、画像、動画、音楽、それでも見つからなければクラウドも見ることだと説明する。
「え……」
「それらのどこかにウイルスがあるはずです。見つけて削除すれば、元に戻ります」
ヒカリは澄花からウイルスを仕込むと提案されたとき、菜奈に端末を調べさせるのではなく、自分が見られるように作戦を変えたのである。
やはり、母親とはいえ、黙って端末を盗み見する結果は、今後の親子関係に影を落とすと考えたのだ。
「あの……ママにはスマホの中を見られないようにしてもらえませんか」
瑠璃は小さな声で、ヒカリに頼むのである。
「なんで? ママには見せられないものがあるの?」
聞こえてしまった菜奈が咎めるのを、焦りすぎですよという目を向けながらヒカリは制しておく。そして、瑠璃に微笑みかける。
「わかったわ。瑠璃さんのお部屋にいきましょう」
瑠璃の部屋に移動すると、何を見てもママには内緒にと懇願する。
「たいていのことならそうするけど、母親というのはね、子どもを守らなければいけないのよ。いけないことをしていたら、それを知っていなければならないわ」
「そんな……!」
ヒカリは微笑むのだ。
「子どもを守るというのは、叱ることではないわ。助けてあげることよ。瑠璃さん、お母さんに叱られるような心当たりがあるのね。私がいるから大丈夫。何もかも、正直にいきましょうね」
ヒカリはまずメールからあたってみる。澄花はあえて、どこに仕込んだかをヒカリに教えなかったのだ。その方が、ひと通りあたる作業がそれらしく見えるからだ。無論、ヒカリならウイルスの格納場所を見つけられると信頼してのことである。
ものすごい速さでメールを確認していくヒカリに、プロの技のようだと、息をのんでしまう瑠璃である。
過去に遡ってすべてのメールを見たヒカリは、次に画像をあたる。撮影したもの、ダウンロードしたもの、スクリーンショット、これらをファイル番号順に送っていく。
今年に入ってからのものが、急激に画像の数が多くなっている。クラスの友だちとメッセージアプリをやりとりしだしたのが今年なのだろう。これらのほとんどは添付画像だ。
ヒカリの集中力は、一分間で百枚以上のファイルを判断している。
四千枚を超えるファイルの終わり近くになり、ヒカリの手は止まった。
「……」
そこから送りはゆっくりとなり、七枚の画像がヒカリに衝撃を与えるのだった。
瑠璃は横を向いて、きつく目をつむっている。
その七枚は瑠璃の性的画像なのであった。すべて全裸である。
立って正面から全身を入れて、両手でブイサインをしているところ。乳房を寄せて谷間を作っているところ。性器を広げているところ。性器をさわって自慰をしているところ。大人になりかけている体の幼い性が露になっている。
すべてセルフタイマーを使った自撮りで、どれも瑠璃の笑顔が見える画像だ。
「お母さんに見られたくないのは、これね」
ヒカリは平気なふりをして、想像を超えた露出に暗然となる。だが、この画像を見つけて終わりではない。どう使われたのかが問題だ。
「つづきにいくわよ」
ヒカリは残りの画像をすべて見ると、次に動画を開く。動画は冒頭だけ見ればウイルスかどうかはわかる。瑠璃の性的なものかもわかる。百本ほどの動画はどちらの意味でも問題はない。
メッセージアプリを見ていくと、クラスの女の子と、好みの男の子のタイプの話をしているメッセージが目にはいるが、ヒカリは全部を記憶するにとどめて、瑠璃にはスルーしたように見せる。
そして、しゅうくん、という人物に、先ほどの七枚の性的な画像を送っているのを見つけるのである。
ヒカリはメッセージを高速スクロールで送りつつ、パソコンには、しゅうくんなる人物とのやりとりを複製しておく。
瑠璃はしゅうくんをスルーしてもらえたと思い、ホッとするのだった。
澄花が送ったウイルスは、ランチャーにいた。考えてもみれば、待ち受けの最上部に表示されていたのだから、ホームアプリが一番あやしかったのだ。
だが、最初にランチャーを見てしまわないよう、ループに気をとられる作りにしたところなど、澄花もなかなか策士ではないかと、ヒカリは感心するのだ。
「やっと見つけたわよ」
ヒカリの言葉の実感のこもりかたこそ、ヒカリがグルではないように見せかける澄花の思惑なのだ。
「瑠璃さん、しゅうくんとあの画像のことは、お母さんに話さないといけないわよ」
ヒカリは、穏やかに瑠璃を諭しにいく。
「やだ。絶対やだ。お母さん、きっとものすごく怒る」
「怒られるとわかっているなら、いけないことだというのもわかるでしょ」
「……」
「好きな男の人に裸を見せることがいけないわけではないのよ。じかのふれあいもなく、あたたかい愛情もまだなのに、早すぎるのよ。でも、お母さんならわかってくれるわ。女の子なら、体を使ってでも好きな男の人の求めに応じて気持ちを引きたいし、性のことに興味を持つのは当たり前のことだし、オナニーも心と体の当然の欲求なのよ」
「え……。ママ、もしかして?」
「わかってるわよ。母親なんだから」
「そんな! ますます怒られる……」
瑠璃は身を小さくしてしまう。ヒカリはそんな瑠璃の肩を抱くのだ。
「瑠璃さん。あなたはひとつ、大事なことに気づいていないわよ」
ヒカリの優しい目に、瑠璃は顔を上げて、次の言葉を待つ。
「お母さんも中学二年のときがあったということ。あなたと同じ、十三、四歳の頃があったということよ」
ヒカリはにこやかにつづける。
「お母さんもあなたと同じ歳のときに、好きな男の子がいて、振ったり振られたり、ときめいたり落ち込んだりしていたのよ。オナニーだってちゃんとしていて、あなたのおばあちゃんに、いつの間にかバレていた」
「そうなんですかっ?」
瑠璃は心底驚いている。あのお母さんが、自分と同じだったとは……。
「お母さんとあなたは同じ歩みなのよ。そう、お母さんは、あなたのことを一番わかってあげられる人なのよ」
瑠璃の母への思いを感じとり、
「さあ、私といきましょう」
ヒカリは瑠璃の腰に腕を回して、リビングで待つ菜奈のところへ連れていく。
瑠璃に添いながら、私もお母さんと性の話とかしたかった、と亡き母を想うヒカリである。
難しい年頃の瑠璃の心を開かせたが、ヒカリの顔は晴れない。瑠璃のトラブルはまだ相から消えていないのだ。性的の内容とその相手はわかったが、まだトラブルの流れにはつながっていない。
気をつけなければいけないのはこれから──。
ヒカリは、感傷を払いのけて、菜奈と瑠璃の母娘をどう守っていくのか思案するのである。




