第一話「運命の力」4
近頃よく当たると評判が広まっている占い鑑定部屋が、目抜き通り一角のビル、その一階に開かれている。
『碧泉院流占術館 光の路』
開設されてまだ二ヶ月だが、的中の連続でたちまち街の人々の知るところとなったのだ。
初日に訪れた老夫婦は、五年もの間可愛がっていた飼い猫が突然戻ってこなくなった。チラシを広範囲に配り、遠くに住む孫娘からSNSで探し猫を発信してもらい、役所の殺処分情報も毎日確認しても、飼い猫の行方を知ることができない。
悲嘆にくれた末、藁をもすがる思いで 、新聞折り込みで知った『光の路』を訪れたという。
占い師の少女は、老夫婦の表情を交互に見つめ、二度ほど頷きざっと日本地図を広げると、老夫婦の居住地を中心に、定規で放射状の線を書き込み、この方面にいます、とペン先で示した。
そこは本州の北端、青森県の弘前市で、その場で少女のスマートフォンから現地の役場に問い合わせると、最近、東京からの貨物トラックの荷室に猫が一匹紛れ込み、野良ではないように見受けられたので扱いに困った運転手が役場に相談していた記録が残っていたという。
役場を通して民間に保護されていた猫と首輪の特徴が一致。送られてきた画像を見てうちの仔に間違いないとなり、老夫婦はすぐに弘前に飛んで行った。
トラックの運転手は、東京から連れてきてしまったことに恐縮しきりだったという。この運転手が弘前の役場と連絡をとり、保護している非営利活動団体へ引き取りの手はずを整えた。
この老夫婦が、飼い猫と対面してからというもの、『光の路』は人々の知るところとなった。再会のお祝いにと、少女が猫用のペットフードを老夫婦に贈ったのも、いい話として伝えられていった。
それからは、
婚約相手の隠していた借金
就職や転職の可否
好きな異性への告白の成否
諸々の相談を、各種占術で当て続けて、評判を高めていった。主人たる占術師がまだ十代の女の子というのも、噂の広まりに輪をかけたのである。
『光の路』は星図をあしらった濃い藍色の内装も真新しい、占い鑑定部屋である。
厚いオーク材を用いた重たい表のドアは、いかにも神秘への入り口といった風情で、脇に掲げられた看板には、
「恋愛、結婚、仕事、人生の決断を占術全般でお導きいたします」
とある。
占術師の名には、姓はなく、ただ「ヒカリ」とだけ記されている。
この部屋の主、占術少女ヒカリこそ、先ほど刺青男の被難をぴたりとあてた少女である。
ヒカリがビルの裏口から鑑定所に戻ると、水道からコップに水を汲んだ。
飲む前に、中の水を見つめ、さっきの男はどうしたかしら?と、面相にくっきり現れていた、被難の刻まれ様を思い出してみる。あれはどう転んでも、降りかかる不運を回避できない難相の濃さだったのである。
金難も水難も、かなり強い難と見えた。特に水難は、死にはしない相と見たが、肝をおおいに冷やすような思いをしたのは確実だろう。
ヒカリには、水難にかぶって見えた転換相も気になっていた。死相は出ていなかったが、実は死亡する意味の転換なのか、水難がきっかけで運気が変わる予兆なのか。
「観相は難しい……」
水を一度に飲み干して、ため息をついてしまう。
複雑に絡み合う相を運気に変換すること、さらに、訪れる順序を組み立てるのは、免許皆伝を与えられても難しい。『光の路』開設以来、すべての占術依頼を当てられたのは、被験者の運気の単純さに過ぎないと感じている。
そしてこの後、なお難しい相の持ち主と、ヒカリは相対することになるのである。