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第一話「運命の力」12

 ホナミが社長からの一報を受けていた、ちょうどその頃である。

 浜田巡査部長は、署の資料室に籠って、ヒカリの両親と夫、二つの殺害事件の捜査過程を改めて閲覧していた。

 先日、葛原麗華に面会してきた。訪れる前にも捜査資料に目を通したが、彼女からは、資料に新たな視点を当てる手がかりになりそうな情報は、何も引き出せなかった。

 今手にしている資料によると、ヒカリの両親は共に、碧泉院流親占教会所属の占術士で、二人の出会いもそこであったようだ。

 父親は占星術を専門とし、母親は主に方位占術を得意としていたという。

 浜田巡査部長は、ヒカリの名が最初に知れわたったのが、行方不明の飼い猫捜索の件であったのを思い出した。

 猫の居所を方位占術で導いた、ヒカリの独立後の初仕事である。

「母親からの教えを受け継いでいたんだろう」

 ヒカリにとって、母親の存在は、母であるとともに、幼い頃から師でもあったのだ。

 さらに、ヒカリの夫であった八矢圭吾は、母親の縁故者であり、葛原麗華によって救われた過去があるという。

 浜田巡査部長は、両親の殺害事件、夫の殺害事件、ともにヒカリの母親が解明のカギではないかと直感している。


「よう、浜田」

 吉川巡査部長が、資料室を訪れてきた。浜田巡査部長を探していたという。

「ヒカリちゃんの件の資料か」

「ああ、一通りはわかったが、どうも構図が見えないな」

「俺の印象だがな、関係者に隠しごとが多い。話さんのだ。構図が描けんのもそのせいだ。占術教会というだけあって、どうも宗教に近いにおいがするな」

 同感だ、と浜田巡査部長も頷く。話を聞きに訪れてみたときも、応接室ではなく、ミーティング室なる部屋に案内された。これは宗教団体に聞き込みにいくと、よくある扱われ方だ。

「それはそうと、吉川、俺に何か用があるのか」

「うむ。今からヒカリちゃんの鑑定所に行くところだ。お前も一緒にどうかと思ってな」

 浜田巡査部長は思わず身を乗り出す。

「それはありがたい話だが、新しい手がかりでも見つかったのか」

「そうじゃなくてな、別件だ」

 吉川巡査部長は、手にしていた捜査資料を広げて、これだ、と浜田巡査部長に示した。

「ゆうべ、デリへル嬢が客に刺された事件があってな。容疑者は逮捕してあるから、あとは背景の捜査だけなんだが、容疑者がな、刺した動機を、占いがそう示したと言い出してな」

「それは、ヒカリちゃんの占いなのか?」

 浜田巡査部長も、まさか違うだろうと思いながらも、さすがに眉をひそめる。

「もちろんヒカリちゃんじゃない。ネットの占いらしい。俺が知りたいのは、占いを見た人間の、受けとり方の心理だ。これがないと、動機の立証に信憑性を持たせられない。ヒカリちゃんは占いの世界では著名だからな。彼女の意見書を附しておけば、検察もいちゃもんの付けようもあるまい」

「ほお」

 あの子はそんなに一目置かれるような占い師なのかと、改めて驚き入る浜田巡査部長である。

 かつては政財界に知られた葛原麗華、その後継占術士と目されているヒカリである。霞ヶ関やその支所に名を知られていても不思議はないのだ。


 昼食をとってから、浜田巡査部長と吉川巡査部長は連れだって、『光の路』を訪れた。

「先ほどお電話にてお願いしました件で、お伺いいたしました」

 ヒカリは鑑定部屋に二人を招いて、被験者席に座るよう勧めた。

「ヒカリさんに関わる事件の進展がない中、不躾にお願いに上がり、申し訳ありませんが」

 吉川巡査部長は、改めて警察手帳を示してから、こちらは同所轄の浜田巡査部長です、と紹介した。

「少年課の浜田です。先日は駅前通りでお目にかかりました」

 浜田巡査部長が会釈をした瞬間、ヒカリの強い視線を受けた。その鋭利さには、浜田巡査部長は目が合った瞬間、頭部を射貫かれたかと冷や汗が流れたくらいである。

「先日、総本山の先生を訪ねられたのはあなたですね」

 眼光とは裏腹に、ヒカリの表情も口調も、実に穏やかだ。この乖離のしように、大いに戸惑わされて言葉の整理がつかず、

「自分です。突然の訪問で、葛原さんには失礼申し上げました」

 と、形ばかりになってしまった詫びを言いながら、駅前通りで初めてヒカリを見知ったときのことを思い出す浜田巡査部長である。

 あの時もヒカリの視線で気圧されたが、今はあの時以上の目力を受けた気がする。

「浜田。まあ、その話は後にして、まずこっちの用件をお願いしたい」

 吉川巡査部長は、昨夜遅くに発生した、デリへル嬢刺傷事件のあらましを伝え、容疑者が占いに従って刺したと供述していることの裏付けをとりたいと頼んだ。

「これは占いの宣託結果が、犯人の心理と行動にどのような影響を与えて、女性を刺すに至ったか、を説明すれば良いわけですね」

 さすがに飲みこみが早くて正確だと、吉川巡査部長も舌を巻く。

「電話でご用意願いました、犯人が従った占いサイトの該当部分、犯人の顔写真、被害者の顔写真、見せていただきます」

「まず、件のサイトの、容疑者の読んだ内容がこれです」

 吉川巡査部長は、画像のプリントをヒカリに見せた。スマートフォンから保存したスクリーンショットで、アドレスバーに示されたURLも読める。

 容疑者に示された運勢は、


『希望が叶えられる盛運の巡りが訪れる週です。目標の達成、長年の夢が叶うなど、これまでの努力が実を結ぶことが期待されます』


 と、ありきたりな幸運である。

「これが殺人を示すとは、我々には思えんのですが……」

 吉川巡査部長が迷い顔で言うと、

「あなた方はこの事件を殺人未遂と見ているのですか?」

 すぐさまヒカリは厳しい顔を見せた。

 吉川巡査部長は慌てて言い訳をする。

「あ、いや、我々はまず殺意有りの立場から捜査を進めて、裏付けの結果で、殺意なしと判断すれば傷害容疑に切り替えるという──」

「吉川さん。どこも人を殺すことにつながるような占いは載せませんでしょう?」

 珍しく怒った口調である。ヒカリはこの事件が、捜査の結論がされる前に、占いを信じて起こったものと報道される可能性を嫌ったのだと、吉川巡査部長は察した。

 占いの世界に身を置いているのだから、占いそのものに世間の悪評がたつのを許したくないのだろう。

 殺人を示すとは思えないのだが、という言葉ひとつで、ここまで気を回すとは、二人のやり取りを聞いていた浜田巡査部長は、まだ少女の年齢なのにと、ヒカリの横顔を眺めながら感心することしきりだ。

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