第一話「運命の力」14
ヒカリという少女は何者なのだろうか?
占術士として大変な逸材で、著名な師匠の後継者として、各界にも名が知られているのだから、ただ者ではないのは確かだろうが、彼女はまだ十六歳。昨年の三月までは中学校に通っていたのである。
警察で把握しきれない素性があるなら、その卒業後であろうが、遡れば十二歳のときに両親を事件で喪い、その後四年間を壁泉院流親占教会で寝食を過ごしている。
関係者が総本山と呼ぶこの教会自体、全容が良くわならない。彼女の隠れた素性は、この教会での生活も決して無関係ではないだろう。
浜田巡査部長はもとより、吉川巡査部長も、担当事件の遺族としてしかヒカリと接したことがない。
事実、警察にとってヒカリは事件の被害者遺族であるだけで、今日は供述調書の裏付けの協力者である。
今ここでヒカリ自身のことを、どのような形であれ問うのは筋違いであり、苦情を上げられでもしたらたまったものではない。
ヒカリの素性がふたつの殺害事件を解く鍵に大きく関わるとしても、やはりここは引っ込めたほうが賢明だ。
今の立場では、興味本位で質すのと変わらない。
浜田巡査部長のそんな心の動きを察したかのように、目が合うとヒカリは微笑をつくってくる。
見透かされたかと多少の狼狽を見せてしまい、バツが悪く感じる浜田巡査部長である。
占術士としての彼女は、今見透かしたように、観察力と洞察力にも長けているらしい。占いが当たるのは、八卦だけでなく、観察と洞察から導いた理詰めの要素も重いのだろう。
そう考え至ると、自分がヒカリにいちいち感心した理由がわかったような気がする浜田巡査部長だ。
ここで吉川巡査部長は、ヒカリに容疑者と被害者の顔写真を渡した。
「写真でも観相できるのですか?」
「ある程度ですが」
ヒカリは容疑者の顔写真を渡されると、それを一瞥しただけで、残念そうな目を見せる。
「これは逮捕後のものですね?」
「そうです。マグショットというのですが、取り調べ前に署内の撮影室で撮りました」
ヒカリが見たかったのは、事件を起こす前の相だったが、伝えに不足があったのは仕方がない。
「達成感に満たされた清々しい心が見えます」
「そうですか? おどおどして弱っちい顔に見えますが」
吉川巡査部長は訝しく言葉を返すが、
「それは表情からの印象でしょう?」
吉川巡査部長の胸には、ヒカリの言葉が鋭く突き刺さってくる。
取り調べでは、容疑者の表情を見ながら、駆け引きを考えることが多い。表情を情報源のひとつとするのだ。
ヒカリに、それでは捜査を誤りますよ、と苦言されたような気がして、吉川巡査部長もバツの悪い思いがしてくるのだ。
だが、次のヒカリの言葉でそれも吹き飛んだ。
「この人、過去にも同じことをしてます。今回のは、二度目かそれ以上ですね」
「なんですって!」
吉川巡査部長は大袈裟なほどの驚きようを見せた。いや、本人としては大袈裟ではない。本当に念頭になかったことを断言されたのだ。
無理もないことだった。逮捕後、容疑者をデータベースにかけたが、前科も前歴も記録はなかったのである。
浜田巡査部長も、これには口をあんぐり開けたままでいる。
「この相は間違いなく再来です」
ヒカリの目は確信に満ちている。未解決の同様の事件を洗い直さなければ、と吉川巡査部長が手帳にメモをとると、その内容を見てもいないのに、
「未解決事案ばかりでなく、容疑者が否認している同様の事件も見直してくださいね」
そうダメを押してくる。
──やはりただ者ではない。
協力を仰いでいる相手に不審を持っていることを悟られるのもまずい。
いや、すでに感づかれているかも知れない。
吉川巡査部長は、被害者のことに話を変えた。
「被害者は単独のものが手に入りませんで、去年の会社の忘年会での集合写真です」
会社とは勤務するデリバリーヘルスのことだ。男性一人と女性四人が左右一列に並んでおり、真ん中に写っているのが被害者の野村百合だという。
顔の部分は大きく写っていないが、ヒカリは、相を観るには十分、と用紙に穴が空くかと思うほどの、貫くような視線をあてる。
「この人は、この撮影の当時から受難の相があります。昨日まで無事でいられたのは、偶然なのか、迫る危険を察する勘に恵まれていたのか。ともかく、今回の事件は必然の成り行きと見ます」
「はあ……」
必然と言われても、そこはそうとも否ともわからない吉川巡査部長である。
「被害者さんは、おそらくデリヘルの仕事が好きだったんでしょう。危険が背中合わせと察しながらでも、続けていたのだと思います。よほど好きでなけれは、さっさとやめているのが、当たり前の生命防御感覚です」
「そうでしょうな」
言われてみればそうである可能性が高い、と吉川巡査部長も浜田巡査部長も相槌を打っている。
「まあ、捜査調書に書く必要がある内容ではないので、背景にとどめてくだされば」
こういう、警察内部の者のような思考が謎なのだ、と改めてヒカリの横顔に目をやる。
すると、ヒカリは厳しい眼差しを写真に向けているではないか。
「ヒカリさん、どうしましたか?」
吉川巡査部長も浜田巡査部長も、ヒカリの眉間が、急に険しさを滲ませているのに驚いた。
ヒカリの目は写真の左端の女性に留まっていた。
厚い化粧をまとっているが、ホナミに間違いない。
写真用の笑顔に指でピースサインを作っているが、厭世感丸出しの、先日の死相観相につながる衰運の相である。
占術士と被験者は一期一会。
だが、ホナミには、往来での劇場型窃盗に遭遇し、今度は事件被害者の関係者として過去の相を観てしまっている。
──ホナミさんには、とことん余計な情報を得るようになっているらしいわ。
これはもう、占術の被験者でなく、人として関わる成り行きなのだろう。
観相の最終が死相、自力で脱するのは無理であろう。占術士が介入しようが、運命の力には無力とされる。
ホナミは本当は死にたくないのに、死へ向かっているなら、運命の力にどこまで対抗できるのか、自分のできることをやってみてもいいのではないか?
ヒカリは占術士になって、初めてそういう気持ちになったのである。
「刺された野村さんと話させてもらうことはできますか?」
「いや、被害者は意識不明で、助かるかどうかも五分五分ということで」
「この人は助かります」
ヒカリは言い切る。何故と聞くだけ野暮だと、吉川巡査部長も浜田巡査部長もわかっている。
「協力いただいているのですから、できないことはないですが、どうしてです?」
それには答えず、ありがとうございます、とだけ返して、黙々と供述調書に付する意見書を書き始めるヒカリだった。