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第二話「死と変容」11

 坪井美智子の息子はすでに故人だ。無論、本人を観相などできるはずもないし、生前の写真で当時の相を鑑定しても無意味である。

 それにもかかわらず、冥婚の相手となる女の子の写真を求めたのは、ムカサリの習わしに則ると、絵馬の奉納が行われるからだ。

 あかりの話によると、絵馬に描くのは成長した姿を想像してだという。ならば、相手となる女の子も同様のはずだ。

 ムカサリのしきたりでは架空の人物と結ばせるのだが、この仲介業者は利益のために故人同士に縁づけさせるようだ。

 あかりはプンスカ怒っていたが、ヒカリは頭から否定するものなのか、判断しきれていない。

 とにかく、亡くなった二人の婚礼の絵から、成否の相を観ようという、ヒカリの観相能力でなければ到底できないことをするつもりなのだ。

 ムカサリの業者に依頼するかを決めるためなのだから、もちろん業者お抱えの絵馬師には描画を頼めない。

 ヒカリはあかりに描かせるつもりだ。あかりは絵が上手いだけでない。占術を心得ているのだから、観相に必要な陰陽を落とさずに絵に入れてくれるだろう。

 それに、絵馬師の絵では、成長した姿を美男美女に振って、親御さんを嬉しい気持ちにさせるサービス精神が加わり陰陽を省くかもしれないから、観相に用いるなら、あかりの絵の方が信頼が持てるのだ。


 ヒカリは坪井美智子の息子の写真、相手となる娘の写真を借りた。

「子どもの頃の相ではなくて、大人になった相で観てくださるのが、気に入りましたわよ」

 坪井美智子がムカサリにこだわる理由がひとつ、ヒカリにはわかった気がする。

 想像とはいえ、子どものまま世を去った息子の、一人前の大人に育った姿を見られるのが嬉しいのだ。

「でも、絵を描いてくださる絵師のかたは、ちゃんと成長を把握してくださるかしら」

「私がお願いする絵師は、まだ若いですが占いに精通していますから、ご心配なさらないでくださいね」

 この流れでは、あかりのことを絵師として紹介するほかないだろう。

 問題は、ムカサリのしきたりに肩入れしているあかりが、故人二人の婚礼を描いてくれるかだが……。


 さて、ヒカリの占術の出番である。

 二人の子どもの生年月日から、結婚の相性を鑑定するのだ。

 ヒカリは鑑定テーブルに座ると、自分と真向かいの坪井美智子との間に準備した二枚の星図を広げてみせた。

 濃紺の宙に散りばめられた黄色の星々は、鑑定部屋の内装と同じだ。

 醸される神秘さに、坪井美智子も、美しいですわね、と嘆息している。

 とちらの星図にもたくさんの星が配置されていて、ひとつひとつに手書きで年月日が白抜きに記されている。

 ヒカリは一枚のある星に、マジックで青の印、もう一枚のある星に赤の印を、ひとつずつ付けた。

「青色は息子さんの生まれ星。赤色はご紹介された娘さんのです。二つの星の軌道を重ねていくんです」

 ヒカリは青色の星の軌道を緩やかな曲線で青く描き、つづいて赤色の星の軌道を赤く引いていく。

「……」

 坪井美智子は悲しげな表情に変わっていた。軌道の線を見ると、これがまるで、我が子が生きていたら辿っただろう人生の歩みのような気がしたのだ。

「そろそろお名前をお聞きしてよろしいですか?」

 ヒカリは穏やかに、静かな微笑みを見せて尋ねる。

 母子の名を聞くのだから、亡き息子を思い出させてしまうだろう。悲しみには、できるだけ寄り添いたい。そう考えるヒカリだ。

「わたくし、坪井美智子と申します。息子は……息子は、坪井翔馬です」

「お子さんは、翔馬さんお一人だったのですね……」

「そこまでわかるのですか。占いとは、すごいものですね」

 坪井美智子は寂しく言う。

 ヒカリには、坪井美智子の相に、子どもの影響が及んでいないのが見えるのだ。つまり、翔馬以外の子どもは設けられなかったとわかる。

「お相手は、早川めぐみさんといいます」

「では、翔馬さんとめぐみさんの、星の軌道を合わせてみます」

 ヒカリは星図の上面から透明フィルムを剥がした。フィルムには、マジックで記した星と軌道のみが描かれている。ヒカリお手製の二重星図なのだ。

 二枚を貼り合わせて、坪井美智子の前に置く。

「軌道のはじめの方は、合わなくて当然です。これまで何の接点もないお二人なのですから。でも、中点、亡くなった年のことですが、そこから先も、重なりはまったくありません。もし、二人が出会っても、結婚するようなことなはならない。もしお見合いなどで結婚しても、ずればかりで、幸せな結婚生活は送れません」

 ヒカリははっきりと言い切った。生年月日を教えられたときから、どのような軌道が引かれるのか、結果がわかっていたヒカリである。

 業者の利益主義のムカサリのことを否定しきれなかったヒカリだが、こうなると坪井美智子にはムカサリを断念させる方が良いと、軌道を引きながら思った。だから、きっぱりと伝えたのだ。


 それでも坪井美智子は、

「同じ生年月日の他人でも、この軌道になるのでしょう?」

 と食い下がってくる。これほどムカサリにこだわるのには、理由があるのだろうか。

 ヒカリは、やはり、翔馬の事故死の背景が理由だろうと考える。

「そうです。星図は生まれ星を起点に運命をたどる占術です。他の人によって及ぼされる影響を考慮したものではありません。だから、同じ生年月日の人は、同じ運命を示します。その人固有のものを知りたいならば、やはり観相です」

「絵師の方に描いていただき、ぜひ鑑定してください」

「承知しました。お写真をお預かりしますから、日にちをいただきますね。絵ができましたら、坪井さんの前で鑑定させていただきます」

 そう言って、ヒカリは、めぐみの生前の写真をみた。子どもらしく愛くるしいが、この相はあまり家族の愛に恵まれていなかったとヒカリは観た。

 それなのにこの親がムカサリを頼むのは、どういうわけなのだろう。

 いや、ムカサリに親としての救いを求めるのなら、どれもわけありなのだろう。

 むしろ、生前に良くしてあげなかったことを悔いて、冥婚を望んだのかもしれない。

 ふと、ヒカリは坪井美智子を見上げた。彼女ももしかしたら、生前の翔馬を愛しきれなかったゆえに、ムカサリに贖罪を求めたのかもしれない。そんな思いがよぎったのである。



 坪井美智子が帰ると、今度は吉川巡査部長が訪れてきた。早くあかりの鑑定所へ行きたいのだが、澄花の姉の事故を調べてほしいと頼んで、その結果をもってきてくれたのだから、追い返せない。

「お昼の時間にすみません。もう三十分早くこれたはずなのですが、出掛けに、車輌窃盗団の情報が入りまして、確認に時間をとられました」

 そのおかげで坪井美智子と顔合わせさせずに済んだのだから、ヒカリは天の配剤と感じる。

「いえ、わざわざありがとうございます。で、窃盗団はやはり吉川さんの件と同じ一味なのですか?」

「そう見て間違いないと思います。メンバーとみられる複数の人物の情報があり、お話はできませんが、だいぶ近づけたようです」

「検挙に結びつくと良いですね。それで、事故の件、いかがでした?」

 吉川巡査部長は、不審な不完全調書のことをまず話す。

 それを聞いたヒカリは考え込むのだった。

「調書もおかしいですが、もっとおかしいのは、監査に引っ掛からなかったことです。最初からその調書とは考えられないですよ。これはもう、改竄でしょう。いつから改竄した内容に変わったのか。内容を隠す必要が生じたのは監査後、つまり事故からある程度年月が経ってからじゃないでしょうか?」

「これは、私も考えが足りませんでした。改竄が監査後なら、私が話を聞いた者が調書の改竄を知らなかったのも納得できます」


「どんな事故だったのか、調書にはないことをお聞きしてこれたのですよね」

 吉川巡査部長は、事故の事後処理を担当した警察官の話を聞かせる。

 事故が春佳の無茶な道路横断にも原因があること、道路を横断しようとした理由が不明なことをヒカリに話した。

 話を聞いた警察官は、不審と言って良いのかどうか、と前置きしたが、春佳の横断しようとした道路はフェンス型中央分離帯があり、分離帯を乗り越えないと道路向こうまで渡れない。しかも、道路を渡ったとしても、帰宅するには逆へ向かう。

 ヒカリはうなずきながら聞いていたが、

「それは謎ですね。でも、これが調書の改竄と関係があるのか……私はあると思います。でも、なぜ監査後なのかが……」

 という。

「ほう、まず、被害者の行動が改竄と関係があるとは?」

「事故で検分するのは、被害者が道路を出てから事故に遭うまでです。事故に遭わなかった場合のことは考えません。なのに、被害者がどんな目的をもって渡ろうとしたのか、そこに疑問をもつとしたら、どういう仮説をたてた場合です?」

「……被害者は自殺をしようとした?」

 吉川巡査部長は、思ってもみなかった方向に推理が向くのに驚く。

「事故の当初の検分は、被害者の自殺だった。自殺なら、ダンプカーの運転手の過失はほぼなくなってしまいます。でも、監査後に改竄した。改竄の理由は何なのか。自殺で行政処分が済んで、保険金の手続きがあったとしても、支払いをするかしないかの決定がなされた後のことでしょう?」

「ヒカリさんのいう通り、改竄の必要は、改竄されたときに初めて生じたと考えるのが自然です」


 改竄に何者かの目的があるのだろうが、一本の線でつながらない。

「ダンプカーはどこかの社用車でしょうから、任意保険には必ず入っているはずですものね。この事故で、保険金は支払われたのでしょうか? 自動車保険だと、被害者が自殺を図っての事故の場合、保険金が遺族に支払われることはまずありません。ですが、一般事故であればもちろん保険金は下ります。保険会社がどう判断したのか、気になります」

「それを調べるのは難しくありません。ご依頼なら、やってみましょう。仮に、自殺と判断されて、遺族側が不服に思った。そのために警察関係者の誰かに不正を依頼して、改竄した。そうであれば、改竄後に保険会社に不服申し立てをして、再調査を求めているはず……いや、再調査しても、改竄後の調書は穴だらけで証明の根拠には使えません。ヒカリさんも調書をみたら、わかります」

「保険金の請求に使えないとなると、改竄の目的は保険金とは無関係なのでしょうか。うーん、もっとヒントが欲しいですね。これでは何もはっきりしません。自殺の可能性以外で、改竄された調書の内容で、保険金に影響する項目はありますか?」

「自動車の損害賠償保険では死に様も損害賠償に加味されることがあります。被害者遺族の心情に配慮してです。被保険者は車の所有者であり、保険金は被保険者から遺族へ、謝罪の意味で支払われるものですから」

「死に様? どんな死に方だったかですか」

「そうです。この事故での死に様は悲惨でして。被害者は頭部を轢かれて即死だったのですよ。死亡保険金額が決まっている生命保険と違い、交渉次第ですが、慰謝料の意味で保険金額の上乗せ要求も不可能ではないところです。ですが、自殺を事故に変え、保険金を請求するなら、そこが改竄されて省かれているのはおかしい」

「えっ?」

 ヒカリは、吉川巡査部長の言っていることがすぐに理解できなかった。

 今、即死と言ったのか?

「頭部の被轢は明らかです。妹さんが、病院でお姉さんの轢かれた頭部を見てしまって、その後がとても大変だったと聞きました」

 吉川巡査部長は、澄花が遺体安置室で狂乱したことをヒカリに話した。

「なんですって!?」

 吉川巡査部長は、こんなに驚いたヒカリを見たことがない。

 ヒカリは茫然としている。しかし、頭のなかは目まぐるしく回っていた。

 澄花の話では、姉は病院に運ばれ、自分と両親が駆けつけると一時的に意識を戻したという。

 澄花には、お姉ちゃんの分も幸せになるのよ、と言い残したのだ。

 事実は違う。なのに、澄花は嘘を言っていないとヒカリにはわかる。

 どういうことなのか。

 今、澄花はあかりのもとで、心の内を聞かれようとしている。タロットカードで真意を観られているのだ。

 この心の内とは、頭が潰れた姉の惨たらしい死体を目の当たりにした、とてつもない衝撃の封印なのでは。人間として、自らの精神を守るために、本能が固く封印した記憶。そして本能によって作り替えられた記憶──。

「いけないっ!」

 ヒカリは大慌てで『光の路』を飛び出していく。

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