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第一話「運命の力」13

 占いに動かされ人を刺すという事件。吉川巡査部長から電話で聞かされたとき、占術を生業とするだけにヒカリは暗然とさせられた。

 なぜ容疑者が、刺すという行動に突き動かされたのだろう。

 容疑者が託宣をどう受け取ったのだろう。

 自分の占いだって、歪曲されて被験者の心の内に入る可能性はいつもある。その危険性はずっと前からわかっていることだ。

 だが現実に事件化した出来事に接したのは初めてだ。占術の孕む危うさを突きつけられた思いのするヒカリである。


 まずは、自分のスマートフォンで件のサイトにアクセスを試みた。

 占術を専門とするヒカリも名を知らなかった、マイナーなサイトである。生年月日を入力するだけの簡素なデータで、その日の運勢を示す作りだが、入力してから『鑑定中』の表示時間が長めだ。素人には入力後に鑑定を始めているように見えるだろう。

 しかし実際はあらかじめ作成されているページに遷移するだけで、鑑定に時間をかけているかのような『鑑定中』の表示は、プログラムによる演出に過ぎない。プログラムの組み込みがなければ、瞬時に鑑定結果のページに変わるのだ。

 子どもだましの手法だが、これの効果もヒカリにはわかる。そして、まともな占術士はまず用いないことも。安易さゆえに、占術士としての格を低く見られるのを嫌うためだ。

 これだけでも、明らかに営利から生まれたサイトと見ることができる。

 純粋な占術サイトでなかったことに、ヒカリも心からホッとするのだった。


 ふと二人の警察官に目を向けると、ヒカリが何らかの見解を口にするのを、今か今かの面持ちで見守っている。

 起訴の可否を左右するのだから、そうなるのも当然だろう。

 二人の顔つきを見て、経過を伝えたほうが良さそうだ、とヒカリはひとつ息をついてから、話し出す。

「犯人がこのサイトを盲信した理由ですが、生年月日による鑑定であるのが大きいでしょう。血液型や星座の占いは、該当者が多数存在することが容易に想像できます。生年月日であれば、同一の人がいてもかなり少数、自身の身の回りにほとんどいない人が大多数です。該当者が少ないほど、鑑定への信頼性を高く感じるのが、被験者の常です」

「それはつまり?」

 もう少し踏み込みが欲しい吉川巡査部長は、続きを促す。

「複数の占いを相対的に比較して、自分以外の該当者がもっとも少ない占い結果を信じたということです」

 二度三度、吉川巡査部長は頷きながら聞いている。こうした容疑者側からの視点が、警察としてはありがたい。その半面、以心伝心が過ぎるような、落ち着かない気持ちも吉川巡査部長はいだくのだ。

 この気持ちはなんなのだろう?と答えを探そうとする暇もなく、ヒカリは続きを話し出した。

「さらに付け加えれば、信じられる占い、あるいは、信じたい占いを探していて、自分にとって一番信じられる占いを、絶対的な託宣として従いたい心理が働いていたと考えられます」

 犯人ははじめから、どれかの占いを信じると決めていた。だから占いの託宣にためらいなく従ったのだとヒカリはまとめる。

 横で聞いていた浜田巡査部長は、占いという理屈では語れない世界の人でありながら、容疑者の心理を論理的に組み立てたヒカリに、意外の感を持った。だが、これなら理屈屋の検察も納得するだろう。

 占いというとカルトのイメージも持つのだが、ヒカリの一言一句には論理の組み込みがある。浜田巡査部長が漠然と持っていた占い師のイメージとは、この少女はだいぶ異なる。

 大袈裟に言えば、専門家の学術的解説を聞かされたような感を受けるのだ。

 浜田巡査部長は、いつの間にやら、この子に任せておけば大丈夫、と親船に乗った気がしてきて、

「しかしまあ、毎日、三百六十五日分の占いをするのは、仕事とはいえ骨でしょうなぁ」

 と、暢気なことを口にする。

 ヒカリは苦笑して、

「こういうサイトは、一日あたりだいたい三十くらいの結果を用意して、三百六十五日にバラして割り振ります。だからある鑑定日に、同じ結果が表示される誕生日が複数存在するんですよ。試しに三百六十五日全部を占ってみるとわかります」

 被験者は自分の生年月日の他は、恋人や家族など身近な人物なことしか占わない。自分の占いの結果とまったく同じものを他の日に見つけることは、そう多くないという。

「ですが、これだけでは動機の立証には足りません。事件につながるような文言がありません。これから、犯人が見ていそうな他のサイトもあたりますから」


 ヒカリは、占術サイトを網羅するかのように、数十のサイトにアクセスを続けた。

「このサイトをみてください。犯人の星座の今週の占い、開運キーとして、欲しかったものを手に入れてみましょう、とあります」

「また別のサイトには、恋愛運として、好意を告白するチャンス、というのもありますね」

 ヒカリは思いついて、被害者の野村百合の生年月日も聞き出してみた。

「運命の人と結ばれる成就運、と示しているサイトがありますね。犯人、これを見た可能性が濃厚です。被害者の誕生日を知っていたと考えられます」

 さらにいくつもサイト検索と託宣結果を繰り返しながら、当該のサイトも曲解されるような託宣ではないと断言した。

「犯人は、占いサイトを複数いつもみており、組み合わせたり、内容から類推する癖がついているのは間違いないです。そして、自分の占いと被害者の占いを自分の都合の良いように組み合わせた。その結果、被害者を手に入れられると思い込んだのだろうと推察できます」

 手に入れるというのは、性的関係を持つこととイコール。これは男性の心理としてわからないわけではない。男性みながそう考えるとは思わないが、その発想をもつ男性は間違いなくいますから、とヒカリはスマートフォンを閉じて悲しい目をする。

「性行為を断られての怒りによる突発的犯行と見て良いですかね」

 吉川巡査部長の推測にヒカリは首を横に振り、怒りではないでしょうと言う。この犯人の目的は、被害者の女性を我が手に入れたい気持ちを満たすことだったと続け、

「ただ刺しただけでは手に入れたと感じることはないでしょう。命を奪うことで、自分のものにできるという観念が瞬間的に働いた。でも刺したときの自分の体の驚き具合、特に刺した感触に、犯人自身が怖くなった。だからすぐに消防に電話をかけた」

 淡々とした口調で、そう容疑者の心理を紐解いていく。

 これはまるで推理ではないか、と浜田巡査部長は率直な驚きの表情を見せた。ヒカリもその表情の変化をチラリと見たが、かまわず続ける。

「瞬間的にであっても、殺意があったと見るほかないです」

 先ほど、すぐ殺意ありと考えることをたしなめたヒカリが、殺意あり、つまりは傷害ではなく殺人未遂事件であると見立てたのだ。

 予断を持たない人物の言葉だ。これは重い意味を持つと、吉川巡査部長は手帳に書き込んだ。

 そして、ヒカリの瞳の悲しい色は、殺意の肯定をせざるをえなかったゆえだろう、と察した。


 ヒカリの見立て通りと考えれば、面倒な精神鑑定に持ち込まれることもない。刑事部も、この理屈を採りたいだろう。

「この犯人は、被害者を複数回指名していると思います。想いを寄せていた可能性も高いですね。その点を犯人から引き出してみてください」

 容疑者がたびたび被害者を指名していたことは、すでに判明しているのだが、ヒカリには伝えていなかった。

 いともたやすくその事実に達したのも驚きだが、それよりも、引き出す、というヒカリが遣った言葉。吉川巡査部長と浜田巡査部長は、瞬間、互いの目を合わせた。これは警察の人間の考え方だ。どういうことだろうか。

 二人は同時に同じことを思った。

 この少女には、隠れた素性があるのではないか?

ここまでお読みいただいて、ありがとうございます。

年始の忙しさにかまけて、更新に日数をかけてしまいました。

次回も少しお時間ちょうだいするかも?

みなさま、よろしくお願いいたします。

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