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第五話「死者の歌」3

 総本山──碧泉院流親占教会の前で、ヒカリは立ち止まっている。

 葛原麗華との面会が目的だが、知りたいことはほかにもある。

 麗華が不在のときに、工藤巡査は誰に会いに総本山にきたのか。

 工藤巡査は警視庁の富樫総務部長の異母妹。富樫総務部長は総本山と業務上のつながりがある。

 そして麗華以外に、警視庁に影響力を持てる人物が、この総本山の関係者にいる……。

 ヒカリは押野勇気に、そんな人物が誰なのか、探ってもらえるよう頼んでいる。


 久しぶりに会う麗華は、前と変わらず、ほかの弟子に見せるような厳しい顔などせず、ヒカリには娘を出迎えるような柔和な目もと口もとだ。

 ヒカリは、わたくしごとにかまけて挨拶せずにいた、と詫びたあと、

「総監に助力をお願いしてくださっていたと知り、驚きました。個人的な知り合いのことなので先生にはご相談しなかったのですが、どなたからお聞きになられたのですか」

「あなたが苦労しているというのは、わかっていました。優美ヶ丘のことが終わってから、東原公園での件。いっとき行方がわからなくなってから、心配であなたのことをいつもわかるように手配をしていたのですよ」

 そうなのだ。ヒカリはあかりのアパートの前で、殺されたふりをして、姿を隠したのだ。

 死んではいないことが早々にばれてしまったので、麗華を悲しませることにはならなかったが、行方をくらましたヒカリが東原公園にあらわれて、覚醒剤配布事件を解決して以降、麗華もヒカリの身辺に気を配っていたのである。

 麗華は、それこそ母親のような慈愛の眼差しをヒカリに向けていう。

「あなたのことを守らなければなりません」

「先生……」

 ヒカリはやはり、麗華が両親の事件に関わっているとは思えない。だが、母の睦美が総本山からの独立を企てたことを知っていたのか、麗華の自分を慈しむ顔を見てしまうと、どうしても聞けない。


「先生。先日に先生が代議士会に出席された日に、工藤さんという女性警察官がこちらを訪ねています。三十分ほど滞在しました。誰を尋ねてきたのでしょう」

「工藤さんは今は地域所轄に出向していますが、警視庁の総務部との兼務です。教会の事務手続きで来たのではないですか」

「では、お会いしたのは事務局長でしょうか」

「そうだと思いますが、確認しますか?」

 麗華が事務局長を呼び出すと、その日には確かに工藤さんと手続き上の打ち合わせをしたという。そういわれてしまうと不審はない。

「……ICPO」

 ヒカリは水を向けてみる。

「工藤さんから、その話はありませんでしたか?」

「ああ、ありました。もしかしたら、ヒカリさんが報奨を受けるかもしれないという」

「そのお話、麗華先生にはしていませんね。なぜですか。先生にこそ、一番にお知らせすべきかと思いますが」

 麗華もはじめて聞いたと、事務局長におかんむりだ。

「報奨のことはまだ決まりではないとのことでしたので……。工藤さんも話のついでに出したようでしたし」

 これが本当の流れなのか、うまく逃げられたのか、見分ける材料が少ない。麗華の前では追求しないほうがよいだろう。

 ヒカリは、事務局長を引き取らせる。

「工藤さんは、だいぶ以前からの関わりなのですね。私はここでお会いしたことがなかったので知りませんでした」

「彼女がここにきたなら、はじめてなのではないですか。今までは私か事務局長が警視庁で会っていただけで、所轄に移ってからも会ったのは警視庁内だけです」

「古い話ですが、私が小学生のときに、クラスでいじめられていたのを、ある警察官のおかげで解決できました。その話は誰にもしたことがなかったのですが、先生はご存じで、所轄の浜田さんにお話されましたよね。お聞きになったのは工藤さんからですね」

「そうよ。その少女をたすけた警察官の逸話は有名なのに、誰なのかがわからない。所轄の警察官と話す機会があったら、この話をしてみて欲しいと。所轄で心当たりがあれば、探してくれるだろう、と言っていました。ヒカリさんは、その恩人と会えたのですか」

「いえ……。もう亡くなられていました」

 ヒカリは話ながら、頭のなかに乱立する推理をまとめようと、上の空になりかけてしまう。

 今日は、麗華との話はここまでにしておこう。


「体を悪くしたようですね。今は戻りましたか」

 麗華は、ヒカリが訪ねてくるとなり、体調のことがことのほか心配で、ヒカリから直接聞きたかったという。

「正直、しんどいことがあって、前のようにはいきません」

 ここは正直に、本当のことを伝えておく。

 麗華はまるで自分の痛みのように、二度三度うなずくと、

鋼音(はがね)さん」

 聞きなれない名を呼ぶのだ。

 あらわれたのは、まだ中学生くらいの幼げな少女で、応接室に入ると、ヒカリに深々と一礼を見せる。

「優美ヶ丘のことを報告にきたときに、先生の付き人をしていた子ですね」

「前々から、ぜひ鋼音さんを、あなたの内弟子として預けたいと考えていたのよ。身の回りの世話をさせて良いので、あなたも楽をしなさい」

「内弟子ですか」

 あかり以来となる内弟子だ。といっても、あかりが弟子らしかったのは長くなかった。

 指導の早々に言い返してきたときのことが、ふと思い出される。

 そのあかりも、今ではかけがえのない友だちだ。

「ヒカリ先生、ふつつか者の弟子ですが、よろしくお願いします」

 今一度、頭を深く下げてくる鋼音だ。

 ──ちょっと、おりこうすぎるわね。

 そばの麗華を意識してだと、ヒカリにはすぐわかるのだ。


 まさか内弟子をもらって帰ることになるとは想像もしていなかったので、ヒカリは私室に帰ってから大忙しだ。

「まあ、とにかく、今日からここで、一緒に寝起きよ」

 まず、リビングのソファとテーブルを動かして、鋼音の寝床のスペースを確保する。

 小さなテーブルに、スタンドライトを乗せて、頭側に置く。

 脇のほうには着替えを入れられる衣装ケースを二段重ねた。

 これまで総本山で暮らしていたのだから、そう多くの荷物は持っていないだろう。

『光の路』に物置きがあるが、あまり物も入っていない。鋼音の置ききれない持ち物があっても、十分しまえるはずだ。

「さて、鋼音」

 ヒカリは鋼音を呼び捨ててみる。

「はい、先生」

「先生はよしてもらうわ。ヒカリと呼んで」

「はい、ヒカリさん」

 なかなか素直な鋼音だ。素直すぎるので、ヒカリは探ってみる気になる。

「あんた、麗華先生についてどのくらいなの?」

「半年です」

 やはりヒカリが総本山を出てからの入門だ。

「半年もの間、いい子ちゃんを演じるのは大変だったでしょう」

「え?!」

 鋼音の顔色が明らかにうろたえたものになっている。

 この子は従順でおとなしい子ではない。ヒカリは鋼音の本質を、ずばりと見抜いていたのである。

 だが、あかりを経験しているヒカリなら、たいていの子の手綱は握れるのだ。あかり以上のお騒がせはいないだろう、とたかをくくる。

 ──今日のところはこれくらいで。

 ヒカリはフフフと隠れて笑うと、

「体の調子も悪くないから、食事は私が作るわ。私は鑑定があるから、あんたのお腹が空いた時間に一人で食べてもらうけど、いいわね」

 そう意地悪に話を逸らすのだ。

「ヒカリさん、私も鑑定に出たいです」

「当面はいいわ。まずレクチャーからはじめて、私が同席させてもいいと判断したら、きてもらうから」

 ヒカリは、さてと、と一声かけて立ち上がり、キッチンに向かう。

 鼻歌まじりに包丁で野菜を刻んで、だがその背中は、鋼音のぽつねんと座っている姿を観察するかのように、鋼音の視界の真ん中に居つづけている。

今回から、新たな妹弟子、鋼音の登場です。主要な登場人物みんなと絡んでいきます。とくに同い年設定の瑠璃との会話を楽しく書けたらいいなと思っています。

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