第二話「死と変容」1
強盗事件発生の報に、宿直の吉川巡査部長は初動を任じられ、被害現場の住宅へ覆面パトカーを走らせていた。
駅から車で十五分ほど離れた、閑静な住宅地である。
古くから住宅地として栄えた土地の例に漏れず、高級住宅街として発展した地域柄だけあり、どの家もなかなかの佇まいを見せている。
今の時刻は午前二時。ほぼすべての家の電灯は消されており、町はなおのことしんとした空気に包まれている。
被害にあったのは高齢の夫婦二人住まい。家屋は建て売りと見えるが、まもなくリフォームを要する築年数だろう。
すなわち、それに備えての蓄えをもっているであろうと、容易に推測できる。押し入った強盗も、そのような目利きだったのであろう。
門の前に覆面パトカーを停め、吉川巡査部長は門柱に備えられているインターホンで、警察を名乗った。すぐに応答があり、数歩先の玄関に入る。
強盗は土足で侵入したというが、警察がゲソコンと呼ぶ犯人の足跡は外からも内からも取れそうもないのが一目でわかる。
吉川巡査部長は、犯行状況を夫妻から聞き取りをした。
夫は霞ヶ関の官僚を定年まで勤めあげ、退職後数年を民間企業で嘱託として過ごしただけあり、かなりの預貯金を蓄えていた。必然的に、手元にも相応の現金を置いており、今夜はそれが狙われたのだ。
現金をしまっておいたのは、箪笥の一番上の段。統計的にも圧倒的に隠し場所として選ばれる場所である。
妻が物音に気づいて寝室から様子を見にきたとき、犯人は刃物を構えて待ち受けており、刃先を突きつけて現金の在りかを脅し聞きしたという。
夫の方は、妻が冷たい刃先を首に当てられ、悲鳴をあげることすら許されなかったこともあり、犯人が逃走して妻に起こされるまで、いびきをかいて気持ちよく寝入っていたそうだ。
犯人は、現金をもっていそうな家を見分けられても、そのしまい場所となりそうなところは判らず、奪いかたまでも計画していない。初犯の可能性が濃厚だ。
吉川巡査部長は、署に連絡し、鑑識課の面々を呼び寄せる指示を出し、署に引き上げることにした。
初動を担当する自分の役目はここまで。あとは、帳場が立って捜査を引き継ぐ者に任せて、自分はかねて担当している事件に戻ることになる。
夫妻にこれからの捜査の流れを伝えて、玄関を出た吉川巡査部長は、正面を見てわが目を疑った。
なんと、乗りつけてきた覆面パトカーが見当たらないではないか。
間違いなく、この家の門の前に停めたのである。それが忽然と姿を消している。
うっかり施錠を忘れた可能性もないではないが、スマートキーは現に自分が持っている。これがなければエンジンはかからないはずだ。
不明な点はあれども、これは警察官にあるまじき大失態である。
脇から冷たい汗が流れたのが自分でもわかる。目の前が真っ暗となり、その場にヘナヘナと座り込んでしまう吉川巡査部長であった。