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第二話「死と変容」3

 吉川巡査部長と入れ代わるように『光の路』の扉を開けて入ってきたのは、四十歳代と見られる、薄紫色の小綺麗なスカーフを纏った、上品な雰囲気を醸す女性である。

「こちら、婚姻の占いもなさるんでしょ?」

 鑑定をはじめるのは夕方からなのだが、知ってか知らずか、さも占ってもらえるつもりの物言いだ。

「本日の鑑定は午後四時からの予定です」

 ヒカリが再訪を促すと、先ほど男のかたが鑑定にいらしてたでしょ、と如才ない目を向けてくる。

「あの人は──」

 業者の人です、と言おうとして、テーブルの上に色カードを出しっぱなしにしていたことに気づき、誤魔化しはやめることにしたヒカリだ。

「飛び入り、お受けしますよ。どうぞお座りください」

 被験者の椅子に腰かける所作も暮らし向きの良さを表しており、薄化粧を施したその表情は穏やかで、切迫した事態の当事者ではなさそうだ。

「鑑定は婚礼でよろしいのですよね?」

「はい、息子の婚礼が吉かどうかを観ていただきたいのです」

「お子さんの結婚ですか──」

 母親としては当然の心配事だろう。息子というのは、良家の跡取りなのかもしれない。結婚に男方の母親が入り込んでくるのは世間でよくあることとはいえ、子どもにとっては嬉しいこととは限らないものだろう。だが、女親の、子どもを手放すがごとくの心情もわかる気がする。

 ヒカリも、これまで何度も、この母親と同じように、息子や娘の選択を案じてきた親から、結婚の成否の鑑定を依頼されてきた。

 しかし今回、ヒカリにはどこかが引っかかる。違和感があるのだ。

 ──なぜだろう? 陰もないし、陽もない。

 この人は本当に母親なのだろうか?

 母親が子どもの結婚に口出しするのなら、母親の相からも結婚の成否が見えてくるものだ。

 それがない。


 この事情、尋ねて良いものだろうか? と戸惑ったヒカリだが、鑑定に訪れるくらいなのだから、相手もある程度は打ち明ける心情は持ち合わせているだろう、と考えてみる。

「申し上げましょう──何も出ません」

「何も、ですか」

 女性はさほど表情を変えていない。

 ヒカリの言葉は予想の範囲のようだ。

 これなら突っ込んで聞いてみても大丈夫だろうと、ヒカリも話を続けてみる。

「そうです。ないものからは何も見えません──もし、そのお気持ちがあるのでしたら、お話をうかがいますよ」

「あなたは息子がいないことをお分かりになったのですね」

 女性は、評判通りの占い師だわ、と安堵の面持ちになる。

「 実は、息子は十歳の時に事故で亡くなっておりまして、婚礼はムカサリなのです」

「ムカサリ──?」

 ヒカリもこれには驚かざるを得なかった。ムカサリとは死者の結婚だと聞いている。

 だがヒカリもそれ以上詳しくは知らないので、女性に訪ねてみると、早世した死者を結婚させ、あの世で夫婦とさせる地域信仰がムカサリだという。

 信仰盛んな地域性ならともかく、東京の中心部では、この名を聞くだけで意表をつかれる。

「ムカサリを取り持つ仲人さんがおりまして」

 女性はトートバッグから二つ折のパンフレットを取り出して、ヒカリの前に広げてみせる。

 確かに、子どもを亡くした親に向けた、冥婚の紹介である。

 亡くなった子ども同士を結婚させて、あの世での幸せを授けてあげる、という趣旨だ。

 実際にムカサリを行った親の、感謝の文章も載っている。

「その方から紹介されました娘さん──八歳の時に亡くなられたそうですが、息子と一緒になって、二人は幸せなのかどうかを知りたいのです」

 女性の落ち着いた話し口が、余計に喪った息子への想いを強くあらわしている。

 成長するまで育てられなかった己への呵責、亡き息子への消えることのない愛情。目の前の女性が、償いと悔恨の感情を背負い生きてきた重さを、ヒカリも受け止められずにいられない。

 事故死であっても、親は子へ償うものなのだ。

「息子さんとお相手の娘さんの生年月日から占ってみましょう。もうひとつ、お二人の写真があれば、観相からも観て差し上げます」

「相手の娘さんの生年月日は、訊かないことにはわかりませんわ。でも、仲人さんから、教えてもらえると思います」

「お相手のお写真は、手に入ればで良いですよ」

 ヒカリは話しながら、パンフレットを一通り眺めている。

 成婚までの過程も説明されており、費用も明記されている。あとから法外な請求をしてくる悪質なところではなさそうだ。

 読み進めて、ヒカリは最後の部分、絵馬の奉納の説明に目がとまった。

 ムカサリでは、死んだ子どもを成長した姿にして婚礼をあげさせ、挙式での新郎新婦を想像して絵馬に描き、神社に奉納するという。ムカサリ絵馬と呼ぶらしい。

 ここに、その画像も載っている。

「これは……」

 ムカサリ絵馬に似たモチーフが、ヒカリの記憶にある。

 ──偶然……ではないわよね。

 鑑定の精度を高めるためにも、ムカサリのことをもっと知っておきたい、と感じていたヒカリは、ムカサリ絵馬を知ったことで、必然の流れに乗ったと思えてくるのだ。

ムカサリは本来、死者と架空の人物を結婚させる冥婚なのですが、ヒカリがそれを知るのは後の話です。なので、ムカサリは死者同士の結婚じゃないだろ!というツッコミは無しでお願いしますねm(_ _)m

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