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第三話「すでに日は暮れて」8

 栞のオーディションの結果は四日後の火曜日にでる。

 目的の死相をもつ生徒を見つけられても、その日までは学校に在籍して、栞と七海の友だちでいたい。

 もとの生活に戻るために、ヒカリは後ろ髪を引かれるどころでない寂しさに打ちひしがれることを覚悟している。

 だが、二年B組とD組にも、死相などもつ生徒がいないとなったら、はじめから作戦の練り直しだ。なのにいつ死相が発動するかもわからない。これはもう、時間との戦いである。

 オーディションから一夜明け、今日は土曜日。高校生を演じて、はじめての休みである。

 ヒカリは、栞に見せられたラブデータから、要所を抜き出した一覧表を独自に作っている。

「ねえ、栞。これもっとよく見せてもらっていい?」

 ゆうべ、食事をともにしたレストランで、ヒカリは身を乗り出して、栞に頼むのだった。

「ん? ヒカリもやっぱり興味ある?」

 栞は笑顔でノートの向きをヒカリの方に変える。ヒカリと秘密を共有できるのが嬉しいらしい。

「私だって、みんながどんな男女交際しているか、気になるわよ」

 こうしてヒカリは、名簿の中身を全部覚えてしまったのである。

 死相がもし男女交際トラブルゆえの自死の思いからなら、このノートは生徒の特定の助けになる。二年生の半数近くだけではあるが、新たな調査から除外できる生徒を知れるのはありがたい。


 ヒカリは、ほかにも手を打っている。昨日あかりを代役にして、警察署に出向いてもらい、協力を要請した。

 まず浜田巡査部長と会い、ここ最近に警察沙汰になった少年事件のなかで、優美ヶ丘女子高等学校の生徒が関係したものはないか、調べてもらう。

 被害者と加害者の立場のみならず、どちらかの家族や友人知人として関わった生徒はいないか、なんらかの証言者として調書に載っていないかもだ。

 死にたくなるほどのこと、死に至るような危害を加えられること。高校生に死相が現れるなら、事件絡みの可能性は大人よりも高い。

 当人でなく関係者の立場であってもまたしかり。友人が死にたいと漏らすと、一緒に死んであげると、深刻にもならずに連れ発ってしまうことも本当にある。

 通常、被害者か加害者であれば、学校に知られないはずがない。事件に遭った、起こした、巻き込まれた、いずれも学校に通報がされるから、ヒカリたちが生徒を装ってきた時点で、まず、その生徒を観てくれと頼まれるだろう。

 だから、考えられるのは、親が警察に頼み込んで、学校には伏せてもらったケースだ。伏せるからには、将来に傷がつくような状況、つまり、生徒が加害者かその関係者であろう。もうひとつ、性被害にあった場合も、表にはしたくないと考える親は多い。

 ヒカリとあかりは、一昨日の夜、夜更け近くまで膝をつき合わせて、警察で調べを頼む内容に抜けがないか、おのおの可能性のある意見を出しあったのである。

 浜田巡査部長には、都内の所轄全部のここ三ヶ月以内の少年事件のうち、学校への通報を行わなかったものをまとめてもらうよう依頼したのである。

 ほうぼうの所轄に電話で問い合わせ、結果をまとめた浜田巡査部長は、

「刑事事件に関わるものでは一件もない。いいところの娘が入るような学校だからな、事件に関わるような輩との接点自体、そうはないだろう」

 行きずりの事件についてだが、とつづけて、

「優美ヶ丘に関するのは、警察に届けがあった一件だけだ。痴漢にあった被害届けが出ている」

「あら、あたしは聞いてないわね。名前は?」

「佐藤栞。二年生だ。駅員に被害を申告し、証拠の動画を提出している。駅から警察に通報があった」

「その子って、ヒカリの一番の友だちじゃない。ヒカリは知っているのかしら」

 言ってすぐ、ちょっと待って、と気づく。

「動画っていうのは、本人が撮ったの? そんなの撮るくらいなら、その場で騒げばいいのに」

「動画は近くにいた乗客が気を回して撮っていたものらしい。それをもらって、証拠としたんだな」

「その痴漢、捕まったの?」

「ああ。だが、否認していてな。動画はそこにいた人物の特定にしか証拠能力がないから、犯行の確証とならないし、おそらく処分保留だろう」

 それにしても、お前とこうして会うことになるとはな、と浜田巡査部長はあかりに向かい、ため息をつく。

「ダメおやじもまだ巡査部長なの? いいトシなんだから昇進試験くらい受けなさいって。受けても落ちてんの?」

 浜田巡査部長をダメおやじと呼ぶあかりは、鼻で笑っている。

 少年事件一筋の浜田巡査部長だから、未成年で水商売や風俗界を自由に出入りしていたあかりと顔見知りでも不思議はないが、あかりの浜田巡査部長への見下しぶりは、ちょっとわけありのようだ。


 つづいて捜査一課にいき、吉川巡査部長に会う。件の生徒が碧泉院流親占教会を訪れた日の、最寄駅の防犯映像をみて、優美ヶ丘女子高等学校の制服をきた少女が映っていないかの確認だ。

 駅から映像の任意提出を受け、署の一部屋でモニターとにらめっこである。

 足に電車を利用したとは限らないので、無駄となるおそれも高いが、

「これが捜査というものなんですよ」

 と吉川巡査部長は平気な顔で、映像を収めたディスクをあかりの目の前に積み上げた。

 駅に設置された二十の防犯カメラから、総本山を訪れたならこの時間帯の映像だろうと考えられる二時間分を抜き出し、三倍速で流して制服姿を探す。

 だがヒカリのように高い集中力を長時間保てるわけでもないから、途中にはお菓子をつまんで、飲み物を口にし、背伸びをして、たばこを吸いに外にも出たい。

 そんなだから、思っていた以上に時間がかかり、普段からの寝不足に拍車がかかるあかりなのであった。



「あんたねえ、私は確かに過去三ヶ月以内とはいったけど、例の生徒が総本山を訪れた日まででいいのよ。栞が痴漢にあったのは、そのあとじゃないの」

 ヒカリにだめを押されて、あっ、となるあかりである。

「だからダメおやじなのよ。あれは」

 諦め笑いを見せるあかりに、

「あんたも気づきなさいよね」

 と珍しく不機嫌になるヒカリだ。栞が無関係なのだから、警察絡みから追える線は消えた。もう時間が残されていないかもしれない、と考えると、焦りの色が隠せないのだ。

「でもね、防犯カメラの方は収穫ありよ。うちの生徒が映ってるの」

 その部分の映像をみると、確かに優美ヶ丘の制服だ。同じ時間に複数のカメラに映っている。

 こらえもせずに大あくびを見せるあかりに、

「電車で駅まで来たという前提で観ているんだから、学校方面から電車が到着した時間から数分だけ観れば良かったのよ。この駅への停車は二時間内で六本。速回ししたといっても、数分が六回で済むところを、なんで丸々全部観るのかしら。眠いのはあたりまえね」

 肩をそびやかして、骨折り損をチクチク指摘する。

「このホームは間違いなく学校の最寄りからの電車が入る番線ね」

 だが、肝心の顔は不鮮明だ。偶然だろうが、どの映像も遠いうえに、真正面からのは被写界深度から外れている。

「警察の機器では映像の補正ができるのよ。これくらいのなら、かなり鮮明な絵に補正できるわ。それくらいやってきてよ」

 またも機嫌が斜めとなるヒカリである。

「そんなにイライラすると、肌にすぐ出てくるわよ。ほら、もう吹き出物が」

 思わず頬をさするヒカリに、アハハと笑うあかりだ。

 吹き出物が冗談とわかると、ヒカリは一息をついて、

「私が悪かったわ。あかり──、ありがとうね」

 頭を落ち着かせたヒカリは、この映像は当たりの可能性が高い、という。

「総本山にいくのに電車を使ったとは限らないけど、交通の利便性を考えると、バスよりはやっぱり電車のほうが可能性が高いのよ」

 ヒカリは優美ヶ丘女子高等学校から碧泉院流親占教会まで、自分がいくなら他にどんな交通手段を使えるか考える。

「あとは、徒歩か自転車だけど、学校帰りなら徒歩はないわね。学校から歩きでは遠いもの。時間的にも、放課後になってから歩いたんでは、来訪した時間に総本山には着かないわ」

 映像に映る生徒がいるからといって、他の可能性をおろそかにはできない。

「となると、自転車通学の生徒をリストアップする必要があるわね」

 あかりも眠気に勝って、頭が冴えてきはじめて、

「タクシーを利用した可能性もあるかもよ。吉川さんに頼んで、タクシー会社に確認してもらいましょ」

 と、気がまわってくる。

「おそらく、残った二年生からも死相は出ないわ。でも今日明日中には数人に絞って、月曜日に本人を観るわよ」

 ヒカリはいよいよ、ことの終わりを見据えはじめる。

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