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第一話「運命の力」5

 午後四時。毎日、占術部屋を開けるのがこの時間だ。

 扉に備えたカメラを通して、女が一人、佇んでいるのが見える。

「お待ちの方、どうぞお入りください──」

 内鍵を解いて招き入れると、俯いて沈んだ様子の二十歳過ぎと見える若い女が、重い足取りで入ってきた。

 ヒカリは女の顔を見て、あっと息を飲む。

 先ほど、いかつい刺青男から財布を掠め取り姿を消した若い女その人である。

 女の方はヒカリの姿に記憶はないようだ。警察官も居合わせたのだから、逃げることだけに精一杯だったのだろう。


 一目で、昼間とはまるで別人の顔つきとわかる。

 往来では、陰鬱な眼差しの持ち主とは気づかなかったヒカリである。

 双眸の光の鈍さからも、たわいもない恋愛相談ではなさそうだと、居住まいを正して、お伺いしましょう、といざなった。

 女は、ヒカリの顔を見据えるやいなや、力ない声で尋ねた。

「私のこれからの人生ってどんなですか?」

  目先のことより、先に総括を知りたい心理は、おおかた、複数の心の負で八方塞がりになっているゆえだ。

 これは深刻な事情がありそうだ、とヒカリは女の顔を凝視して、昼間の出来事の一挙一動を思い起こしつつ、今読み取れるいくつかの相を、抽出して重ねてみた。


 ──この人、死へ向かうレールを走っている。

 そう読み取れると、ヒカリは優しい表情を向ける。

「今はとても悪い運気がループしているわね。抜け出せないのでしょう?」

「運気なんですか? 運命でなく?」

 運命、という言葉が発せられたことに、ヒカリのくちびるが、それとはわからぬように、ピクリと緊張した。

 自死をイメージする時、運命という言葉を無意識でも、意識的にも、選んでしまいがちだと、これまでの占術被験者の傾向から判っている。

 それを上書きするように、女性はつぶやくのだ。

「もういっそ、死んでしまいたいなって──」

  女のそんな思いつめた言葉を聞いても、ヒカリはまだ微笑を浮かべている。


 具体的にどんな悪いこと、ついていないことが起こっているのか、何がどうなってなぜ死にたい気持ちでいるのか、ヒカリは聞かない。

  そして、ゆっくりとこう語り出した。

「人の生き死には、運命が決めるもの──」

  女の唇も小さく動いた。うんめい、と。

「そう、運命。運命は最後の岐路で決まるものです。決まってしまったら、運命には逆らえないわ」

 女はまっすぐにヒカリを見つめている。なんとなくあるだろう感じていた運命、目の前の占い師は、運命の支配は存在すると、断言しているのだ。

「死に向かう道すじを変えられなかったら、運命は決まり、死を迎えることになります。あなたが望んでも、望まなくても。それが運命の力──」


 少しばかり、沈黙の時間が流れた。

 運命の力をどのように受け入れたのか、あるいは受け入れきれないのか。女は言葉が出てこないようだ。

「最後の岐路に差し掛かる前なら、未来は、運命は変わります。変えることができます」

「…………」

「最後の岐路の前に、あなたには転換点が見えます。悪い運気がループするにも、ひとつの運気から次の運気に切り替わるタイミングがあります。そこが転換点。悪い運気を断ち切り、うまくすれば幸運を呼び込めます」


「転換点って、自分でわかるんですか?」

「わかるとは限りません。転換が向こうからやってくることも多いですが、みんながそうではありません。あなたが──」

「わたし、ホナミっていいます」

 女は思わず名前を口にした。名前を知っていてもらえた方が、もっと正確に占ってもらえるのではと、根拠もなく、そう思ったのだ。

 ヒカリも、ホナミの気持ちを痛いほど読み取れる。

「ホナミさん。転換点が分からなくて逃す人は運命のレールを走るだけです。今がそうだと分かっても、言動をとれなければ同じこと。でも、分からなくても、転換点で悪い運気を脱している人の方が多いのですよ。これは、人間の勘と言って良いものです」

「…………」

「転換点をご自分で見つけられるか、あるいは勘で感じるか、ホナミさんのこれからはそれ次第──」


「わたし、きっと死神が取り憑いているんです。もうずっと、何回も何回も、死ぬことを考えてるんです。死にかた調べたり……。転換点なんて、見つけられないです。感じられないです」

 死にたいのか、生きていたいのか、散らばった自分の気持ちを、必死に探している目をしている。きっと、自分で自分がわからない、そんな日々を送り続けていたのであろう。やっと、それを言葉にできたのではないだろうか。

 これ以上話をさせれば、彼女は錯乱する──そう直観したヒカリは、穏やかに言葉をかけた。

「死神に憑かれているのでしたら、ホナミさん──あなたはとっくに死んでいるでしょう?」

 ホナミはハッと目を見はった。顔色に生気が戻りかけている。その言葉を肯定したい気持ちがありありと見受けられる。

 ヒカリは少し体を乗り出し、ホナミに近寄り、はっきりとした口調で、こう伝えた。

「近々、次の転換点が訪れますよ」

ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。

この作品での、空行の使い方をアドバイスいただけましたら、大変嬉しく思います。

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